見出し画像

【臆病者紀行02】砂漠のスイカ、砂漠のメロン

幼少期からスイカを食べていたし、たまにはメロンも食べていたから、どちらも知りつくしているつもりだった。スイカもメロンも「美味しいとは言っても、まあだいたいこの程度だな」という感じで、桃や葡萄には到底およばない存在として無意識に見くびっていた。まあ美味しいっちゃ美味しいけどね、こんなもんかなっと。

ウズベキスタンはタシケントの朝食で、なんとなしにスイカとメロンの切れ端を口に入れた瞬間から、旅のあいだ私の脳内はこの果物に支配されつづけることになる。

スイカの漢字表記は「西瓜」だが、この「西」とはつまり中央アジアのことであるらしい。シルクロードをつうじて西より伝来したので「西瓜」という。
くわえて、14世紀にアフリカから中国を踏破した冒険家イブン・バットゥータが自身の『三大陸周遊記』の中で、言葉を尽くしてこのあたりのメロンを大絶賛している。ようするに世界一美味いスイカもメロンも、ぜーんぶここにあるってこと。

砂漠のスイカ、砂漠のメロンについて話そうとすると、私は自分が恥ずかしくなる。

幼なじみが恋人と歩いているのをたまたま見かけて、これまでに見たこともないキラキラの笑顔を向けている場面を目撃してしまったかのような…。ずっと「おまえはこの程度」と思ってきたのに、世界のよろこびのすべてを凝縮したみたいな笑顔を見かけてしまって、なんだか自分に深く恥じ入る。
私のいないところで彼女はずっとこうだったにちがいない。私が勝手に見くびっていただけで、スイカもメロンも、ずっとずっと美味しかったにちがいない。もう顔向けできない、という気分になってくる。

砂漠の果実、ただ甘いだけの美味しさではない。

大味の甘さを想像してもらっては困る。繊細な甘みが舌の上をさーっと撫でて、笑い声を残してフッと消えてゆく…。絹織物のくちどけ、まるでオアシスの妖精みたいだ。ファンタジーな表現を借りなければ比喩できないほど、現実離れした果実の芳香。この豊かさはどこからやってくるのだろう?

いままで日本で食べてきたスイカもメロンも、三角形の頂点部分、最初のひとくちが最も美味しくあとは薄まるばかりだったが、砂漠の三角形は底辺まで変わらず美味しい。

食べてみてほしい、お願いだから。中央アジアへ出かけたときにはスイカとメロンを忘れないでほしい。

あの大きくて丸いメロンを抱いて眠りたい。スイカを抱いて謝りたい。
いままでずっとごめんね。わかってなかったんだ。私のそんな謝罪の言葉もどうでもいいみたいに笑って流されるんだろう。相手にされないのも仕方ない、私はスイカとメロンをずっと見下してきたんだから。この恥をかかえて生きていくつもりなんです。

さて、どうやらメロンの名産地“キジルクム砂漠”を抱える独裁国家トルクメニスタンには『メロンの日』という国民の祝日があるらしい。

毎年8月の第2日曜日、首都アシガバードでは、キジルクム砂漠のさまざまな品種のメロンを食べ比べることができるという。
行くしかないのか?
最高気温摂氏50度の砂漠世界に…。

死ぬまでにもういちど、砂漠の果実に打ちのめされたい。2人は私のファム・ファタルだ。


いいなと思ったら応援しよう!