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引っ込み思案の根っこは?

前回のマイコーチとのセッションで、自己受容できていないのは、幼少期の親との関係による影響がありそうについて話しました。

ありのままの私は受け容れてもらえない
というか、私が私自身を受け容れてない?
なぜなら、ありのままの私に価値がないって思ってそう→親の期待にこたえる優等生、資格に依存してたよね!
が現在地です。

いろいろ習い事をさせてもらってたけど、私はイヤだなと思ってたり、頑張っていたけどあまり褒めてもらった記憶がない。
習い事に対して、やりたくないって主張したのか?と言うと、言っていない。私の意思は関係なくやらされていた感。
楽しくやっていたこともあるけれど(習字は好きだった)、ピアノとか水泳の短期講習とか、くもんはやらされてたよねー。

なぜ、イヤだと言わなかったのか。
と突っ込むと、幼い頃の私は引っ込み思案でした。おとなしくて、自己主張ができない。

その引っ込み思案はどこからきてるのかなー?と考えると、保育園に通っていた時にいじめられたことかな?と思いました。
行きたくなくて、保育園バスに泣きながら乗ってたような記憶があります。親にはいじめられてるって言っていないと思います。
中学生になって反抗期に入るまでは、大人しい感じでした。

保育園児の私は、机に突っ伏してじっとしている場面が浮かびます。
具体的にどんないじめをされていたのかの記憶はなくて、いじめっこが引っ越した時は内心嬉しかったです。

今はそこまで引っ込み思案だとは思いません。初対面は苦手だけど、自己主張できないこともないです。
むしろ、自分の信じることは強めに言っちゃうよね。

ただ、幼少期は自己主張できないことで生きづらさはあったんだろうなと今考えると思います。親にイヤだとか、助けて欲しいって言えてない。

未来を切り拓くために過去を振り返りました。

この思い込みを書き換える、自尊感情を高めて自己受容できることが今の私の課題だと思います。

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