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形だけじゃない!金属3Dプリンターが生み出す未来材料 (第112回名大カフェレポート)
冷たい空気に研ぎ澄まされた1月31日、2025年初の名大カフェが、TOIC NAGOYA(名古屋大学 東山キャンパス)で始まりました。
今回のテーマは、金属3Dプリンター。「形」はもちろん、不思議な「性質」を生み出すことができるそうです。ゲストの高田 尚記さん(名古屋大学大学院 工学研究科 教授)にお話しいただきました。
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金属3Dプリンターって何だろう?
高田:日本語だと、3D積層造形とか付加製造とかの呼び名があります。しかし、英語名は一つ、Additive Manufacturingです。生成AIに描かせるとこのような画像(↓)が出てきますが、騙されないでくださいね。これはフェイクです。
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高田:僕が使っている3Dプリンターは、金属の粉末を敷き詰めて、そこにレーザーを当てて固めています。
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高田:固まったら、さらにまた粉末を積層しレーザーで固めて、この工程を繰り返し、積み上げていきます。
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高田:出来上がった造形がこれ(↓)です。
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高田:3Dの技術は、国際規格で7種類に分類されます。そのうちの3種は樹脂向けの規格で、金属向けは4種です。僕が使っているのは、Powder Bed Fusion という技術です。
丸山:3Dプリンタの発想は、ここ名古屋で生まれた(※)そうですが、今、日本の技術開発は世界と比べてどうですか?
高田:そうですね。今は周回遅れなので、違う方向の研究で追いつきたいと思っています。
※名古屋市工業研究所の小玉 秀男が、1980年に現在の3Dプリンタの基となる光造形法を開発し特許出願した。
金属が溶け過ぎないレーザー照射を探る
高田:僕が研究しているのは、これまでにない不思議な性質を持つ金属をつくる、そのためのレーザーの条件です。このグラフは、縦軸がレーザーの速度、横軸がレーザーの出力。右下に行くほど、単位時間あたりに入るレーザーのエネルギー量が大きくなり、金属の粉末が溶けていきます。あまりドロドロに溶け過ぎてしまうと形を作れなくなりますが、粉末が完全に溶けないままだと造形物に隙間の孔が出来てしまいます。全部溶かすけど溶け過ぎない、金属の表面張力が残っているくらいが最適な状態です。
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参加者:レーザー照射を繰り返すことで、熱エネルギーが溜まっていかないのでしょうか?
高田:熱伝導率が高いアルミを使っているので、熱が溜まっても200℃くらいです。液体から個体に凝固する温度、アルミだと660℃くらいが重要なので、それ以下の温度の場合は影響を受けないと思います。
100万℃/秒の変化が生み出す不思議な性質
丸山:不思議な性質というのは何でしょうか?
高田:アルミの場合、金属3Dプリンターで作った材料の方が普通の方法で作った材料よりも強くなります。レーザーを照射して1200℃くらいの温度で溶け、0.00001秒後に室温になります。1秒間に100万℃の速さで冷え固まるので、構造的に不安定な状態のまま、すなわち非平衡な金属材料になります。これが非常識な性質を生み出しているのです。
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中央上:熱処理で強度が下がることを示すグラフ
(高田さん提供)
高田:金属3Dプリンターで作った材料は、普通の方法で作った材料よりも強度が高い。製品にする場合、材料には熱処理(※)を行います。金属3Dプリンターで作った材料に熱処理をすると、普通の方法で作った材料と同じに強度になって、せっかくの良さを失ってしまいます。
※アルミニウム合金鋳物については、ISO 3522:2007に基づいた JIS H 5202:2010で、強化のための熱処理などが規定されている。
参加者:熱処理を行うと、非平衡が平衡の状態になる、ということでしょうか?
高田:まさにその通りです。せっかく不安定な状態でいい性質を作り出しているのに、熱処理で安定な状態に戻ってしまうのです。普通の金属の場合は、早く引っ張れば強くなって、ゆっくり引っ張れば柔らかくなるのですが、金属3Dプリンターで作った造形物は全く逆で、ゆっくりだと強く、速いと柔らかい、という不思議な性質を持ちます。
丸山:常温常圧とは別次元の状態で作られているから、逆の性質を持つのでしょうか?
高田:100万℃/秒の速さで冷し固めるので、ものすごく不安定な状態です。だから、安定する状態に変化したくて仕方がない。そこに引っ張るようなひずみの刺激が加わると、今まで考えられなかった性質が出てくるのだと考えています。
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あなたはどんなモノをつくりたい?
丸山:金属3Dプリンターで作られる未来材料で何を作りたいか、参加者の皆さんのアイデアを聞いてみたいと思います。
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ー味覚を喜ばせる歯
参加者:こういう味が欲しいな、という時に、噛んだら信号を脳につなげて味をわかるような歯です。
丸山:形は、歯とか舌の形ですよね。
高田:噛んだらイチゴの味がするとか、いい匂いがするなら、脳をコントロールしなくてもいいかもしれませんね。
ー金属でできたレゴ
参加者:組み合わせると強度が上がる細かいパーツも、金属3Dプリンターで作れるのでしょうか。
高田:その発想はなかったかも。アルミ、鉄、ニッケル、銅のレゴとか、面白いかもしれませんね。金属によっても色も重さも変わりますし、教育とか啓蒙的にもよいアイデアですね。
ー生物の性質をもった構造体
参加者:細胞を使った研究で3Dプリンターを使っています。細胞は力をかけ続けないと動きが止まってしまうので、金属に近いんじゃないのかなと。そういう細胞の環境を作れないでしょうか。
高田:力を与え続けられる環境ですよね。何に使うのかを考えると未来材料になるかもしれません。
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丸山:作りたいものについて、「形」と「性質」に分解して考えることで、具体化してきますね。続いて高田さん自身と研究について伺います。
材料研究は3Dプリンターで
僕(高田)は、金属にどんな性質があるのかにずっと興味があり、「未来材料」というプロジェクト(JSTさきがけ [未来材料] 物質探索空間の拡大による未来材料の創製)で研究しています。
「どうしてアルミ鉄なんて使えないモノを研究しているんですか」と言われたこともあります。なぜなら、アルミにとって鉄は有害元素なんです。鉄が混じっていると、材料は脆くなり、雨ざらしでボロボロになっていきますから、不純物として絶対に取り除きたいのです。
金属3Dプリンターは名古屋大学に来てから始めました。ある時、同じ研究室の小橋 眞先生(工学研究科 教授)が「アルミ鉄(の配列)をまっすぐに揃えたい」と口にし、失敗してもいいやという思いで作ってみました。思ったような板状にはならなかったものの、調べていくうちに違う化合物になっていたことに気が付きました。これは普通の方法ではできないので、金属3Dプリンターでできるなら面白いね、となったのです。
新しい材料から新しい機能へ
自動車のエンジンには、高温高圧に耐えられる材料が必要です。最強のアルミニウムでも100℃くらいでガクンと弱くなってしまう。できれば300℃でも耐えられるものがあれば世界が変わるとメーカーさんからも言われていて、これを作れないかと考えていました。
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それで、Al₆Feを見つけたのですが、材料を脆くするAl₁₃Fe₄が一部に出来てしまい、なんとかこれを抑えたい。化合物の構造を見ていたところ、アルミ鉄とアルミマンガンが同じ1:6の配列だと気が付きました。それで、鉄の一部をマンガンに置き換えたらどうかと思ったのです。
実際にAl-Fe-Mn合金を作って調べると、高温でも安定し、強度も落ちていない。しかも、この合金は腐食しにくく摩耗しにくいことが、共同研究で明らかになっています。
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現在は、アルミをベースに原子間の相互作用の力を計算して、どの元素が、液体・固体のどちらと仲良くなるのかをコントロールしながら、合金にする第3、第4、第5の元素を探っています。
米国や中国は、希少金属のスカンジウムやセリウムで強度を出す金属を探っているようですが、日本は資源が少ないので、手に入りやすい鉄やマンガンで何とかしたいですね。金属3Dプリンターを用いることで、今まで見向きもされなかった元素の組み合わせが、未来材料につながると考えています。
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自由な「かたち」を作る話が主軸かと思いきや、金属3Dプリンターで造形するだけで、素材そのものの「性質」が変わってしまう衝撃の内容でした。高田さんが作る合金で、新しい発想のモノが生まれるのだと思うと未来への興奮が冷めないですね。次回の名大カフェもどうぞお楽しみに!
取材:森真由美(株式会社MD.illus―アウトリーチ活動を支援しています)
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◯開催概要
タイトル:形だけじゃない!金属3Dプリンターが生み出す未来材料
ゲスト:高田 尚記さん(名古屋大学 大学院工学研究科 教授)
日時:2025年1月31日(金)18:00~19:30
会場:TOIC NAGOYA(名古屋大学 東山キャンパス)
対象:どなたでも
参加:23名
共催:名古屋大学 PSIMコンソーシアム、学術研究・産学官連携推進本部
◯関連リンク
インタビュー記事「形だけじゃない!! 金属3Dプリンターで、”もっと強い”材料開発に成功」