「眼トキソプラズマ症」って聞いたことなくても、他人事ではない…!?
トキソプラズマという寄生虫が体内に入ることで感染する「トキソプラズマ症」。実は、日本の成人の20〜30%が感染しているといわれています。
「トキソプラズマ症自体は、眼科で診療していると結構遭遇します。ほとんどの方が気づいていないですね。」
そう話すのは、名大附属病院で眼科医を務める山田和久さん(医学研究科 大学院生)。トキソプラズマ症の症状が目に現れる「眼トキソプラズマ症」を研究しています。
医療体制が整った日本では、眼トキソプラズマ症が重症化することは多くありません。でも南米を中心に、世界全体で1/3以上の人がトキソプラズマに感染していると言われています。眼トキソプラズマ症を発症した人の4人に1人は失明しているとの統計もある、深刻な病気です。
感染で視力を失う人を減らしたい──。眼トキソプラズマ症と「鉄」の関連を見出した研究をきっかけに、医療途上国でも行える診断や治療の可能性を模索する山田さんにお話を聞きました。
── 眼トキソプラズマ症はどんな病気ですか?
トキソプラズマに感染されている方はそれなりにいらっしゃるんですが、症状が出る方は限られていますね。ぶどう膜炎といって、茶目(虹彩)が炎症を起こします。でも、痛みも痒みもないんです。徐々に見えにくくなります。
── 医療途上国で重症化するケースが多いのはなぜですか?
ぶどう膜炎の所見や、血液検査の結果などから眼トキソプラズマ症が疑われる場合、PCR検査を行います。前房水や硝子体液という眼球内部を満たす液体から、トキソプラズマのDNAが検出されるかどうかを調べるんです。でも、医療資源が限られた地域では、このPCR検査がネックになっています。診断や治療の遅れにつながっているという報告もあります。
── この病気に「鉄」が関係していたということですが…
人の体にはミネラル成分として鉄があるのですが、眼トキソプラズマ症の方は、硝子体液の鉄の濃度が低かったんです。おそらく、体の防御反応として、網膜の細胞が鉄を取り込んでいるからじゃないかと考えています。というのは、寄生虫や細菌は増殖するために鉄を使うんですが、人の体はそれを阻止するために、先に自分の細胞に鉄を取り込んでしまおうとします。ただ、この働きが過剰になると、今度は自分の細胞の中で鉄が原因の反応が起きて、細胞自体が死んでしまいます。これは「フェロトーシス」という最近新しく報告された概念なんですが、このフェロトーシスが起きているんじゃないかと仮説を立てています。
── 鉄との関連が、世界の眼トキソプラズマ症事情にどう貢献し得ますか?
まず、診断方法の開発です。鉄の濃度を基準に診断できれば、全世界で診断率の向上に繋がってくると考えています。鉄の濃度は、一般的な医療施設でも測れるので、PCR装置を導入できない施設でも簡便に検査できるんじゃないかと考えています。
そして、鉄キレート剤を使った治療です。鉄キレート剤は、体にたまった鉄を排出してくれる薬です。眼トキソプラズマ症のマウスの実験で、網膜に蓄積した鉄をキレート剤で排出すると、病気が改善しました。一般的にはアセチルスピラマイシンなどの抗生剤を内服することが多いんですけど、この薬が有効でない患者さんに対して違ったアプローチができますよね。鉄キレート剤は、管理もそれほど大変ではないので、医療途上国でも使いやすいと思います。
── 世界では深刻な問題になっていて、日本でも感染している人が多い…でも眼トキソプラズマ症ってあまり知られていないように思います…。
研究の内容も少しわかりにくいかもしれませんが、眼トキソプラズマ症っていう病気があって、鉄が関係しているよ、ということだけでも知っていただけたらと思います。最近名大附属病院には、ぶどう膜炎の専門外来が新設されたので、トキソプラズマ症に感染された方を診察する機会も増えていくと思います。そういった中で、新たな発見や診断・治療法の確立につなげていきたいですね。
インタビュー・文:丸山恵
◯関連リンク
論文(2023/9/21 「Redox Biology」に掲載)
プレスリリース(2023/10/4 )「眼トキソプラズマ症の病態に鉄を伴う細胞死であるフェロトーシスが関与していることを発見 〜眼トキソプラズマ症の新規診断方法と治療法の確立へ〜」
眼科学・感覚器障害制御教室(名古屋大学 医学部医学科/大学院医学系研究科)
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