ちょっぴり数奇(すき)で乙(オツ)な研究の眺め方
今年も日本の研究者がイグ・ノーベル賞を受賞しました。ドジョウの生態からヒントを得て「動物のお尻には呼吸する能力がある」ことを発見したそうです。
さて、9月7日に開催した第108回名大カフェのゲストは、デンキウナギを初めユニークな魚類研究で知られる飯田敦夫さん(名古屋大学大学院 生命農学研究科 助教)です。『報道』と『論文』との違いを感じながら、人を笑わせつつ考えさせる過去のイグ・ノーベル賞の研究を眺めてみたいと思います。
「数寄」で「乙」な研究者
飯田さんは、「へうげもの」(作者 山田芳裕、織田信長に仕えた古田織部を主人公にした戦国時代の歴史漫画作品、講談社)からヒントを得て、今回のイベントタイトルを決めたそうです。古田織部は、数奇な芸術や風流・風雅を感じさせる作風でその名を残しています。当時の世の中が武士に求めていた王道の”甲”ではなく、「乙」というちょっとひねくれた視点を持って「数寄」を究める部分が、イグ・ノーベル賞の研究に重なっているのかもしれません。さて、現在の研究者の「好き」はどのように世の中に発信されるのでしょう。
デンキウナギの「報道」と「論文」
飯田:僕は魚の研究をしていて、僕ら研究者が研究の結果を世の中に発表するときには「論文」を書きます。しかし、皆さんが普通に生活している中で論文を読むことはほとんど無いと思います。日常生活で触れるニュースや新聞などの「報道」をきっかけにして研究成果に触れるのだと思います。
研究の報道は、論文が発表された後に、その論文を要約した日本語プレスリリースを出し、プレスリリースを見て興味を持った記者が、自社メディアで報道するのが常です。報道と論文とは何が一緒で何が違うのかについて、研究者の視点から伺いました。
飯田:新聞「報道」の科学記事の場合は、タイトルを入れても数百字で、10分かからずに読める分量で紹介されています。ニュース番組だと、全国ニュースになるのは稀で、地方のニュースで2、3分軽く紹介されればよいかな、というくらいですね。学術「論文」の場合、体裁が決まっています。作法に則って研究を客観的に記述していくので、文字にすると数万文字になり、多くは英語で書かれています。内容をしっかり理解するためには、専門家でも数時間かかると思います。
報道の場合、まず読者に興味を持ってもらい、記事を読んでもらうために、扇動的な見出しが必要になる場合もあります。時には言葉が足りなくて誤解を招くような表現もあるようです。
飯田:例えば、日経新聞さんの見出しでは、遺伝子組換え生物に影響”か”、と書いてあります。僕としては、影響する可能性はあるけれど野生の動物では検証できないので、影響している、と断言することはできないんです。ですから、目に留まる見出しに「か」の一文字をつけていただいたことが、すごく大きな意味を持っています。
研究成果を最も詳しく正確な一次情報として発表する論文と、それを読者に伝わるようにわかりやすく嚙み砕いた報道。それぞれ一長一短があります。表現の特徴を理解することで、研究者と記者とのコミュニケーションが進み、研究がより正しく世の中に伝わるのではないでしょうか。
「ワニにヘリウムを吸わせて」イグ・ノーベル賞
飯田:研究の論文を見るという意味でいいモデルになるのがイグ・ノーベル賞の研究です。僕もチャンスがあったら目指したいなと思っているんですが。
飯田:2020年の報道では、「ワニにヘリウムを吸わせた」ことで受賞したように書かれていますが、論文を掘り起こしてみるとそんな単純な話ではなく、ワニの声を録音して分析してと、科学的に非常に深くて面白いんです。ヘリウムを吸わせた結果、ワニにもフォルマント共鳴があったことがわかった、というのが凄いんです。
飯田:どんな人が研究しているんだろうと思って、著者のことも調べてみたら、写真がありました。論文のお作法として、最初は実験した人、最後はボスです。
飯田:フグの研究者が大好きなフグのアイテムを背景に並べている取材映像が有名ですが、ステファン・レバーさんも同じタイプのようで、彼のホームページの写真を見ると、ワニの写真に骨のオブジェに恐竜の爪とネックレスです。多分、本当は恐竜の研究がしたい爬虫類大好きな人で、「数寄」と「乙」で研究しているんだなと思うと親近感が湧いてきます。
ではここから、音響学賞を受賞した論文を読み解いてみましょう。
ワニが出す音は、音なのか?声なのか?
飯田:最初はフォルマント周波数について研究していたようで、爬虫類が「声」をつくれるかどうかを知りたかったのでしょう。人は、声帯から出す音の大きさや高さを調整することで、いろいろな波形を出しています。共鳴した波形をフォルマント周波数といいます。鼻腔や口腔で共鳴させることで、音を声にしているんです。だから声は共鳴で、音は単純に音。カエルのビビビという鳴き声は、音です。
飯田:これまでわかっていることとしては、哺乳類はおしゃべりができます。人は会話をしますし、動物も色々な鳴き声を使い分けて声を出せます。鳥類もホーホケキョとか歌を歌うくらい出せますよね。両生類とか魚類は、音は出しています。では、爬虫類が出しているのは音なのか声なのか、どうやら誰も調べていなかったようなのです。
飯田:恐竜の子孫が鳥という話を聞いたことがありませんか?今生きている生き物の中で、ワニというのは恐竜が直接の先祖になる古いタイプの爬虫類であり、カメとかヘビとかトカゲというのは新しい爬虫類で恐竜と結び付きが弱い。どうやら、鳥とかワニを調べることで恐竜がどうだったかということがわかると言われているようなので、ステファンさんの「数寄」が裏に透けて見えますね。
飯田:実験は、水責めのような装置でワニにヘリウムを吸わせ、マイクを立てて、音声を拾って、録音します。ワニの具合が悪くなって声が高くなるようなリスクを排除するために、具合が悪くなっていないことを示すデータもあります。論文では、そうした音響解析や分析の結果、ヘリウムを吸うことで声の大きさは変わらないけれど、周波数は高くなると結論付けています。ワニは鼻腔が長く、その空間で声帯からの音を共鳴させて声にして、けんかするときの声と繁殖期の異性を誘うときの声は使い分けている、ということを示しています。
「数寄」がもたらす驚きの考察
飯田:最初は、爬虫類が声を出せるのかフォルマント周波数が出せるのか、という、今までわからなかったことについて同じ爬虫類のトカゲや亀のことがつらつらと書かれています。が、唐突にランべオサウルスという恐竜が出てきます。最後は、恐竜の理解を深めるのによい研究になったと彼らは書いていて、僕は、ステファンさんの恐竜への興味がでている面白いサイエンスのつながりだなと思っています。
飯田:論文を隅から隅まで読んでいくと、その研究に携わった人々のストーリーが全部見えてきます。そういったものを読んでもらうと、やはりサイエンスに対する解像度が上がってくるし、何か世の中の情報の真偽を判断する基準になっておもしろいんじゃないかなと考えています。
飯田:ただ、論文が全て正しいというわけでもないです。あるとき気がついたら撤回されているということもありますし、研究者でも間違えるし、絶対ではない。そこもちょっと頭の中に入れておいてもらえるといいかなと思います。これを機に新聞を読んで気になるものがあったら、一次情報にはどういうものがあるんだろうと、ちょっと頭の中でイメージするだけでも、少し世の中の見え方が変わってくると思います。
参加者からは、英語論文の効率的な翻訳の仕方から、安全保障に関する報道についてまで、多岐にわたる質問がありました。一つ一つ、ユーモアを交えながら丁寧に答える飯田さんの対応に、食べることを忘れ話に聞き惚れる時間を過ごしました。
今回、会場使用を快くOKしてくださったボクモのオーナーさんも、ソムリエブログでイベントの感想を寄せてくれました。
次回の名大カフェもお楽しみにどうぞ!
本文中の画像は飯田さんのスライドから引用しました
取材:森真由美(株式会社MD.illus―アウトリーチ活動を支援しています)