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天才コース - 2021年2月2日のDearMedia Newsletter

この記事は、私が週2回発行しているDearMedia Newsletter から、開封率が高く評判が良かったものをピックアップしています。

DearMedia Newsletterは、発行人の味岡が毎朝ニューヨーク・ロンドン・パリ・ミラノ・東京から生まれる約1000記事をチェックして
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前回のニュースレターではたくさんのコメントをいただいて、本当にありがとうございました。

このニュースレターをオンライン英会話のトピックとして使っていただいたり、偏見のパラダイムシフトが起こったととても嬉しいご報告があったりと、1通1通有難く読ませていただきました。

こういった声をいただけるのは本当に嬉しいです。
ありがとうございます!

これからも続けられる限りピンと来たニュースを紹介していきますので、何かあれば、いつでもお便りくださいね。


さて、今日ピックアップするのは
イェール大学の名誉教授で2020年Amazon Best Books of the Yearに選ばれた『The Hidden Habits of Genius(天才の隠れた習慣)』の著者、Craig Wright教授が書いた記事です。

イェール大学で毎年「天才コース」という講座を教え続け、ついには天才の公式も発明してしまった彼は、天才についてどんな分析をしているのでしょうか。

【本日のピックアップニュース】


誤解しないでください、私はイェール大学の教授ですが天才ではありません。

私が初めて4人の子供たちに天才についての講座で教えることを話したとき、彼らは「お父さんは天才じゃなくてコツコツ型の人じゃない」と言いました。

それから十数年後の現在、私は天才に関する講座を教え続けています。
それはつまり、私は「無知の大胆さ」を持っているということでしょう。


私がコンサートピアニストを目指してプロ生活を始めたのは、冷戦時代までさかのぼります。我が家は裕福ではありませんでしたが、両親はなんとか私にグランドピアノを買い与え、実家のあるワシントンDCで最高の先生を見つけることができました。

間もなく、名門イーストマン音楽院に入学し、21歳の時には15,000時間の練習を積み重ねていました。
それに対してモーツァルトは作曲家・演奏家のレベルに到達するのに必要な時間はたったの6,000時間でした。

そして2年も経たないうちに、私はコンサートピアニストとしては一銭も稼げないことがわかったのです。
つまり私には音楽の才能がなかったということです。

音楽に対する特別な記憶力もなく、手と目のコーディネーションもなく、絶対音感もなく、プロの演奏家に必要なものは何一つありませんでした。

だから私は大学教授と音楽史の研究者になるためハーバードに行きました。
最終的には、イェール大学でバッハ、ベートーヴェン、ブラームスの「3つのB」を教える教室の講師として就職しました。

しかし、そこで出会った最も魅力的な作曲家は、モーツァルトでした。
私は20年の歳月をかけて、ベルリン、ザルツブルク、ウィーン、クラクフ、パリ、ニューヨーク、ワシントンの図書館でモーツァルトを探し、彼の自筆譜を研究しました。

モーツァルトは、ほとんど修正することなく、頭の中だけで簡単に音楽の大枠を思いつくことができたのです。

モーツァルトの神聖な手書きの譜面を手にすることは、白い手袋をしていても名誉なことであると同時に、爽快な気分にさせてくれます。

ペンの角度の変化、音符の大きさの変化、インクの色合いの変化などから、モーツァルトの心がどのように働いているのか知ることができます。
まるでモーツァルトの書斎に招かれたかのように、才能に恵まれた天才が創造的なゾーンに入り、音楽が流れ出すのを見ることができます。

私はまた、レオナルド・ダ・ヴィンチの独創的な機械や絵画などの魅力的な作品に魅了されました。

モーツァルトが、音楽を頭の中で聞いて創ることができたとしたら、ダ・ヴィンチは頭の中のスケッチだけで機械がどのように動くべきか、あるいは絵画がどのように見えるべきかを知ることができました。


このような、人間の並外れた業績がどのようにして起こるのかを分析するには、天才ではない人が必要なのかもしれません。
もしあなたが何かに対して素晴らしい才能を持っているのであれば、
なぜ、や、どうやって、と気がつく前に、簡単にそれを実行できています。
そして、質問をしません。

実際、私が会った天才たちは、彼らの創造的なアウトプットに対して夢中になっているように見えました。

このような研究を重ねて「天才コース」はできました。

学生たちは、天才の魔法がどのように行われるか、その答えを求めて私の講座を受講しましたが、最初から予想外のことが起こりました。

イェール大学の学部生の比率は現在、男女比率は50%-50%ですが「天才コース」の受講希望者は毎年、60%-40%で男性が多いです。
イェール大学の女性は男性の学生ほど天才の本質を探求することに興味を持っていないようです。

なぜだろう、と思いました。

女性は、ある人を他の人よりも「特別な人」としてランク付けするような競争的な比較が好きではない?
それとも、伝統的な天才の指標に価値を置くことが少ない?
女性の指導者やロールモデルがいないことも影響しているのでしょうか?
なぜ再び「偉大な(ほとんどが白人の)男性」の、勝利の偉業についての読み物が主になるような講座を受講するのかと考えているのでしょうか?
私がこのコースを企画したのは、女性に対する無意識の偏見と白人文化至上主義の仮定を再び永続させるものだったのでしょうか?

幸いなことに、私は最終的に120人の上限を設定したので、自由に受講する学生を決めるができました。

それによって、女性やマイノリティの学生の割合を確保することができました。目的は人数を埋めることではなく、意見の多様性を高め、堅実な議論を促すためでした。


120人の熱心な学部生たちが「天才コース」の最初のセッションで「答えがない!答えはない!答えなんてない!」と叫んでいました。

学生は、授業を終えた後にポケットに入れて後でテストで使えるような答えを求めますが、私は「天才とは何か」という単純な質問には答えはなく、意見があるだけということを最初に伝えなければいけませんでした。


天才について考察する時、「自然か育成か」という質問は常に議論を巻き起こしていました。

クオンツタイプ(数学や理科を専攻している人)は、天才は生まれつきの才能によるものだと考えている一方、ジョックス(体育会系の人)はすべて努力だと考えていました。

未熟な政治学者の間では、保守派は、天才は神から授かった才能だと考え、リベラル派は、支援される環境によって引き起こされるものだと考えていました。

生徒たちは、もっと具体的なものを望んでいました。
自分がすでに天才かどうか、そして自分の将来がどうなるかを知りたいと思っていました。
ほとんどの学生は、自分も天才になるにはどうしたらいいのかを知りたいと思っていました。

彼らは、私が天才を研究したと聞いて、私が天才への鍵を見つけたのではないかと思ったのです。

「すでに天才だと思っている人、あるいは天才になる能力があると思っている人はいますか?」と聞くと、何人かは手を挙げました。
次に「もしあなたがまだ天才でないなら、天才になりたいと思っていますか?」とたずねると、学生の4分の3が手を挙げました。


天才とは、その独創的な作品や洞察力が、文化や時代を超えて、社会を良い方向にも悪い方向にも何らかの重要な形で変化させた、並外れた精神力を持つ人のことです。

私がこの複雑な言葉を『天才の隠れた習慣』という本を書いて初めて、「天才の方程式」のようなものに単純化できることに気がつきました。
それは以下の通りです。

G=S×N×D

天才(G=Genius)は、
影響や変化の程度の意義(S= Significance)
(例:アレクサンダー・フレミングの救命ペニシリン vs カニエ・ウェストの最新スタイルのYeezyスニーカー)
×
影響を受けた人々の数(N=Number)
(約2億人の命が救われた vs 28万足の靴が売られた)
×
影響の持続時間(D=Duration)です。


何人かの聡明な学生はすぐに「世界を変える能力を持っていても、その意志や機会がないためにそれを発揮しない天才はどうなのでしょうか?」と聞きました。
アインシュタインが無人島に住んでいて、相対性理論を考え出し、もし誰にもアイデアを伝えなかったとしたら彼は天才でしょうか?


方程式「G = S x N x D」は、因果関係と効果を前提としています。

なぜなら、心理学者のMihaly Csikszentmihalyi氏が言ったように、創造性が発生するためには思想家と受容する社会が必要だからです。

キム・カーダシアンは、ソーシャルメディアを活用できる能力があり「ビジネスの天才」かもしれない。
しかし、彼女はインターネットを発明してはいません。

ニューヨーク・タイムズ紙は、スーパーボウルを6回制覇したビル・ベリチック監督を「守備の天才」と呼んでいます。
しかし、フットボールのゲームを発明したのは誰でしょうか?

ヨーヨー・マは、クラシック音楽を見事に演奏したことで「音楽の天才」と呼ばれています。
では、ヨーヨー・マとモーツァルト、どちらが天才なのでしょうか。

ある日本人学生は、母国の「反天才」の格言(「出る杭は打たれる」)を教えてくれました。
アジアの学生は一般的に、西洋の天才に対する強い好奇心を示していましたが、それは彼らにとって「変容する個人」という斬新な概念のためでした。

個人の内在的な天才という概念は18世紀に出現したようです。
その理由の一つに、個人の財産、特に知的財産が生成され、法的な保護を受けることができるようになった西洋の拡大主義的な資本主義の理想が合致していたことが挙げられます。

このように、天才は絶対的なものではなく、時間や場所、文化に依存した人間的な構築物です。

天才は相対的なものです。
したがって、天才はアウトプットの不平等(アインシュタインの例外的な思考やバッハの音楽)を前提として、報酬の不平等(バッハの永遠の名声、ジェフ・ベゾスの富)を生成します。

一方、IQは過大評価されていることがわかりました。
スティーブン・ホーキングは8歳まで読書をしなかったし、
ピカソやベートーベンは基本的な数学ができませんでした。
ジャック・マー、ジョン・レノン、トーマス・エジソン、ウィンストン・チャーチル、ウォルト・ディズニー、チャールズ・ダーウィン、ウィリアム・フォークナー、スティーブ・ジョブズなども同様に、学力的に劣っていました。

そして、長生きしたいのであれば、情熱を持つことです。
天才は情熱的な楽観主義者であり、平均して10年以上一般人より長生きしています。


このような分析を積み重ねていくと、多くの偉大な頭脳を持つ人たちは、それほど偉大な人間ではないこともわかってきました。

講座の最初に何人の人が天才になりたいと思っているかという問いに、4分の3が肯定的な答えだったのを覚えていますか?

最後の授業で私はこう尋ねました。「これだけの天才たちを研究してきて、まだ天才になりたいと思っている人はどのくらいいますか?」

結果は、約4分の1に減っていたのです。
天才達の多くは、強迫観念にとらわれた自己中心的な嫌な人のようで、友達や恋人にしたいと思うような人ではありませんでした。

チャールズ・ディケンズの娘、ケイティはこのように回顧しています。

“私の父は狂人のようだった...。
彼は私たち何が起こっても気にしませんでした。私たちの家の悲惨さと不幸を超えるものはありませんでした。“

もしあなたが天才のために働いているならば、あなたは叱られたり罵られたり、仕事を失うことになるかもしれません。あなたの近くの誰かが天才である場合は、彼または彼女の仕事や情熱が何より優先されることを知るかもしれません。

作家エドモン・ド・ゴンクールの言葉を借りるならば、
彼または彼女が死ぬまで、ほとんど誰も天才のことを愛していません。
しかし、私たちがそうするのは、彼らによって現在の人生がより良いものになっているからなのです。

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天才になりたいと誰しも一度は思ったことがあるのでしょうが
“天才として生きる”ことと
“才能を発揮して生きる”ことの間にはかなりの差があると思います。

意義と、人数と、持続時間をかけ合わせて天才度を図る「G = S x N x D」の方程式が一番素晴らしい所は、「相対的である」部分です。

天才性が差異から起こるのであれば、関係性の中で特異な存在になれる場所を見つければ良いだけの話です。
その差異と、自分の情熱とが合致する所が幸せに生きていける場所だと思います。

私はこれが、ブランディングの本質だと考えているので、どんな人でもブランドになることは可能なのだと信じています。

そのために、自分の感受性を磨いて、余計な目を入れずに、どう感じているのか。今日もその感性に注意深くありたいなと思うのでした。


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あじおか@DearMediaニュースレター発行人
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