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呼吸する天使

電車に乗っている。
胸がじくじくする。
鼻水を吸う。
化粧をしているから鼻をかめない。

車窓から光がさす。
物の影が床にうつる。
怖がる胸を呼吸でなぞる。


昨夜、母を訪ねて三千里を見ていた。
最近、高畑さんや宮崎さんが関わっていた世界名作劇場の作品を見ている。
マルコのことを父に話した。父は、
「本当に現実から目を逸らしたいんだね。マルコのことよりも自分の人生のことを考えた方がいい」
と言った。
私は口を片方歪にあげた。
父は呆れるような、嘲笑うような、わたしを抉ろうとするねっとりとした粘液を、笑いで押し込んでくるように話していた。

寝る時も起きた時も気分が悪かった。
じくじくしていた。
胃の中のものが逆流しようとするようにぎゅるぎゅるする。
馬鹿だった。
父と話していいことなんてなにもないのに。
ばかだった。
マルコの今後があまりにも危ういということを、燃やされた手紙のことを話したくなってしまったのが、おかしかった。

父はいつも笑いながらそういうことを押し込んでくる。
わたしがわたしを嫌いになって、世界を恐れて、ゆっくりと手の血管を潰すような、ことを、へいきで言う。
私はそれが本当に嫌い。
それが本当に恐ろしくて、ものすごく胸のなかに怒りがあって、ぐしゃぐしゃになって泣きたいくらい、悲しい。


がんばって、がんばって、と呟き続けないと膝をつきそう。
私は自分の人生を考える前に水を飲めるようにならないといけない。
そのことを、父は何も知らない。

わたしは本当に思う。
傷ついていることは、人を傷つけていいっていう、話にはならない。
ひとのことをわからないからって、単純に悪意をむけたら人は壊れていく。
父は私が、父を恨んで家を出たらそれが満足なのだろうか。
こんなことを話していては、本質にはいけない。
だけどどうしても苦しい。
わかっていても、感情はどうしても深く、そのままには、出てこれない。

昨日の残りのチャーハンを握って持ってきた。
ネギ臭いような激臭がリュックサックの中からしていて、おにぎりに申し訳ないけどゴミ箱があったら捨てたい。
かなしい。

こわい。
こわがることをやめたいのに、怖がることが増幅するばかりで、どうしたらいいのかわからない。

別々の友だちに、私が自殺する夢を見たと言われたことがある。
無力感に苛まれる朝だったと言われる。
ごめん、なんで、と思う。
昨日は私がその夢を見た。
ゆめをみれる。
夢は生きているからみれる。
呼吸をする。
忘れられない体と、忘れる頭を、やさしい透明の水滴のようなかみさまが撫でてくれる想像をする。
ついでにてんしが私にキスをして頬を撫でてくれる。
頭にやわらかい毛並みの手が乗って、やさしく動く。
そっとうなじを撫でられる。
昨日父の粘液が入った心臓の上のほうに手を置いてくれる。

吸って、吐く。いたい。
いつかきっとちゃんと泣ける。

だいじょうぶ。
だいじょうぶ。

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