『おはなし』 誰かの願いごと。
「永遠の命が欲しいわ。」
「永遠の命しか、叶えられないぞ。」
そう、
ある時いきなり目の前に現れた、神か悪魔かわからないその何者かは
願いごとを『ひとつだけ叶えてやる!』と、言ったのでした。
「永遠の命 “しか”って、どういう意味?」
「文字通りだ。命は永遠だが、歳は取る。」
生きながらにグズグズに崩れていく自分の姿が目に浮かんで、彼女はゾッとした。
「じゃ、じゃあ、不老不死の大金持ちな美女に。っていうのは…。」
「不老か不死か大金持ちか美女かの、四択という事になるな。」
呆れたように答えた。
「や、ややや、待って。ちょっと待って!」
「早く決めてくれ。こちらも時間がないのだ。」
ええっと…。
「若さ?」
そうよ!今や60代手前、このまま不老になっても
永遠に、お肌カサカサのシミだらけ、足腰だって…。
最近では 今何をしようとしていたかも、ちょっと歩いたら忘れる始末…。
「若さで本当に良いのだな?」
「え?」
嫌な事を思い出させる。
若い頃から老け顔で、同級生から敬語で話しかけられてた青春時代。
「美しさ?」
せめて、最近イケメン俳優と結婚したあのタレントぐらいに綺麗になれたら…。
「お金?」
そうだわ!お金があれば見た目だって何とでも出来る。
…でもさ、その後どうする?この年齢にもなれば使い道も時間も知れてるわよ。
私が死んだ後も家族が揉めるんだから…。「相続が争族に。」って、言うでしょ。
ん?え?し、死ぬ?
「永遠の命…。」
嗚呼、振り出しに戻ってしまった!
あー、いやいや。落ち着けワタシ。
どれかひとつ“だけ”なのよ。たったひとつのチャンス。
「もっと他に、望みがあると思うが…な。」
「何が、あるのか 教えなさいよ!いえ、教えてくださいよ。」
「教えて欲しいのが、望みか?」
「キィ〜ッ!違・い・ま・す・ぅーーッッ(泣)」
なんて融通の利かない神?いや悪魔?
そもそもなんでこんな事になったのかしら?
確か、街で買い物を楽しんで
さあ早く帰って食事の支度しなきゃ!と急いでたらメールが来て、
慌てて見たらまったく覚えがない相手から。
〈覚えのない方はこちらをクリック〉って書いてあったから“ポチッ”としたら地面が揺れた様な感覚がして…
ハッと気がついたらこんな事に。
そうよあれよ!あの時におかしな世界に迷い込んだんだわ!
「ありえないわぁーッッッ。」
「何がだ?」
うーーー!無性にイライラして来た!
そもそも、あの時に早く帰りたいからって慌ててクリックしたりするから
こんな事に巻き込まれるのよ!
と、そこで閃いた。
そうだ!落ち着いて自宅に帰ってからクリックすれば良いのよ。
自宅に帰るまでに、1時間はある。その間にゆっくり考えればいいじゃない
我ながらナイスアイデア!
「望みが決まったわ!」
「ほう、では申しなさい。」
「時間を、戻してちょうだい!買い物を終えたあの瞬間に。」
「それで良いのだな。よし叶えてやろう。」
パァーッ!と光ると、女性は元の世界に戻って行った。
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「これで、良かったのか?」
「ハイ、神さま。ありがとうございます。」
ふわふわした白い毛の小さな犬が、身を震わせて神さまに感謝した。
「しかし、お陰でお前はその姿を保つことが出来なくなってしまったのだぞ。」
「ボクが待っているこの橋のたもとに、お母さんが来るのはまだ早すぎます。
大丈夫です!きっとその時が来たら、お母さんはボクを見つけてくれますよ。」
白い可愛い犬の身体は、だんだん小さく硬くなっていきます。
「そうか…。歩きスマホで階段を踏み外し、命が終わってしまうハズの人生を取り戻せた。あの人間は、良い犬に恵まれた。」
神さまは、小さな白い石になってしまった犬を優しく撫でて、
虹の橋のたもとの、
さっきまで白い犬が座っていた辺りにそおっと置いてやりました。
橋のたもとには、色んな石が、いくつも、いつまでもあるのでした。
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一方、「はっ!」と、現実で気がついた女性。
メールに気付きましたが、慌てずに、はやる心を落ち着かせ、自宅まで辛抱して、
無事に帰宅すると、早速怪しい詐欺メールにワクワクしながら……
ポチッ。
以前、他で発表したものを手直しして再公開しています。