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#ゆる創作 満月侍⑦
西暦一八五四年、日本は黒船の圧力に屈する形で遂に開国を選択した。しかしその選択は同時に、東洋の神秘を求める暗黒陰謀結社や、日本の夜明けを目指す不逞の集団などを励起させるものともなってしまった。
そんな怒涛の時代。江戸北町奉行所は、不逞の集団・髑髏党との攻防を繰り返していた。そのさなか、幕府から亜久馬博士が開発した『ネオ・エレキテル』のお披露目会を警護せよとの厳命が下された。無論従う鬼塚たち。しかし当日。お披露目直前に生じた闇を利用して、髑髏党の実戦部隊・黒色部隊が蠢動を開始。博士と助手、そして会場各所に白刃をきらめかせ、会場を人質に博士を拉致せんとした。しかし絶望の直前、助手がその真の姿を現す。それは誰あろう、月よりの使者その人であった!
***
「貴様は我らに仇なす満月の輩! なぜここに!?」
「天網恢々疎にして漏らさず。博士の助手どのと言葉を交わし、丁重にお代わり頂いたまで」
お披露目会の舞台上。博士を押さえる黒髑髏と、月よりの使者が火花を散らす。使者は他の黒髑髏覆面十名ほどに囲まれ、未だ不利の状態に見える。しかし鬼塚は知っていた。月よりの使者は、この程度の連中には負けはしないと。
「八、行くぞ!」
「へい!」
「動くな!」
「そっちこそこんなところに居ていいのかい?」
故に彼らは動く。制止に掛かる黒髑髏に微笑みかける余裕までもが存在していた。
「なんだと?」
「まあ、アンタは助けに行けねえんだが、な!」
「ぐぅお!」
一瞬舞台の方角を見た黒髑髏の隙を突き、鬼塚はその土手っ腹に拳を叩き込む。斬ってしまっても構わなかったが、民草の前で血を見せるのは差し控えたかった。ついでに言うと、捕縛して情報の足しを得たかった。なにせ、殺しの竜からはほとんど情報を得られていないのだ。ここで少しでも手に入れたい。
「オラァ、囲め!」
「黒い髑髏がなんだってんだ! やっちまえ!」
「江戸っ子なめんな!」
そして使者の登場による流れの転換は、各所にも波及していた。大名の陣所で、後列にいる民の中で、次々と騒ぎが巻き起こる。火事と喧嘩が江戸の華とはよく言われるが、黒髑髏を複数名で袋叩きにするさまはまさに壮観とも言えた。
「これは……」
「人々の力を侮ったようだな」
「う、うるさい。お前たち、壁になれ! そこのエレキテルは破壊しろ!」
うねりは相互に波及する。舞台下の状況に、博士を押さえる黒髑髏の頭領は初めて動揺を見せた。目的達成を第一に切り替え、博士の拉致とエレキテルの破壊を試みる。月よりの使者は一人。自軍は複数。どちらかは為せると頭領は踏んでいた。
「くっ!」
「私よりもエレキテルを……」
「うるさい!」
使者はわずかに戸惑い、そこへ博士の声が飛ぶ。しかし直後には白刃を押し付けられ、黙らされた。その姿に、使者は叫ぶ!
「物は再び作れば良し。されど、人はまた同じものは生まれ得ぬ! ハッ!」
おお、見よ。今こそ放たれるは月歩一足詰め! 一歩か、あるいは二歩か。一瞬かき消えたかと思えば直後、頭領の前へと姿を見せた。立ちはだからんとした壁もほとんど意味をなさず、頭領には使者の二刀が突き付けられた。
「こうなれば致し方ない。動けば博士を殺すぞ」
「殺せるものならな」
博士を挟み、両者の視線が交わる。もっとも頭領は黒色髑髏覆面を装着している。視線など、その覆面の位置から想像する他ないのだが。
「……」
「…………」
いつしか、会場全体の視線が舞台へと集まっていた。よくよく見れば、各所で黒髑髏の面々が捕縛されている。中には、完全にのされてしまった者もいた。人々が、北町奉行所の面々が、大名家の配下たちが。各々の場所で各々の仕事を成し遂げていた。
「殺せるか?」
使者が、歩を進めた。早足ではない。早足ではないが、その一歩には圧力があった。頭領は、博士を引き連れ一歩下がる。残りの者は、遠巻きに対峙を見守るのみ。自身の飛び込みと、使者の踏み込み。その速度差に、躊躇しているのだ。
「くそっ! 退くぞ!」
主観では永遠にも思えた時間の後、遂に頭領が意志を決した。博士を蹴り飛ばして解放し、脱兎を決め込む。同時に、配下の全員がなにかを舞台に叩き付けた。たちまち白煙が舞台を満たし、博士と使者を包み込んだ。
「くっ、待て!」
博士を受け止めた使者は、反応が一手遅れた。それゆえに視界は煙に満たされ、追撃はままならない。加えて。
「追えー!」
「不埒者を逃がすなっ!」
その耳に、人々の声を拾った。彼らは、堰を切ったかのように舞台を目指していた。つまるところ。
「潮時か」
使者は即断する。彼は、追うべき方角とは逆に跳んだ。そこに博士が、声をかける。
「君は、月の者かね?」
「……似たようなものだ」
使者は少しだけ口をつぐみ、そして、少しだけ応じた。
結局鬼塚たちが舞台に立つ頃には、博士とわずかに壊されたエレキテルのみが場に残されていた。
***
武蔵国某所。今は場所を明かすことは許されず、余人には立ち入ることを許されぬ土地に、その集団の根拠地は存在した。そして今。黒色髑髏部隊の頭領が、己の不手際を首領に詫びていた。
「そうか。かの満月の輩は並大抵ではなかったか」
「ハッ。いかなる力によりてか、その身のこなしは只者にあらず」
首領を前に頭領は片膝をついている。しかし首領の姿は彼には見えぬ。白いベールをもって、その姿を隠されているのだ。しかし見よ。影だけはその姿を映している。少なくともそれは、人の形を取っていた。
「……言い訳はそれだけか」
「他にはございませぬ」
「……」
首領の影が、無言のままに首を横へと振った。途端、横あいから次々と髑髏覆面が現れる。頭領はたちまち、彼らに拘束された。だが頭領は、首領の影をまっすぐに見た。
「偉大なる首領。私は」
「……よかろう」
影が、右腕を上げる。すると拘束は容易く解かれた。直後、頭領が立っていた床が、二つに割れた。元より、そういう仕掛けになっていた。
「さらば」
一言残して、頭領が垂直に堕ちる。行く先は処刑用の大水槽。組織の用意した、必殺の人食いザメが棲んでいるのだ。一瞬だけ叫びが部屋に響いたが、それもすぐに遠のいてく。
「……次は、白銀部隊だな。かの面々なら。そして、我らの顔見せも近いぞ。殲滅斎、狂気丸……」
次策を組み立てる首領の声が、根拠地の広間にブツブツと響いていた。
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