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惚れてしまう空間・場➖わくわくデザイン八木さんに聞く 前編

まえがき



 一級建築士で、東京に事務所を構える合同会社わくわくデザインの代表社員・八木稔文さん。これまで二度、日本医療福祉建築協会の医療福祉建築賞を受賞しています。栃木県下野市にある介護付有料老人ホーム・新(受賞当時、株式会社環境システム研究所にて担当)、長野県佐久市にある「あたり前の暮らしサポートセンター」(トップ画像、下写真)です。
 新についてはこれまで三回ほど記事を綴っているので、そちらをお読みいただければと思いますが(下記URL)、併設されているカフェだって、近ければちょこちょこ足を運びたい。イベントだって参加したい。新が発信するSNSを目にするたび“新が自分の住んでいる地域にあったらいいな”と思うのです。
「あたり前の暮らしサポートセンター」はまだ足を運べていませんが、写真を見ただけで十分に“心地よさ”は伝わってきて、惚れ惚れします。


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佐久 あたり前の暮らしサポートセンター ©ナカサアンドパートナーズ
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佐久 あたり前の暮らしサポートセンター ©ナカサアンドパートナーズ
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(上下:有料老人ホーム 新)
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再会

 八木さんに出会ったのは、私が東京で仕事をしていた新人記者のころ…10年近く前です。あるフォーラムの懇親会の場で名刺交換をさせて頂いた後日、八木さんが設計された特養を訪問。今まで見たことのない“高齢者の居場所としての空間”に「こんな特養ができるのか」。とても驚いたものでした。時は流れ2018年初夏、新を訪問した時に「あ…この感じ、どこかで…」。設計者のクレジットに、八木さんの名前の記載があり、ハッとした私。「八木さんにまたお会いしたい!」と思ったのでした。

空気が感じられない存在

 さて、私の自宅近くにサ高住を含んだ複合型の高齢者施設があります。5階建て。数年前に建ちました。
 建物のカラーは灰色。周りの風景に調和することなく、建っているだけ。スタッフの出入りは見かけても、お年寄りの姿を見たことがなく、高齢者施設がそこにあるという認知だけ。“存在感”というか“空気感”が全くないのです。

 ここに入居している人たちはどんな暮らしをしているのだろう?

 私はこれまで10年近く、多種多様、様々な「お年寄りが暮らす場、過ごす場」を訪ねてきました。多床室で、独特の匂いがこべりついた特別養護老人ホーム、病院みたいな味気ない老人ホーム。それらとは対照的な、一流ホテルのような高級で豪華な施設。自宅のような、古民家を改修した宅老所。あるいはグループホーム、グループリビング、和洋折衷なデイサービス。圧倒的な心地よさが感じられる喫茶店、カフェのような“お年寄りの居場所”まで…。

場のチカラ

(下)TEPPEN工房
新に併設されている”TEPPEN工房”

 施設類型に限らず、場の佇まいからして「あ、ここは…」と瞬間的に感じられる場があります。心地よさ、あるいは肌感覚の良さと言えるでしょうか。
 心地よさとは直感でもあり、偽りのないもの。その感覚を私は"場のチカラ”と表現しているのですが、ここでの”場”とは単なる場所のことではなく、人の営み、自然も含んでのものです。

 新は間違いなく”場のチカラ”がありありと満ちている空間でした。2021年3月、上京する機会が訪れました。八木さんの事務所を訪ねます。  

八木さんへのインタビュー


 ―ご無沙汰しております。福祉施設の設計を始めたきっかけを教えてください。

 (八木さん)いまから10年ぐらい前に、以前勤めていた会社で、たまたま特養の設計担当になりました。それまで特に福祉施設を設計していたということはなく、老人ホームの設計は初めてでした。職員さんにどんな施設が欲しいですかと聞いてみると、「特浴が6つ欲しい」と(笑)。いやいや、それではお金が収まらない。予算を超えると。他にも職員さんのリクエストがどんどん出てくるんですよ。(施設の)利用者さんが一言も発しないうちに、職員さんのものになっちゃうぞ、と思いました。本屋に行くと、個浴に関する本がありました。特浴を6つ作らなくても、こっちのほうが明らかに気持ち良さそうと感じました。その後、個浴の本を書いてらっしゃるケア・プロデュースRX組の青山さんのセミナーに参加したり、介護施設に詳しい設計者の間瀬樹省さんのブログの存在も知って勉強したんです。「ユニットケア」の生みの親である外山義さんの本も読み漁りました。新築だったので法人の建設担当者の方と有名な施設に見学に行き、施設長さんにお話を伺ったりもしました。そんなこんなで結構苦労してユニットケアの特養が出来上がりました。

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佐久に設置されている個浴のできる浴室。手すりの形状や浴槽の高さなど、細部までこだわって作られています。©ナカサアンドパートナーズ

 その後、有料老人ホーム 新を設計させていただけることになりまして、ケア・プロデュースRX組・代表の青山さんや(新を運営している社会福祉法人)丹緑会の篠崎さん、スタッフの方々とどんな形式がいいかと話しあった際、一般的な形式であるユニットケアの問題点が浮かび上がってきたんです。介護職の人たちは両手を上げてユニットケアを歓迎していたわけではありませんでした。

特養の“ツリー構造”

 特養というのはツリー状の構造をしています。理事長がいて、施設長、介護長、ユニットリーダーなどと続き、組織自体がまず大きなツリーです。建築も、全員で集まる交流ホールがあって、数十人で集まるセミパブリックがあって、10人で集まるユニットがあって、個室があるというのも大きなツリーです。新に取り組むときに、何人単位で居室と食堂のグループをつくったらいいかと考えて、どうやらこのツリー構造に問題があるんじゃないかと。クリストファー・アレグンダー(建築家、都市計画家)の『都市はツリーではない』という著書があります。そこでは「都市はいろんなものが交わっている。その結果として起こっている、多様なことのなかで生きているということが豊かさだ」というようなことが書かれているんです。
 プロジェクトでは、ツリー構造ではなくもっとオープンで柔軟さを持って介護の力を引き出せるような形を目指して設計に取り組んでいます。

 特養、新、佐久の”あたり前の暮らしサポートセンター”…と多くの福祉施設を設計する中でたくさんの現場を見させてもらい、たくさんのお話を聞かせて頂いて、「これ、なんとかしなきゃな」と課題を発見し解決方法を模索し続けてきました。もっともっと面白くしていけるんじゃないかなと思います。

 どういう風に住むと楽しい?地域の暮らしをコンテンツに。どうやったら島のお年寄りを支えられる?

佐久 あたり前の暮らしサポートセンター ©ナカサアンドパートナーズ

 佐久のほうも青山さんと設計させて頂いたのですが、地域に普通にある暮らし、衣食住の達人であるお年寄りが輝く場所がテーマでした。地域の通り抜け道路に面して開かれた賑やかな前庭があって、いろんな人が入って来ることのできるようになっています。
 新は車通りのある道から離れていたんですよね。それが落ち着きでもあるんですけど…

海士町 チェダッテ
(福祉事業従事者雇用促進拠点)

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 島根県に海士町という離島があってそこは人口が2300人くらいの島なのですが、役場の方、社協の方、ubdobeさんや青山さんと「お年寄りが中心地域から車で何分掛かる?」「どこの集落に何人いて、介護を助ける拠点がどこにできるとみなが暮らしていきやすいのか?」を考えました。介護を助けるというのは、介護を仕事にする人に限らず、ご家族や地域の方、高校生などが介護の必要な方を入浴させたりするといったことなども想定しました。
 施設ありきではないケアの形を考えられたのは自分のなかで大きな経験でしたね。

―ユニットケアについては「生活が完結してしまって周りとの接点がない」と言われることもあります。

 それもありますが、現場はスタッフの数とスキルに限りがありますよね。たとえば今日、初出勤のスタッフさんもいます。利用者さんをとりまく状況だって変化し続けます。状況に応じて皆で助け合ってパフォーマンスを出すべき建物である、という視点がもっとあったほうがいいと思います。また、均質な介護の提供と豊かな介護の提供ではどちらが優先されるべきかという問題もあると思います。たとえば、ユニットケアの特徴になじみの関係、ユニットごとのスタッフの固定配置がありますが、あるユニットの利用者さんの状況が急変したとして、固定配置を守ることと、それよりもご家族をはじめ最期に一人でも多くの方に会っていただくために電話をたくさんかけること、どちらを優先すべきかなと思います。

多床室は楽しかった?

 ユニットケアはよりよい暮らしの実現を求めて制度化されました。その理想は高く、設計者もよいハードを作ろう、行政の福祉課の担当者の方もよいハードをつくってもらおうと努力されます。素晴らしいと思います。公募事業を経て選定されることもあり、運営者もどんどん立派にしたくなります。居室を大きくして、大きな食堂にして、ユニットごとにちゃんと区切って、立派な交流ホール…。でも、どんどん広く大きく立派になることはいいことでしょうか。みんな広いところにいては意思疎通少なく、孤立して動くことになります。結果、通常業務をこなすだけでも大変な建物になります。人手が少なくても運営できるハードを作ろうという視点も必要だと思います。普段のことをするのに人手がかからないことによって、人を掛けるべきいろいろな局面に対応できるわけです。ワンオペで孤立して働いていたりと、結果的に介護の質は下がっていないでしょうか。「多床室だった頃はもっと仕事が楽しかったのに」という話はけっこう多いんです。「みんなで一緒に何かをやっている感じがけっこうあったのに」って。

著者の夫が勤める特養がまさにそれ。多床室のつくりなのですが、2021年の秋からユニットケア方式が導入されました。「利用者さんは楽しそうにしてる」と夫は話しますが、仕事はとてもしんどくなってしまった。そもそも人手不足だったところ、利用者さんをユニットに分けたことで休憩時間も利用者さんを見守らなければならず、職員が疲弊困憊しているんです。

栗林荘 大規模改修計画

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2016年から第一期設計に入り、現在は第二期工事中 ©ナカサアンドパートナーズ

 特養の栗林荘(栃木県小山市、新を運営している法人の施設)については、設備が老朽化してきたのでどうしようかという話からスタートしました。現存施設の耐震診断をしたら問題ない。もったいないんじゃないかと。築44年くらい建っているんですけど、まだまだ使える。平屋でコンクリートの塊なので壊れないんですよ。
 140人の施設なのでかなり広いのですが、地域に対して受付一箇所でしか接していないという、とても閉じた形をしていました。これを地域(の人)と“接するところだらけ“みたいな形に変えてしまおうかと。バスケットコートを作ったりだとか…

―バスケットコート!楽しそうです。

考え方をバラす 多床室の可能性


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栗林荘改修計画 建築模型:写真提供 丹緑会の篠崎さん

 地域のひとが使える工房、ここにカフェ、中学生がバスケして、帰りにカフェで利用者さんが作ったご飯を食べて帰るとか、夏休みになったらお父さん、お母さんがここに子どもを連れてきてみんなで一日過ごせるだとか、栗林荘を地域の暮らし自体にしてしまおうかと思っているんです。
 基本的には栗林荘は従来型の多床室なので、その改修だとユニットの10人単位にこだわらなくていい。小さな単位から大きな単位まで自然とつながるような形にできると思っています。4人部屋にも通り抜け動線を入れたりして、共有部分のつながり感を出そうと設計しています。
 考え方も、スタート時点も変えてみようと。

ーはい。 

均質ではない状態を


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栗林荘 ©ナカサアンドパートナーズ
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子どもにとってもワクワクする空間©ナカサアンドパートナーズ

 地域の人や子どもたちが来るとして、子どもはすぐにお腹をすかせますよね。であれば、たこやきを作ってあげられる場だとか、接点をどうデザインするかを考えた方がいいと思います。地域交流室という名前のホールを作ったらそれで豊かな地域交流ができるわけじゃない。色々なシーンを考えて、どうしたらより日常的に豊かに使われ続けるかを考えなければと思います。地域交流室がただあるよりも、そこに食堂があったほうがいい。子どもたちが入ってくることのできる食堂が。そして食堂にアスレチックのネットを張ろうと思っているんです。子どもたちが入ってきてついでに遊べる。子どもたちを普段の暮らしに巻き込んでしまえれば。
 栗林荘の一期が完成したとき、篠崎さんが「多床室の廊下に子供も遊べる雲梯をつけよう」とおっしゃって。スタッフにとっての動きやすさだけを求めない設計。そうすると、考えられることはいくらでもある。畑が見えるところはこうしよう、道路から入りやすいところはこうしようとか…。
 できるだけ空間に差異を持たせようとしています。いろんなところをバラバラに、個性をもった人たちが面白いことができるようにと考えているんです。とにかく均質じゃない状態を作りたいんです。

 栗林荘の第一期工事終了後、わくわくデザインのスタッフ・宮下浩平さんが(工事終了後の)栗林荘の様子、イベント時などの動画を撮影していて、見させて頂きました。


ーロードムービーみたい!“いい時間”です。

廊下には雲梯があり、子どもたちが遊べます。ブランコも滑り台もありました。お母さんたちがいて、自然とお年寄りの手を引いている…。子どもはもちろん、様々な人たちが自然に混じり合っている光景がありました。

(著者)動画では黒板が写っていますね。黒板みたいな自由に書いては消すことができるもの。あれも楽しい場を演出しますよね。新もそうですし、はっぴーの家ろっけん(神戸市)を取材させて頂いたときも、階段に黒板があって印象的だったのを思い出します。

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新の敷地内にある「Cafeくりの実」

(八木さん)自発的に関われる余地、テンションが上がる場所というか。そういうものは大事ですね。

※栗林荘は、日本財団が主催した「みらいの福祉施設建築プロジェクト 2021」に、472事業の応募のなか、採択6事業のひとつに選定されました。(プロジェクト名:地域の一部となれ)
 3月18日に開かれた授賞式で、理事の篠崎さんは「今回のプロジェクトに応募したことで、なぜ福祉施設が地域に開かれた存在でなければならないのか、改めて考えるきっかけを頂きました」とコメントしています。


本プロジェクトは、社会福祉施設が地域福祉の拠点となり、地域社会に開かれた魅力ある場所として認知され、まちづくりの核となるよう事業実施団体と設計者の協働による建築デザイン提案を含む、建築関連助成事業の募集を行ったものです。
社会背景の変化(少子高齢化や多様性の尊重、コミュニティの希薄化など)に伴い、社会福祉施設には地域福祉を担う拠点としての役割が求められています。建物のデザインが変わることで、福祉のケアやサービスが変わり、利用者や職員に愛される福祉に変わればまちが変わります。福祉施設の建築事業への助成や補助金は、行政や民間助成財団でも行われていますが、建築デザイン提案を含む助成金の募集は他に例のないものであり、建築・福祉両分野から審査委員を構成し申請事業の評価を行いました。

日本財団の同プロジェクトサイト https://fukushi-kenchiku.jp/より

八木さんへのインタビュー 後編へ続きます。


写真提供 クレジット 参考サイト

あたり前の暮らしサポートセンター 写真:Nacasa & Partners(中道 淳)
その他、栗林荘 合同会社わくわくデザイン (wkd.jp)より、八木さん提供
新の写真は、ケアスタディ代表・間瀬樹省さん提供 carestudy.jp 
新の元施設長 横木淳平さん 介護3.0 (kaigo3.net)
RX組 青山幸広さん rx-gumi.com


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