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77. フグ毒って匂いがあるの?フグと毒の関係に、意外な発見

こんにちは。理学研究科修士2年、成瀬美玖なるせみくです。

フグは毒を持っているという危ないイメージもありますが、私たち日本人にとって馴染み深い魚ではないでしょうか。今回は、そんなフグが持つフグ毒とよく似た物質の「匂い」に関する新発見を紹介します。

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フグとフグ毒

フグが猛毒を持っているということはよく知られていますね。多くのフグはテトロドトキシンと呼ばれる、猛毒を持っています。このテトロドトキシン(tetrodotoxin, TTX)はフグが身を守るための役割だけでなく、フェロモンとしても働くことが明らかになっています。実際にフグの卵巣に含まれるテトロドトキシンの量は繁殖時期になると増大することや、繁殖期のオスのフグが誘引されることが、これまで研究されてきました。

実は、テトロドトキシンは名古屋大学と縁が深く、1960年代に名古屋大学の岸義人きしよしと特別教授らによって構造が決定されました。

フグはフグ毒の匂いを嗅げるのか?

今回ご紹介するのは、フグがテトロドトキシンを「匂い」として感知するのかということを確かめた名古屋大学の研究グループの成果です。実験では、フグはテトロドトキシンには応答しないものの、分子構造のよく似た5,6,11-トリデオキシTTX(TDT)と呼ばれる化合物に対して応答することがわかりました。さらにフグがTDTに誘引されるかを調べてみると、フグが誘引される様子が確認されました。また、TDTの匂いを識別する嗅覚細胞を発見することができました。

これらの結果から研究グループは、フグはテトロドトキシンではなくTDTの匂いに惹きつけられるということを明らかにしました。

TXTではなく、TDTの匂いに惹きつけられるのですね…

無毒なフグ毒!?

このTDTと呼ばれるものは何でしょうか?

左:テトロドトキシン(TTX)| 右:5,6,11-トリデオキシTTX(TDT)

テトロドトキシンとよく似た分子構造で、フグなどのテトロドトキシンを持つ生物に大量に蓄えられているほとんど無毒な化合物です。ほとんど無毒であるTDTがなぜ体内に蓄積されているのか、これまで謎に包まれてきました。今回の研究で、TDTがフグに及ぼす影響について明らかにすることができました。

研究を行なった阿部秀樹あべひでき准教授らは、実はこれまでにもさまざまな種類のフグでこのTDTによる誘引行動があることを明らかにしてきています。しかし、なぜTDTに誘引されるようになったのかなど、わからないことがまだまだたくさんあります。この研究を発端に、フグと毒の関係の解明がさらに進むことに期待したいです。

阿部准教授に聞きました!

── なぜ、フグがTDTに誘引されるようになったとお考えですか?

正直、現時点ではわかりません。そもそも、フグがTTXやTDTを体内に持っていても平気でいるには、次の両方が必要です。

  1. TTXによって神経細胞や筋肉が活動電位を出す仕組みが阻害されないこと(=これらの細胞で活動電位を出すのに関わっているイオンチャネルにTTXと結合する能力がないこと)

  2. 1のしくみがあってもTTXが大量に体内にあれば毒になり得るため、体内で大量のTTXを毒としての作用部位を覆って保管しておくためのしくみ

それらのしくみが進化によってフグ毒をもつ生き物に備わる過程で、TTXと同時に存在するTDTを匂いとして検出することが出来る仕組みを獲得したと思われます。

── TDTが猛毒のテトロドトキシンの類縁体とのことですが、何か理由がありますか?

TTXはフグの体内で合成されるのでは無く、バクテリアなどの他の生物の体の中で合成されると考えられていますが、それらの生物の中での生合成経路も、実はまだ明らかになっていません。ただ現在推定されている海産生物におけるTTXの生合成経路としてはTDTは最終的にTTXになるまえの数段階前の物質と考えられています。 そのためTTXを蓄積したい生物にとっては「TTXの材料を持っている生物のにおい」に相当します。

── 阿部先生のご研究の魅力、醍醐味を教えてください!

私は、本来は、生殖行動に関わる脳のはたらきを魚を使って研究するのが本業です。この研究を大学院生の人達と始めたのは、元々は「フグの鼻がTTXを匂い物質として感知しているのか生理学的に測ってみてくれませんか?」という依頼を”安請け合い”したことでした。それが最初の依頼が上手くいかないことから「先行研究と我々が行っていることの何が違うんだろう?」と頭から湯気を出して悩み、「悩んだけどよくわからんから,先行研究でTTXを投与していたときに入っていたであろう”夾雑物きょうざつぶつ”を与えてみよう。」と思いついて今回の結果を見いだしました。そのような上手くいかなくてウンウン頭を捻って、理詰めで良いアイデアが浮かぶときもあれば、ちっとも思い浮かばないから当たるも八卦で試してみて、というばくち打ち的な世界の両方が存在することが生物での研究の楽しいところです。

魚の研究をする人は「魚釣り」も好きな人が結構いるのですが、魚釣りをするときは漫然と餌をつけた竿を垂らしているのでは無く、狙っている魚が何を食べるのを好むのか、針の大きさは丁度良いか、海底や潮の流れからこのあたりにいるんじゃないか、とかいろいろ「仮説」をかんがえながら工夫します。その仮説があたったときは楽しいです。そのようなところと似ているところが「坊主(釣りで魚が釣れないこと)=実験の失敗」が多くても研究を続けている理由かもしれません。

終わりに

TDTが有毒なテトロドトキシンとよく似た分子構造を持ちながらも、毒とは全く異なる働きをすることに驚きを感じました。私は普段、新しい色素を開発するという研究で分子を使って研究をしているのですが、同じような分子構造であれば同じような機能を示すことの方が多いように感じるからです。そのため、似たような分子構造でも機能が全く異なることがある、生物内の分子についてさらに知りたいという思いが芽生えました。

この研究について詳しくは、2022年9月8日発表のプレスリリースもご覧ください。

(写真・図提供:阿部秀樹准教授/文:成瀬美玖)

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