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かかげる手のひら METROCK2022

夕べは、ひどい雨だった。
雨合羽やら、バスタオルやらを詰め込んだ大荷物を背負い、しっかり雨靴を履いて、新木場駅に向かう。シャトルバスはずいぶんと頻繁にたくさんの人たちを運んでくれている様子。

この日を楽しみにしていた娘と息子は、折々に写真を撮るために立ち止まる。それで、なんとか、はぐれずに済む、ちょうどいいくらいの歩調。もはや50代のわたしは彼らを引率する保護者ではなく、むしろわたしが倒れた時のための付き添いに近い。
子どもが成人するまでなんて、ほんとうに、あっという間だ。

まだDINKSとか言われていた時代、職場のBBQ会に訪れたことのある「新しかった」公園には、今、大きな風車がゆったりと回る。雨が上がり、海風はまだそれほど強くない。
倉庫街を行き交う大型トラックの隙間をぬって、アオスジアゲハが、せわし気に舞う。
虫取り網、持ってくればよかったね、なんてつぶやいて、持ち込み禁止ですよと息子に叱られる。

会場に入る前から、大音量が聴こえてくる。
朝一番から「まる一日」の参加は体力的にきついから、プログラムのはじめの方はあきらめた。でもこうやって離れたところでも「聴ける」のは野外フェスならでは。人生初の野外フェスに、ちょっとずつわくわくしてくる。でもね、その反応にさえ、やっぱり「若い勢い」がないから、なかなか分かってもらえないんだよね、この興奮。

みっつあるステージのうち、入口から離れたステージにまっすぐ向かう。このバンドの音が聴きたくて、来た。そう、来たんだ。えへへ、来ちゃったよ。
ひとりでにんまりしながら、人の波の後ろの方でこっそり手拍子に参加。なぜか、こっそり、って気分。そして、クラップとかしゃれたもんじゃなくて、わたしの手が生むのは、手拍子。

ステージの合間に理解した最初のおもしろさは、音響テスト。
そうか。野外フェスって、舞台準備の時間もみんな、見えるんだ。ホールでのコンサートなら、入場できない時間に関係者だけで済ませているはずの、マイクテスト。低音、高音、楽器ごと、マイクごとの音響テスト。聞き放題の、眺め放題。
「るううう↑ はあああああ↓ つっつっ」 なにこの、不思議な発声!
「いつになったら野外フェスのマイクテストで笑わなくなるだろ」と言いながら、こらえきれずに娘がくすくす笑う。いや、これは笑うでしょう。音響さん真剣なのに悪いけど、笑っていいよね?

そして改めて理解したのは、当たり前だけど、広い会場を行き来する体力が必要ってこと。「あっちの」ステージと「こっちの」ステージは遠い。決まった時間割通りに進行するのはすごいけど、それにあわせて走って移動する若者たちも十分すごい。
頼まれた物販の列に並んでから、「あっちの」ステージに向かって、娘たちを探す。スマホありき、LINE連絡ありきの待ち合わせ。少しだけ、ペンギンみたいな気分。丸飲みした餌を腹に溜めて、群れに戻って、自分よりでかくなった我が子を探すコウテイペンギン。
自分では聞いたことのないバンドの曲だけど、ぎこちなくちょっと踊ってみる。見よう見真似で腕を振り上げるのは、三回に一回くらいにしておく。五十肩予防体操だって、やりすぎたら痛みが出るからね。ヘドバンは休んでおこう。なにしろ、術後4週間経過したところだから。外からはわからないけど、ちょっと踊ったらコルセットは、ひどい位置にずれる。
振り上げた腕には、フェスの名を刻んだリストバンド。入院中のとそっくり!今日はフルネームと生年月日を復唱しなくていい。踊っちゃえば、「わたし」じゃなくて、その他大勢のうちの、ひとり。

ロックだよ。野外だよ。でも誰もこぶしを突き上げない。
突き出す腕の先は、みんな手のひら。曲にあわせたハンドサインで時々一斉に動く。たとえアップテンポでも、かかげた手のひらの動きは、ひらひらひらひら優雅に見える。小さい手大きい手、指の長い手短い手、たくましい手かよわい手、いろんな手のひらが、たくさんの言葉をステージに投げ返してく。
ロックだよ。シャウトだよ。でも今は「一緒に歌う」の、禁止。
みんな約束を守っている。お行儀がいいんだ。時たま、あがる奇声を、誰も責めたりしない。

もしかしたら君は言うかな。最近の若いのは、あまっちょろい? 覇気がない? 草食系の時代?
いや、言わないだろうな。
たぶん、この凪みたいなおだやかな空気を歓迎するだろう。ほんとうに戦うのが嫌いな人だったから。すっごく嬉しいのを隠してさ、にんまり笑って、そしてくっだらないこと、言うんだ。
俺らじじい世代、じゃんけん負けとるやないけ。

良いか悪いか、好きか嫌いか、そういうことじゃなくて。こういう人たちが、これからの世界を作っていくんだね。こぶしで何かをぶち壊したりしない。手のひらで凪いでいく。「みんな違ってみんないい」時代の人たちが。コロナで変化した空気も、穏やかに巻き込みながら。
あぁよかった!
空が青くて、風が爽やかで、大音量の音楽にあわせて揺れる手のひら。なんて美しいんだろ!
コロナで退屈したり腐ったり嘆いたりしていても、このエネルギーがちゃんとあったことに感謝。
若者たち、生きのびてくれていて、ありがとう。
それから、この機会を作ってくれた運営のひとたち、ボランティアやバイトのひとたち、もちろん、音楽から離れずにいてくれた、バンドのみなさん、ありがとう。

なに泣いてんの? 転んだ?痛み出てきた?
締めのジャンプと拍手のあとで、心配な顔で振り返る娘と息子に、答える。
痛くないよ、大丈夫。
低音リハの、腹に響く音が、MRI検査の音にそっくりだったから! このおもしろさがわかる人は珍しかろうと思ってさ。

アオスジアゲハがまたせわしなく舞う。そうか、君も様子を見に、来てたんだね。
「こっちの」とりに登場する娘の「推し」バンドのステージまで、体力もつかな。

日が暮れるまでもう少し。

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