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魚を釣る魚の「釣り竿」が、驚くほど変だった

あけましておめでとうございます。本年も、名大のおもしろい研究をお届けしていきます。よろしくお願いいたします。

新年第一号は、ものすごく変わった魚の話題です。噂を聞きつけ、生命農学研究科の研究棟にやって来ました。

こちらがその魚。「カエルアンコウ」というそうです。

旗のようなものをヒラヒラさせて、何をやっているのでしょうか。(研究室提供)

「それはね、釣りをしているんですよ。」

釣り…?魚が…?
戸惑う私の反応にちょっぴり満足そうな表情を浮かべるのは、変わった魚を見つけるととにかく「気になってしまう!」という山本直之やまもとなおゆきさん(生命農学研究科 教授)。

山本直之やまもとなおゆきさん(生命農学研究科 教授)

山本さんたち研究グループは、カエルアンコウの「釣り行動」を10年以上かけて研究し、これまで誰も知らなかった驚きの生態を明らかにしました。

「これが実験に使ったカエルアンコウね。」

実験に使うカエルアンコウのサイズ感。大きくなっても大人のこぶし一つ分くらいだそう。

「釣り竿はこれね。」

釣り竿は長さ3cm程度。写真の左側が付け根側。

「釣り竿の先にゴカイみたいなのがついているでしょう。『エスカ』と呼ぶんだけど、これを”エサ”に小魚なんかの獲物をおびき寄せるんですよ。」

先ほどの映像でヒラヒラさせていたのは、”エサ”だったのですね…!さすがに「釣り針」は持っていないそうですが、”エサ”に近づいてきた小魚をパクリとやる、というわけです。ゴカイといえば、本来の釣りでもエサとして使われますが、カエルアンコウの”ゴカイ”は皮弁ひべん(皮膚の突起やひだ)が変化した組織です。

「それから釣り竿の部分は『イリシウム』(誘引突起)といって、背鰭せびれが進化したものなんです。おもしろいよねぇ。」

カエルアンコウには背鰭せびれが4つあります。そのうち第一背鰭せびれが釣り竿です。

ただ、カエルアンコウの釣り行動のメカニズムについては、これまでほとんどわかっていなかったそうです。

「釣り行動の神経系がどうなっているか知りたくて、神経トレーサーを使って、釣り竿を動かす運動ニューロンを調べました。」

神経トレーサーは神経をたどる“目印”として使えます。筋肉にトレーサー物質を注入すると、筋肉を動かすために入って来ている運動ニューロン(神経細胞)の軸索じくさく(情報を伝える細長い突起)に沿って移動し、最終的に神経細胞の本体(細胞体)まで届きます。トレーサー物質に色をつける反応を行うと、トレーサーを投与した筋肉の運動ニューロンがどこにあって、どのような形をしているのか見えるようになります。

「ある程度予想はしてたんだけど、やっぱり変でしたね。運動ニューロンが普通じゃない場所にありました。」

運動ニューロンは、魚の背中側にある脊椎せきつい(背骨)の中を通る脊髄せきずいにあり、脊髄せきずい中心部から離れたお腹側(腹角ふくかく)に位置しています。通常、背鰭せびれを動かす運動ニューロンは腹角ふくかくの中でも、特に腹側のやや外側寄りにあります。でもカエルアンコウの釣り竿を動かす運動ニューロンは、背中側に大きくずれた位置にありました。このような配置の違いは、第1背鰭せびれが釣りという機能に特化したのに対応して、進化の過程で運動ニューロンの配置が変化した注目すべき例だそうです。

詳しくは、名古屋大学研究成果発信サイトに紹介されています↓

「そもそも僕らの手足の運動ニューロンも、魚のひれの運動ニューロンと同じような場所にあるんです。これまで魚のひれの運動ニューロンを調べた研究は少ないんだけど、その分布パターンには手足と共通した一定の原則があるみたいですね。」

そんな中、役割が特殊化したニューロンが全然違う場所にあることをはっきり示したのが今回の成果。ニューロンの配置が行動にどう影響するかを理解する上で重要な発見、と山本さんは話します。魚類からほ乳類まで、脊椎せきつい動物全体の進化の理解にも新たな視点を提供できるのではないかとのこと。

「釣り竿を動かすニューロン」というユニークなトピックを通じて、自然界のしくみの奥深さを改めて感じさせてくれる研究でした。山本さんのように「気になる!」を追求する研究者の発見が、進化や生命の大きな謎を解き明かす鍵となっていくのですね。

インタビュー・文:丸山恵(名古屋大学URA)


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