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遺伝子ビッグデータが明かす、赤くなるのに飲める人の不思議

お酒を飲むと赤くなる人は、食道がんのリスクが高い──。

以前から言われていた飲酒に関わる遺伝要因や病気のリスクについて、今年1月、日本の研究グループ(愛知県がんセンター主導)から新たな研究成果が発表されました。

身近なテーマで、国内のニュースサイトでも話題になりましたが、

「お酒に弱い体質の方がほとんどいない欧米諸国からも、結構注目されたんですよ」

データサイエンティストとしてこの研究に参加した中杤昌弘なかとちまさひろさん(医学系研究科 准教授)は話します。

中杤昌弘なかとちまさひろさん(医学系研究科 准教授)

いくつもの遺伝要因の組み合わせが飲酒量に影響するという成果。ポイントは、日本人17万人の遺伝子データを解析したところにありそうです。特大規模の解析から見えてきたのは…? 中杤さんに、お話を訊きました。

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── お酒のテーマ、飲む習慣がある方には特に気になる話題ですね。

そうですね。お酒を飲んだ時の反応って人それぞれですよね。全く顔色を変えない方もいれば、赤くなる方もいるし、体がお酒を全然受け付けない方もいます。

お酒を飲んだ時の反応で、3つのタイプに分けることができる。

── 赤くなるのに飲める人の謎に迫ったということですが…。

飲むと赤くなる方の中に、結構な量を飲める方がいますよね。これは不思議なことなんです。お酒が体に入ると「アセトアルデヒド」という毒性のある物質になります。お酒に強い人はこれを無毒化できますが、赤くなる人はその働きが弱い。本来は飲みたくなくなるはずです。でも飲めてしまうのはなぜか、という謎ですね。

── これまでの研究ではどこまでわかっていたのですか?

アセトアルデヒドを無毒化するのは、アセトアルデヒド分解酵素(ALDH2)という酵素です。この酵素の遺伝子のほんの少しの違い(遺伝子多型)が、「強い人、弱い人、全く飲めない人」の違いを生んでいるのは以前からよく知られています。

でも、飲めないはずなのに飲める人がいるのは、ALDH2以外の遺伝要因があるんじゃないか、それらの組み合わせが影響しているんじゃないかと言われてきました。実際、アルコール分解酵素(ADH1B)*の遺伝子多型との組み合わせが影響するという報告もあります。

*ADH1B:お酒(エタノール)をアセトアルデヒドに変換する酵素

遺伝子多型とは
100人に1人以上が持っている遺伝情報の違い(それ以下の頻度のものは”遺伝子変異”という)。遺伝子多型の中でも、DNAの塩基配列上の塩基1つが別の塩基に置き換わった一塩基多型いちえんきたけいSNPスニップ)は、体質や病気への罹りやすさとの関連が盛んに研究されている。SNPは、rs番号で識別される。例えば前述のお酒に強いか弱いかを決めるALDH2のSNPはは「rs671」。

── それで、まだわかっていない遺伝要因を探したのが今回の研究ということですね。

ゲノムワイド関連解析という解析手法を使いました。特定の遺伝子にターゲットを置くのではなく、全ゲノム情報の中から、飲酒量に関連する遺伝子のSNPを網羅的に探していくものです。

── 日本人17万人の遺伝子情報を解析したということですが、そんなに多くの遺伝子データが存在するんですね!

「日本分子疫学コンソーシアム(J-CGE)」という、国内の大規模なコホート研究で集めたデータを連携して研究を行なう取組みがあります。本研究は、愛知県がんセンターの松尾恵太郎先生がJ-CGEで提案されたテーマです。

J-CGEに含まれる4つの疫学研究
1. 多目的コホート研究(JPHC Study)
2. 愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)
3. 日本他施設共同コーホート研究(J-MICC Study)
4. 東北メディカル・メガバンク計画(TMM)

その他にも、ながはまコホート(滋賀県長浜市の地域住民を対象としたゲノムコホート)とバイオバング・ジャパン(日本最大規模の生体試料のバンキングプロジェクト)の協力を得て、17万という数を実現できました。

── 数千とか数万でも十分大きなサンプル数に思えますが、足りませんか?

17万人だったからこそ出せた結果じゃないかと思います。この研究では、お酒に「強い人」と「弱い人」に着目し、飲酒量に関連するSNPの組み合わせを細かく見ていきました。「あるSNPの組み合わせが飲酒量に影響するか」は、そのSNPの組み合わせを持つ人が一定数以上いないと解析できません。1万人分のデータだったら、今回の結論は出せなかったと思います。

プレスリリース内の図を一部編集

── お酒に弱い体質はアジア人にしかいないのに、欧米からも注目されたポイントはどこにありますか?

今回見つけたSNPの組み合わせの中には、食道がんに影響するものもありました。こういったSNPの組み合わせと病気リスクの関連は、データ解析の難しさもあって、まだあまり報告例がないんですよ。その意味で、SNPの組み合わせを評価することの重要性を示せたのかなと思います。飲酒との関連が既に知られたALDH2遺伝子のSNPをキーにした解析手法もポイントです。膨大なSNPの組み合わせからノーヒントで探そうとすると、データ量が膨大になってしまうので。

── 自分がどのSNPの組み合わせを持つか知りたいです。最近、SNP検査を行なう会社もあるみたいですが…。

そうですね。やはりよく知られるSNPほど検査サービスがありますが、SNPの組み合わせはまだあまり着目されていないのではないかと思います。今回の結果を踏まえて、ALDH2のSNPとの組み合わせは評価した方がいいぞ、ということになるかもしれません。

── 例えば本当に検査をして、自分のタイプがわかったところで、健康づくりや病気予防にはどう活用できるのでしょうか?

近年ゲノムワイド関連解析の分野が発展してきたことで、ゲノム情報から病気の発症リスクをスコア化できるようになってきています。スコアの高い人は早めに検査を受けるとか、早めに治療を開始するといった個別化医療が少しずつ実現しているんですね。今は、項目別にスコアを足していくような考え方ですが、今回の結果を踏まえると、単純な足し算ではなく、組み合わせを評価できるようなスコアにシフトしていく必要があるかもしれません。より高精度なリスク予測が期待できるのではないでしょうか。

── 疫学研究の貴重なデータを、中杤さんのようなデータサイエンティストが解析することで、新しい知見が生まれ、健康対策につながる可能性もあるのですね。

私の仕事は、疫学研究者の方々が血と汗と涙を流して集めたデータがあってこそ成り立つものです。私は工学出身ですが、バイオインフォマティクスに携わっていて遺伝情報の知識があったので、今回の解析を行なうことができました。これからの時代、どんな分野にも課題解決の手段としてデータサイエンスが有用になってくると思いますね。

中杤さんの授業を受けたい!みなさんへ
「名大では全学部生がデータサイエンスの授業を受けますが、私が所属する保健学科では、プラスαのデータサイエンスカリキュラムを作り、より高度な知識やスキルを身につけられる授業を行なっています。保健学科は、看護師、放射線技師、検査技師、理学療法士、作業療法士など医療現場で活躍する人材を育てる学科です。現場に立つ人たちは課題に直面する機会も多いはずです。保健学科にある私たち実社会情報健康医療学研究室では、課題を見つけ、データ解析を駆使し、自分自身で解決できる人材育成を目指しています。」

── 飲酒の最新研究のポイントから、課題解決手段としてのデータサイエンスの重要性まで教えていただきました。中杤さん、ありがとうございました。

インタビュー・文:丸山恵

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