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現場ニーズが生んだ「感染症マネジメント支援システム」、もうすぐ始動!

「感染症」は治療の敵。

術後感染や院内感染は、患者さんや医療費に大きな負担をもたらします。ただ、全ての医師が感染症の専門知識を持つわけではなく、感染症専門医もごくわずか。コロナに限らず、病院での感染症問題は深刻です。

そんな感染症対応に翻弄する医療現場のニーズを掘り起こし、生まれたのが「感染症マネジメント支援システム」。患者さんが治療に伴う感染症を起こしてしまったとき、主治医が感染症専門医にアドバイスをもらえるシステムです。5年に及ぶ開発期間を経て、もうすぐリリースの段階に来ています。

名古屋大学、岐阜大学、島津製作所の産学共同研究で実現した本システムの開発背景から将来性まで、名大メンバーに聞きました。

「感染症マネジメント支援システム」プロジェクトの名大メンバー
左から井口 光孝いぐちみつたかさん、八木 哲也やぎてつやさん、大山 慎太郎おおやましんたろうさん、深井 昌克ふかいまさかつさん

感染したら「負け」

── 大山さんは整形外科がご専門ですが、現場で感染症ってそんなに困ることなのですか?

大山:整形外科では、怪我の傷口からの感染や、インプラントを入れるような手術での感染が一定数あります。1週間で退院できるはずが3ヶ月に延びてしまうこともあるし、最悪の場合、命に危険が及ぶこともあります。だから感染したら負けなんです。

大山 慎太郎おおやましんたろうさん
医学系研究科/未来社会創造機構 予防早期医療創成センター 准教授
整形外科医。装着した人の意思で動かせる義手開発を志しITやAIを学ぶ。
本システム開発では、島津製作所の技術者と大学研究者をつなぐトランスレーター役。

大山:でも感染症のマネジメントって、整形外科医にとっては本筋ではないんですよ。何の菌が原因なのか、詳しいことはわかりません。薬の処方も自信をもってできるとは限らないんです。ところが、感染症専門の井口先生に相談できるようになって、状況が劇的に改善しました。「適切な判断ができる人がいる」のは強いです。

井口:薬の判断だけでなく、背中を押す存在が必要なんです。「それでいいですよ」って。

井口 光孝いぐちみつたかさん
医学系研究科/医学部附属病院 中央感染制御部 助教
感染症専門医。本プロジェクトでは、システムに入力する情報整理を担当。
過去の事例情報の多さでは、メンバー全員からのお墨付き。

深刻な人手不足、情報技術でサポート

── 井口さんのような感染症専門医がいる病院はどのくらいあるのですか?

井口:日常的に手術ができる医療施設は全国に8000くらいあるんですが、日本の感染症専門医は今1700人程度です。そもそも足りていませんし、やはり名大のような教育機関に偏る傾向がありますね。

──  なるほど。そのような背景があり、「感染症マネジメント支援システム」で、感染症専門医の人手不足をサポートしようということですね。

開発した「感染症マネジメント支援システム」の入力画面
症状や検査値、既往歴など、患者の情報を入力すると、システムから参考となる診療ガイドライン等の情報が得られる。それでも解決しない場合は、システムからの質問に答えるだけで相談案件が作成でき、登録している感染症専門医に相談できる。(出典:島津製作所ニュースリリース

八木:大山先生のような外科の先生も、感染症のリスクを知って、すごくしっかりとマネージメントされているんです。でも、毎日次々と新しい患者さんを手術して、さらに感染症対策って本当に大変なんです。それを感染症対応に特化した考え方でサポートするシステムですね。

八木 哲也やぎてつやさん
医学系研究科 臨床感染統御学 教授
本プロジェクトの研究代表。感染症関連の学会で理事や委員を務めてきた感染症専門医。

八木:つい先日、環境感染学会という学会でこのシステムを紹介しました。参加者は医師だけでなく、薬剤師や看護師、検査技師など多種に及びましたが、とても好評でしたね。みなさん感染症専門医が足りていないことを危惧しているんです。

── 感染症専門医がいない病院では相談できる人がいないということですか?

八木:感染症専門医は自分が働く病院以外からの相談に対応しています。私も、電話やメールで他の病院の方から相談されたりしていますよ。でもメールは一方的だし、電話だとすぐに的確な答えを出せなかったり、仕事中でタイミングが悪いということもありますよね。

大山:感染症専門の先生に相談すると、既往歴とか自分が予想しなかったようなことを聞かれるんですよ。重要な判断材料になるようですが、自分たち整形外科医にはピンとこないんです。その点、今回開発したシステムは、判断に必要な情報を入力するようになっているし、システムが判断をアシストしてくれます。専門医の先生がこれはどうなの、あれはどうなの、って僕たちに逐一確認しなくていいんです。

「感染症マネジメント支援システム」のコンセプト
(出典:名古屋大学プレスリリース

── そんなに賢いシステムをどのように構築したのですか?

井口:僕はこういったシステム開発に詳しいわけではないんですが、過去の感染症の事例をカルテに記載しているんですね。そこで、今回約2000例のカルテを使い、記載内容を機械に読み込ませやすい形にするプロセスを担当しました。頭痛「ある・なし」、腹痛「ある・なし」のように。

大山:人間が書いたものを「あり・なし」のように構造化するのは、人間しかできないんです。同じ症状でも、+や−の記号を使ったり、英語で書く医師もいます。

井口:しかも感染症とひとくちに言っても、肺炎の場合と尿の感染症の場合とでは着目すべき項目が違うんです。作業スタッフの方々には、合計で200項目くらいを1例ずつ入力してもらいました。

テックプッシュはNG

── 今回の共同研究は、「ニーズ探索型」が一つのキーワードになっていますね。

深井:そうですね。スタンフォード大学発祥の「バイオデザイン」の考え方に基づいた共同研究なんです。

深井 昌克ふかいまさかつさん
学術研究・産学官連携推進本部 特任教授/メディカルイノベーション推進室 室長補佐
プロジェクトの始まりは、深井さん主催の週1回のバイオデザイン勉強会。
銀行や精密機器メーカーでの勤務経験を活かし、今回の産学連携をコーディネートした。

深井:大学の技術開発は、テックプッシュが多いんです。そうではなく、どんなニーズがあるかを探して、それを解決するためにどんな技術を使うのかを考え、ビジネスモデルをつくる。それがバイオデザインです。

大山:最初、島津製作所さんの技術を医療現場でどう活かせるかという視点で、現場のニーズの調査研究から入りました。そうしたら感染症マネジメント支援システムの元となったニーズの他にも、痛みモニターや簡易的な乳がんスクリーニングなど、250くらいのニーズが上がってきたんです。

深井:そこから議論を重ねて、実現性があり医療経済へのインパクトも高い感染症マネジメント支援システムの開発を進めることになりました。

八木:感染症対応による病院の損失は莫大です。これからもっともっと感染症専門医を育てていかなくちゃいけない。このシステムが、感染症専門医の教育や人材育成にも貢献し、いずれはこのようなシステムがなくても感染症対応が行き届くようになればと願っています。

── 本プロジェクトを好例に、今後ニーズ探索型の技術開発が盛んになっていくことを期待しています。忙しい業務の中、ありがとうございました。

(インタビュー・文:丸山恵)

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