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デンキウナギで遺伝子実験!未知の生命現象を探せ

鬱蒼としたアマゾン熱帯雨林で、他の生物の遺伝子を使えるようになった魚や微生物が人知れず生まれているかも…?

そんなロマンを感じさせる研究が発表されました。

デンキウナギの放電によって、ゼブラフィッシュの細胞に外からDNAが入ることを確かめたのは、飯田敦夫いいだあつおさん(生命農学研究科 助教)。ユニークな生物研究を生み出す、その“ぶっとんだ”着眼点に迫りました。

飯田敦夫いいだあつおさん(生命農学研究科 助教)

↑ポッドキャストで、インタビューの一部をお届けしています。
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── いったいどうしてこんな実験を思いついたんですか?

2020年、新幹線で京都から名古屋へ移動している34分の最中のことです。教員とお父さん、どちらの立場からも解き放たれてリラックスしているときの妄想から始まりました。

生物学の実験では、遺伝子をふくむDNAを細胞内へ入れる(遺伝子導入)ために、電気で細胞の表面に穴を空ける方法があります。でも、それが自然界の中で起こるかどうかの検証はほとんどされてなくて。考えていたら、静電気がバチッと起きたとき生き物もDNAも偶然ある確率は低そうだし、雷だとエネルギーが膨大すぎる…あ、発電生物だ!と。

── そこでデンキウナギが。

こればかりは“(アイデアが)降りてきた”としか言いようがありません。

しかも、デンキウナギの棲むアマゾン川は生物密度が高いので、動物の死体やフンから遊離したDNAも、それが入る細胞役になる生き物もたくさん存在すると考えました。

── それで試してみようと。どんな実験をしましたか?

デンキウナギには、エサに食いつきながら放電する性質があります。そこで、ゼブラフィッシュをDNAと一緒の容器に入れてエサのそばに置き、電気を浴びせる方法を思いつきました。今回使ったDNAは蛍光するタンパク質(GFP)の遺伝子を含んでいるため、ゼブラフィッシュの細胞が光ればDNAが入ったと分かるわけです。

── デンキウナギの電気の強さってどれくらいなんですか?

実験につかった個体だと200Vぐらいです。

── 200V!?  家電製品のコンセントでも100Vですよね。デンキウナギ、すごい…。

デンキウナギは尾びれのある体の後ろ側全体が発電器官になっていて、体長が大きくなるほど電圧も大きくなると言われます。860Vという記録もあります。

しかし200Vでも、遺伝子導入には強すぎます。ひと桁多い。実際、卵で試したら破裂してしまったくらいです。なので細胞役を稚魚に変え、デンキウナギからの距離も電圧が強すぎず弱すぎないポイントを探しました。

飯田さんの、実験こぼれ話
「デンキウナギ以外の発電生物でも検証できないかと、デンキナマズでも試したんですが、飼ってるうちに電気を出してくれなくなって。多分、”狩り”をしなくてもエサを与えてもらえる環境に慣れちゃったんでしょうね。サボらず放電してくれたデンキウナギが採用になりました」

── 成功したときの気持ちは?

実験を担当した榊 晋太郎さかきしんたろうくん(生命農学研究科 修士課程2年)が撮ったゼブラフィッシュの写真がビカビカに光っているものだから「いやうそだろう、本当に光るんだ」と驚きました。これは確実に(DNAが)入っている、と思いましたよ。

ただ、荒唐無稽なアイデアでしたが、調べてみるとデンキウナギの放電は遺伝子導入の実験に使う電気に似て瞬時に起こるものだと分かって、少しは成功するとは思っていました。

榊さんが最初に飯田さんに見せたゼブラフィッシュの写真。蛍光タンパク質の遺伝子が導入され、緑色に光っている。「この写真を撮った瞬間が研究で一番嬉しかったです」と榊さん。

── ある動物から別の動物に遺伝子が伝わる現象(水平伝播)がありますね。デンキウナギの放電で、川の中のDNAが他の生物に入ってしまい、その生物の性質を変えてしまう…そんな可能性はありますか。

最近、寄生虫のハリガネムシが宿主のカマキリに由来するらしい遺伝子を持っていた、という研究もありましたね。今回の研究から言えば、デンキウナギの放電を浴びた生物の、体表の細胞にごく低頻度でDNAが入ることはあるかと思います。ただ、体外からのDNAが次世代に伝わるには、たまたま体の奥にある生殖細胞に入り、しかも元あるDNAに組み込まれる、という偶然のプロセスを経なければいけません。

そこで、次世代になる細胞がむき出しになっている例をいろいろ試しました。卵では破裂したので、単細胞生物のゾウリムシや大腸菌でも試したんですが、今度は出力不足でうまくDNAが入りませんでした。なので、今回の実験からは「デンキウナギが他の生物の進化の原動力となる」というようなことは言えません。

── デンキウナギが地球に登場して以来、一回くらいは偶然に起こっているんじゃないか、と思ってしまいます。でもそれを実験で示すのはすごく大変なんですね。

今後、生殖細胞や単細胞生物にDNAが入る条件を探し、デンキウナギの放電によって外から入った遺伝子が子孫に伝わっていく可能性を示せたら面白いと思います。

飼育中のデンキウナギ。少し見にくいが、エサに食いつくときエラ(右側の頭付近)から泡を出す。「放電と同時に泡を出していると考えています」(飯田さん)

── 飽くなき探求心ですね。

イグノーベル賞で有名なトリカヘチャタテという虫の研究が大好きで。この虫のメスとオスで生殖器が逆転しているんです。だって普通、生殖器が尖っていたらオスだと思い込んで、調べないでしょう。そこで性別を実際に確かめようと思ったのは、すごいアイデアです。(注:メスがオスに生殖器を挿入する、つまり機能が逆転していることまで突き止めた研究は、2017年にイグノーベル生物学賞を受賞しました)。

かくありたいと思って。だから僕も、とにかく疑ってかかるんです。

── 先生のように生き物を見る方法を教えてください。

図鑑や論文にある過去の情報もたぶん真実ですが、一人ひとりにしかできない見方もあると思います。水族館でも動物園でもいいので、生き物を1、2時間凝視してみてください。

例えば、ヨツメウオという魚。両眼に水平な仕切りが入っていて、眼が上下に分かれているように見えます。上半分を水面に出して泳ぐので、水族館では子供たちが眼を見ようと上からのぞくんです。その傍ら、水面下からじっと観察するおじさんが僕です。

ヨツメウオは胎生なので体内で卵子に受精させるのですが、オスの生殖器はグリンとねじれていて、左曲がりと右曲がりがあります。だから僕は、たぶんメスとの生殖行動にも左利き右利きがあるのだろうと思って、生殖器と行動を確かめようとするんです。

── 私もついつい、水族館の解説文通りに見てしまうこともあります。わざと、それ以外の見方をしてみるのも楽しそうです。

現在はゼブラフィッシュのように実験に使いやすい生物(モデル生物)を用いて、広い種にまたがる生命現象を解き明かそうという研究が盛んです。しかし、ゼブラフィッシュが標準的な性質を持つ魚というわけではないし、実際には一つ一つの生物種で少しずつ違いがありますよね。

モデル生物として使われるゼブラフィッシュ。シャーレの中で糸のような稚魚が泳ぎ回っている。

その特徴をちゃんと見て、疑問を持ち、解明することも大切だと思っています。問いを見つけた時点でそれが(その生物種ならではの)未知の生命現象につながっている、つまり“勝利”が確定する研究がしたいんですよ。

── その問いが、今回は「デンキウナギの放電で遺伝子導入が起こるか」だったんですね。“アイデアが降りてきた”ひみつは、飯田さんの観察眼を通して蓄積された脳内の生き物データベースにあった。そんな印象です。楽しいお話をありがとうございました!

飯田さん(左)と実験を担当した大学院生の榊さん(右)
デンキウナギやゼブラフィッシュの水槽が並ぶ飼育室で、かわいいデンキウナギを手に☺

飯田さんの授業を受けたい!みなさんへ
「農学部2年生の『農学セミナー』という英語の科学資料を読む授業を担当しています。クラスは学籍番号でグループに分かれるんですが、僕が担当するグループはイグノーベル賞の原著論文を読み、レポートにして議論します。ちゃんと実験検証して論文にすればサイエンスになるんだよっていう話をしています。」

インタビュー・文:飯田綱規(名古屋大学 サイエンスコミュニケーター)

◯関連リンク

  • プレスリリース(2023/12/5):「デンキウナギの放電が細胞への遺伝子導入を促進する ~飼育下でゼブラフィッシュ幼魚への蛍光タンパク質導入を確認~」

  • 論文(2023/12/4):オープンアクセス学術誌の「PeerJ - Life and Environment」に掲載

  • 動物形態学研究室(名古屋大学 大学院生命農学研究科)


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