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PASSION ユバのクリスマス【準備とイブ編】
ぜんぶが手仕事、ということ。
12月23日の仕事は、ユバ育ちのスマちゃん(16)とクリスマスパーティーに向けたチョコレート作りだった。7時半からやろうと言われていたため、7時半に食堂で待つがスマちゃんが来ない。8時すぎに
「奈保、ごめん!!」
寝ぼけ眼のスマちゃんが慌ててやってきた。
奈保。
そう、ここでは年齢など関係なく、名前の呼び捨てが当たり前。敬語もない。フラットなコミュニティなのである。
チョコレート作りは、カカオの実をこがすところから始まった。カカオの実だってユバ産だ。
フライパンに何十個と実を入れて、真っ黒になるまでよく焦がす。冷めたところで皮をむく。香ばしくて甘い香りが漂い出した。この作業を3回ほど繰り返したあと、皮をむいたカカオをフライパンに乗せて、煙が出るまで再び焦がす。そのあとに、コーヒー豆を炒るための機械であるコーヒーミルに入れる。
グルグル、グルグル。グルグル、グルグル。
力いっぱい機械を回してカカオの実をすりつぶすとドロッとした液状になった。これがチョコレートの前身。液状になったものにミルクやバターなどを入れて火にかける。さらにそれをミキサーにかけ、しっかり混ぜたらあとはじっくりグツグツ煮込めばいい。一時間以上煮込み、程良いとろみが出たら、しばらく冷まして完成だ。
これがチョコレートのできるまで。
スマちゃんは納得できる仕上がりになるまで真剣な眼差しだった。
昼食後は料理に使うオリーブの実の種取りを手伝っていた。
こうした作業のひとつひとつが、私にとっては初体験。日本で食べるチョコレートは既製品で、食べやすい形に加工されているものばかり。それがどうやってできるかなんて考えたこともない。カカオの実を生で見たのも初めてだった。ユバの基本は自給自足。あるものを精いっぱい活かす。ない物はある物で作るだけ。そうしてこれまで鍛えられてきた心身は器用そのもの。
クリスマスパーティーでは、みんなでプレゼント交換をするそうなのだがそれらは買った品ばかりではない。シャツであったり、靴下であったり、ミシンを使って一から縫う。プレゼントは手づくりの品が多いそうだ。
スマちゃんが朝寝坊したのは、クリスマスプレゼントの準備のためだった。
アリアンサ墓地へ
12月24日、クリスマスイブ。親類、友人、サンパウロ在住の日系人、ユバに興味があって来たという海外青年協力隊の若者も数人、留学生の日本人やら続々とユバにやって来て、食堂に入りきらないほどの人数になっていた。
農作業の前に全員でユバのお墓参りをするのだという。車やトラクターに乗り、お墓へ向かった。トラクターの荷台に私はしゃがむ。早朝の涼しい空気が気持ちいい。
アリアンサ墓地は、西洋式の墓や日本式の墓が入り混じっていた。そのなかにあるアーチ型の大きな墓石がユバ農場のお墓である。創始者の弓場勇さんらが眠っているのだ。
神父の祈りのあと、ユバ農場代表・弓場恒雄さんが挨拶をした。
「過去、現在、未来。みんな大切です。先人を思って生きていきましょう」
全員で賛美歌を合唱し、墓の前で記念撮影。人数が多くて収まりきらない。墓石によじ登り、つかまり、ギュッと詰める。明るい墓参りだった。
農場に戻るとさっそくキャボの収穫へ。例えわずかな訪問でも、ここではただいるだけという人は原則いない。訪問者が一気に増えたこの日のキャボの収穫は、人出が多く、すぐに終わった。
クリスマスイブのお昼ご飯は、絞めたばかりの鶏を使った、男性陣得意のから揚げに手打ちうどん。
午後は、パーティー会場となる食堂の片づけやクリスマスツリーなどの飾り付けだ。その前に掃き掃除、床は雑巾掛け、本棚の整理など、徹底的な大掃除。
本棚に大きなカエルがいたのだが、ユバ育ちの女子たちは「キャー」とも「ワー」とも言わず、驚く素振りさえ見せない。サッとつかんで外に逃がす。
ユバの女子たちのパワーには圧倒されるばかりだった。一人でトラクターを運転したり、ノコギリでヤシの木を切り倒してきたり。そんな勇ましさもあるかと思えば、ピアノやバイオリンを弾いたり、バレエも踊る。スタイルだって申し分ない。
色とりどりの風船を膨らませ、天井に鈴なりに飾りつけていく。クリスマスツリーに見立てたヤシの木にも豆ライトを絡めていく。
「もっと右!うーん、色のバランスが良くないね」
抜かりなしの飾り付け。
掃除にせよ、料理にせよ、すべてのことに妥協しない。
18時半ともなると、女性たちはおめかしに忙しくなった。共同風呂は満員だ。汗を流してドレスに着替える。私はドレスなど持っていなかったのだが、スマちゃんがそれを知ると、靴もドレスも貸してくれた。
一時間後に角笛が鳴り、パーティー開始。勇ましい姿から艶やかな姿に変身している女性たち。スマちゃんは、高校の卒業式でお母さんが作ってくれたというドレスをまとう。とても手作りには見えなくて、上品さと繊細さのある美しいドレスだった。
お母さんたちもラフな日常着を脱ぎ、熟成した大人の女性となっていた。例外は野球好きのマリアン。ヤンキースのユニフォーム姿で現れた。
神父の祈り、賛美歌の合唱をしたらいよいよ食事。ぶたの丸焼き、巻き寿し、いなり寿司、ピラフ、煮物、ミートパイなど、時間をかけて仕込まれた料理がズラッと並んだ。スマちゃんと一生懸命作ったチョコレートは、3段の豪華なケーキのそばに置かれている。ビールもジュースもたっぷりだ。
歌って飲んで、食べて笑って。プレゼント交換もして、23時すぎ。あたりが静まってきたころに、ステレオから音楽が流れ、ユバの若者たちによるダンスタイムが始まった。女子たちは、ドレスは脱いで、キャミソール、ショートパンツにハイヒールというブラジルファッション。ラテンな乗りの、自由で明るい激しいダンス。
彼女、彼らに流れているのは純粋な日本人の血であるが、ダンスのノリはブラジルそのもの。両者のいいところを上手に継いで、美しく成長していくのだろう。