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「ひと」に応える場をつくるー看多機ホームみなりっこ(尾道)
広島県尾道市内に、3月に新規オープンした看護小規模多機能型居宅介護事業所「看多機ホームみなりっこ」。運営するのは株式会社ゆず。昨年私は、同社が運営している地域交流室「Co-Minkanむかいしま」(グループホーム・小規模多機能居宅介護事業所に併設)を取材させてもらいました。
「Co-Minkanむかいしま」はコミュニティデザイナーの内海慎一さんと、作業療法士で感情環境デザイナー・杉本聡恵さんがタッグを組み完成した空間。そんな二人が再び関わりできた施設が「看多機ホームみなりっこ」です。
7月下旬、内海さんに案内してもらいながら話を聞きました。
(※感染症対策を講じ、長時間滞在にならぬよう事業所を一周。その後場所を移動して内海さんに伺った話をもとにテキストを編集しています)
尾道市中心部からは少し離れた住宅地内に、看多機ホームみなりっこはあります。大きな屋根、建物の周りに生えている樹木が目に入ります。
(オープン前の写真と取材時の写真、植物に変化が見られます)
「この屋根、特徴的ですよね。ガソリンスタンドみたいな。でも近くにガソリンスタンドがあるので、地域にとってもなじみがあると思うんです。この場所を示すときに、“あのガソリンスタンドみたいな…”って目印になってもいいかなと」
玄関のドアは特注ものだそう。
「温かさを出すため、あえてここは木製にしました。車椅子でも開け閉めができる取っ手と取り付け位置。窓の下端も車いす用に広くしています。ドアを開けたら右に大きな窓がありますが、これによってウェルカム感が出ると思うんですね」
さて中は。家庭的な大きなリビングがどーんと広がっている感じです。
利用者さんたちがソファに腰かけ、中庭を見ながらくつろいでいる姿があって、この日のとても印象的なシーン。
キッチンの奥、入り口から遠い位置に事務所、2階のロッカールームへと続く階段があります。キッチン、事務所のすぐ近くに、常時ケアが必要な人やターミナル期の人のための部屋があり、この部屋のドアにはカーテンも付いています。締め切りたいときはドアを。音や雰囲気を感じていたいときはカーテンにすればいい。都合によって選べます。
「この部屋の中からでも植物が見えるんですよ」
内海さんが指さしました。
「植物が在る」ことの豊かさ
屋内にも植物が置かれているのですが、どの部屋からでも外の植物が目に入るように設計されています。枝を伸ばしてくる木、実をつける木、落葉する木など、それぞれに意図があっての配植。
庭師の技術をもって、豊かな植物がある空間が実現しています。「キッチンから近いところにジューンベリーがあったり、ハーブもあったり。『今日はハーブティーにしましょうか。ベリーの実が成っているから収穫しておやつに使いましょう』などと言えますよね」
介護事業所でお決まり、かつ単純になりがちな“お茶のシーン”に変化が生まれます。
続いて、中庭へ。
「この雨どいー鎖樋があることで雨粒が滴る様子を見られるんです」
それは“雨を味わう”ことができるということ。
ゆず代表の川原さんはSNSで、看多機ホームみなりっこを「今までにないくらいじっくり考えてあたためてきた。こだわりのない場所はまったくありません」と言っています。
それはこういうこと。ひとつひとつに意味がありました。
中庭というと、家の床と同じ高さに設計されていることが通常ですが、ここでは中庭の地面の高さを1メートルほど“上げて”います。中庭から空を見上げると、スーッと背を伸ばした木がありました。
「この高い木には鳥も止まります。中庭に出てくればベッドに横たわった状態でも、その様子を見ることができるんです」
ベッドに横たわった状態での視野とは限られたもの。目線も通常の姿勢とは異なるところにあります。それを配慮しての中庭設計。地面を上げた理由のひとつ。
車椅子に座っていて屋内から中庭を眺める。目線は中庭の地面に当たります。中庭にある植物、石、苔…。すべてが何らかの意図をもっています。携わった庭師は、嬉しそうにその仕事をしていたといいます。それゆえ当然「豊かな中庭」。
「リズムある空間」―自然の揺らぎ、モノの揺らぎ
地域交流スペースとして意図している空間には本棚があり、スタッフがセレクトした本が並んでいます。そのうちの一冊、昔の尾道の風景を映した写真集は「利用者さんの会話を引き出す“効く本”」だそう。
「Co-Minkanむかいしま」の取材の際、内海さんは「小物のもつ介護力は侮れない」と教えてくれました。利用者が親しんできたような小物、あるいは興味を持ったり、目を引くような小物を施設内に散りばめておくことで、利用者とスタッフのコミュニケーションツールになるのです。
観覧車の模型やラジオメーターなど、“揺らぎをもつ”小物は、流れる時間にリズムを生み出す。自然もまた、リズムを生むもの。自然光がふんだんに入る設計のため、照明を点けずとも日中は十分な明るさ。朝日も入れば西日も差し込む。時間の経過に比例して、調光が変わります。それもまたリズム。リズムとは変化。人の暮らしに、変化は欠かせません。看多機ホームみなりっことは、心地いいリズム、心地いい変化のある空間なのだとも感じます。
手すりのない、住まい
従来、高齢者施設に手すりはごく当たり前。でもそれがかえって「施設っぽさ」をより強く演出してしまっていることがあります。一方で、そこに気づいた人も多く、手すりをつけていない施設も増えてきています。手すりそのものを否定するのではないんです。壁や家具といったものが体を支え、手すり代わりになれば。そんな視点で設計、モノを配置すれば、手すりがないことのリスクを回避することができる。つまり、安全性をもった「ふつうの暮らしの場」の意味を持つことと思います。
看多機ホームみなりっこには手すりがありませんが、手すり代わりとなるような“掴める”椅子、身体を支える役割を担える形状の家具が配置されています。
心を整えるトイレ。泣いていい部屋。
うわぁーっと心を乱してしまったとき。どうにもこうにも感情の行き場所がないとき。
泣きたいとき。
ただ誰かに話を聞いてもらいたいとき。
涙が出そうになっているとき。
そんな時は誰にでも…利用者の家族、相談に来た人、スタッフにもあります。病によっては、40代、50代といった世代の利用も想定。そのような場合は、主に高齢者が過ごすスペースではなく、地域交流スペースの空間に地続きの部屋を利用してもらえばいい。ここで相談を受けてもいい。泣いたって、洗面台があるから、化粧直しもできる。サンキャッチャーが心をほぐしてくれるかもしれません。
突き当りをつくらない 「営み」に応える
「突き当りをつくっていないんです」
内海さんにそう言われ、その事実に気づきます。突き当り…端や隅には、必ず窓や緑がある。突き当りがないとは、希望があることなのかもしれません。
窓の奥には、何らかの世界がある。自然があるとは、命あること。先ほど述べた“リズム”も、“変化”も、希望だと言い換えることもできます。
リズムがある、変化があるとは、希望が潜む、希望を見つけられること…。
置いてある椅子の種類も多様です。ということは、人の過ごし方に対する受け入れの幅が広いということ。ゆったり座って過ごしたいときもあれば、固く座って姿勢を正したいときもある。身体が不自由であったり、障害があっても、人の暮らしというものは一定の姿勢で営まれるものではありません。生きる、暮らすというものには、“変化”がつきもの。不変はありません。
人の多様な営みに応えることができる場であれば、心地いい暮らしができる。設計・建築、デザインのチカラはそれを実現してくれる。
手を動かすことで空間が身近になる
このように、質の高い場であるからこそ、利用者さんを支えるスタッフが建物を「使いこなす」こと、運営の面からも建物を「大切にする」姿勢が求められます。「完成してからではなく、その前から関わってほしい。現場を見て。建物ができていく様子を見ていってほしい」
これは内海さんの強い要望のひとつだったそう。
施工が進むある日、スタッフが集いました。午前は、看多機ホームみなりっこの図面に、家具が描かれた紙切れを「ここじゃない?」「ここに在ったらいいんじゃない?」と考えながら置いていく“建築家になりきるワークショップ”。午後には実物―家具がトラックで到着します。バケツリレー方式で、家具をトラックから運び出して配置していきました。ホンモノの答え合わせです。
「想定していなかった場所に、スタッフの意見によって置かれたソファーもあるのですが、『なぜこれをここに置くのか』を自分で考える。その意味の理解は、日常のケアにも活きてくると思うんですよね」
更地の状態から、建物ができていく。その流れを見ていくことで、利用者、地域住民とのコミュニケーションの引き出しが増えることになります。関わりがあるほど、知っているほど、手を動かすほど、看多機ホームみなりっことの距離は縮まります。
植物の世話をすることで、成長、実をつけることの喜び、あるいは悲しみー枯れてしまったら“枯らしちゃった”も体感します。なぜ枯れてしまったのだろうと考える。次はこうしようと気持ちが前に向く。技術が身につく。
「家具屋さんかバケツリレーのような搬入は初めての経験だと言っていました(笑)。でもそうして体や手を動かしたことで、愛着がわきますよね。壁が汚れたら拭くでしょうし。そうした関わり、ワークショップも、丁寧に計画して実践しました」
Co-Minkanむかいしま、看多機ホームみなりっこを生み出した内海さんの背景を知りたく思い、もう少しお話を伺いました。
自分で、つくる。翻訳、する。
内海さんは学生時代、建築を学んでいます。
卒業制作の実施先として八丈島を選んだ内海さん。
「島に2ヵ月間住み込んで島の気候を直に感じながら、建築事務所の親方のもとで過ごしました。八丈島はもともと島流しにあった人が多く、つまり文化が多様で面白いんです。そんな歴史も感じられる、離島体験ができる施設を設計するというのが僕の卒業制作。今の生活が苦しくなったら現代の島流しにあってもいいんじゃない(笑)っていう…。島で過ごす。島の空気を体で味わう。それによってリアリティのある建築ができると思うんです」
内海さんの師匠は坂茂(ばん・しげる)氏。坂氏は、阪神淡路大震災では紙管を使用した仮設住宅「紙のログハウス」、東日本大震災では紙管と布を使い、避難所でのプライバシーを確保する「避難所用間仕切りシステム」を生み出すなど、災害支援活動にも力を入れています。
坂氏が代表理事を務める、災害時の被災者への住環境支援活動などを行うNPO法人ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク。この法人の活動に内海さんも関わっていて、7月の九州豪雨でも、避難所用間仕切りシステムを設置すべく、内海さんは被災地に駆けつけています。
「小さい自分の家をつくる、といったこととか、人のために作るというのが好きなんですよね。災害が起きた。自分に出来るのは間仕切りをつくることの段取りや調整。災害直後は、コミュニティデザイナーとしてではなく、建築を学んだことのある人として関わります。いつも災害時には、短期型、時間をかけない支援を行っています。災害が起きた後、時間が経過したのちのまちの“復興”。まちをどうするか。そうなったときにはコミュニティデザイナーとして関わることもあるかもしれません」
―被災者の人たちと“一緒に”間仕切りをつくる作業をされていました(SNSで拝見)。
自分がそこに関わっていなければ(誰かがやってくれた、つくってくれた)、壊れたり、使えなくなったりした時に「抜けた」「壊れた」など、言うだけにとどまりますが、自分で作ったものなら愛着が当然あって、修理も出来るし工夫もできる。間仕切りをつくると、家ができたような感覚にもなるんです。単なる間仕切りに留まらない使い方も生み出したり、自らカスタマイズしていくんですね。それがいいと思います。
「避難所でプライバシーなんて」という声もあります。でも、女性にとってプライバシーはとても大切なもの。そこで大きな声を張る地元の人がいたらそれを伝えることは難しい。縮こまってしまいます。そこで僕らが声の出ない人の声を聞く。あるいは拾う。
「こんなのいらないよ。何の意味があるの」と言われることもあって、へこみもします。だけど信じてやるしかないんですよね。その先に、“あって良かった”という現実があると…」
内海さんは、実際の「場」や「実践」を大切にしている。だからこそ建築家と丁寧な対話を重ねることができる。災害支援の活動では、届きにくい小さな声も拾い、気持ちを汲み取る。配慮を場に活かす。デザインする。
看多機ホームみなりっこを設計したのは、熊本にある矢橋徹建築設計事務所。2016年に起きた熊本地震の際、内海さんは災害支援を通して矢橋氏と出会いました。
「中庭の高さを上げる、もそうですが、ふつうに考えたら『なぜ、それをする?』と思われるでしょう。建築家が大切にする空間構成がある一方で、ケアする側、介護士、作業療法士といった専門職側としても、ここは大切!というところがあります。お互いの主張や意見を僕が翻訳していました」
建築家としての気持ちと、ケアする側の気持ち。両方をくみ取って、折り合うこと。そうしたプロセスを経て出来たのが、この場です。
「看多機ホームみなりっこは当たり前にある光、風、影の好作用を見逃さず、しっかり意識して作っています。さらにそこに五感刺激や暮らしの彩りといったものを忍ばせて、感情に働きかけていく。オシャレであっても尖っていない。柔らかくなる。色気や知性という“施設に足りないエッセンス”を入れてバランスを整える。杉本さんによる作業療法士ならではの視点が活かされていると思います」
川原さんから「圧倒的なモノをつくって」とオーダーされたという内海さん。その“圧倒的”とは、周辺の風景と相いれないような奇抜なものではなく、利用者が「ついていけない」ような空間でもない、本質的にー“ちゃんとしたもの”。