春詣讃岐五社巡り 五月編その2 イイ・ヤシロ・チ㊽
予測していなかった、讃岐五社プラス一社巡り。鼓岡神社の御朱印は、城山神社に向かわなければ授かれない、と。「聞いてないよ~」という気持ちは若干起こったけれど、それもまた神計らいということで、と、しおしおと五十路コンビは向かうことにした。
少し離れた駐車場に車を止めて、城山神社の木立の参道を歩く。何やら賑やかそうな声がだんだんと近くなるので、「お祭りなのかしら?遠い駐車場にしてよかったね、最寄りのところは満車だったかもよ。」と気持ちよい緑陰のもと気楽に話しながら歩く。
いよいよ風格ある鳥居をくぐると、歓声は一層盛り上がってきた。境内はお祭りのメインイベント真っ最中の様子だ。到着して手水舎で浄めていると、にこやかな氏子の皆様が口々に挨拶のお声がけを下さる。「お疲れ様でございます」
数多の神社に参拝したけれど、このような和やかさは珍しい。お祭り時は気忙しさとハイな気分が先行して、このような気遣いはなかなかできるものではないから。なんだかほのぼのと嬉しいオプション参拝の予感である。
盛り上がっている先に視線を伸ばすと、なんと、かわいらしい幼児たちの子ども相撲が催行されていた。
男女共に衣服の上から回しをつけて土俵に親御さんと上がっている。本人たちは可愛くキョトンとしているけれど、集う人々の未来へ託す明るい希望が境内に響く歓声と共に天に届くような気がした。
帰宅後に調べてみると、城山神社の境内社、子ども相撲の奉納の雨請天満宮は、菅原道真公の讃岐赴時の偉業と縁ある大切な天満宮だった。
道真公は当時、城山が磐座群のあるパワースポットとご存じだったのだろうか?方角や磐座群のことを知れば、此処で祈れば天に通じて慈雨がもたらされるだろうと、考えられなくはない。プラス参拝は、子どもたちや氏子の方々からよいエネルギーを分けてもらい、気の良い神社にまで喚んでいただけるゴージャスオプションだった。神様ご招待は、コレだから断れないのだ。
感謝を込めて拝殿でご挨拶の参拝を済ませた。立派な社殿のつくりにも感心させられた。何より氏子の崇敬のお気持ちが穏やかな波動となって、集う人の仔たちを優しく包んでいるようだった。
わたくしたちも小さなお相撲さんたちをニコニコと見守りながら、春詣の鼓岡神社の御朱印が書きあがるのを待った。お忙しい時に、丁寧に一枚ずつ仕上げてくださり、大変恐縮である。
さらに満願の印をとお願いすると、「満願の印は國分八幡さんで。」と言われる。二人は「え?」とまたもや顔を見合わせた。そうなのか、満願印は四月に参った國分八幡に在ったのである。(参拝セットをよく読み込めばわかっていただろうが、満願印がシンプルなものなので、五社各所に在るものだと思い込んでいた)
あれまあ、まだご招待イベントは終わっていなかった、と目をぱちくりとさせる二人組。「そうだね、まだ時間あるから行けるね、調整はバッチリだね、わたくしたちの予定も知ったうえでのこのオプション?」もうこうなると、選択の余地はない。満願成就のご報告と完了印を頂戴するために、もう一度、國分八幡に向かうのだ。
まだ社務所が開いている時間に間に合い、無事到着。
本殿背後の磐座群も光り輝きながら力強い波動を発していた。神様、コレを見せたかったのかしらね?などとトボけた軽口もたたきながら、御神気を浴びて、パワーチャージ。
すっかり元気をいただいて、大満足で社務所に向かう。五月の御朱印と満願印を授けて頂くのに、軒下の日陰で待っていると、次にやってこられた二人組の女性が神職さんに質問した。
「ここから一番近い讃岐五社はどこですか?」
それへの答えは、「鼓岡さん、ですが、今日の御朱印受付の時間には間に合いませんね」
やり取りをそれとなく聞いたところ、御朱印を授かれる時間帯は、実はかなりタイトだったようである。ということは、何も知らず、各社の境内などをアチコチ見て回っていたわたくしたちはよくもまあ間に合ったことだ。
そのことに気付かされるのも、また不思議。そちらの二人組さんに、集まった御朱印と満願を示して「楽しいので、是非チャレンジしてくださいね」と心から応援させて頂いた。
わたくしは視えも聴こえもしないけれど、たっぷりと神恩を頂けたと確信できた、春詣。素直な心で巡拝すれば、季節の歓びを体感し、大切な何かを発見できる、佳いこといろいろの讃岐五社巡りである。機会があれは、是非ともご参加を、とお勧めする。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。和風慶雲。