73. 川の健康のバロメーター「硝酸」。雨でなぜ増える?
こんにちは。経済学研究科修士2年の堀内愛歩です。
最近は、台風が日本に上陸したり、梅雨明けが速報値より一か月ほど遅くなったりと、雨に関するニュースが多いですね。
今回は、森と雨に関する研究を紹介します。
森に雨が降ると、森の土から川へ、実にさまざまな成分が流れ込みます。カルシウムやマグネシウム、窒素などなど…。特に窒素は、生物にとって非常に重要で、アミノ酸やタンパク質、核酸塩基など、私たちの体の中にももちろん、あらゆるところに含まれています。
地上での窒素は、さまざまなカタチで存在しています。酸素と結合した硝酸(NO3-)は、その一つです。硝酸は川の中にもあって、川の植物が光合成を行うスピードの決め手になっています。具体的には、川の硝酸濃度が増すと、下流の川や湖、沿岸の海で光合成が進みます。その結果、富栄養化と呼ばれる、好ましくない状態の原因になってしまいます。川の硝酸濃度は、周辺環境の生態系のバランスと、非常に深く関わっているのです。
近年、各地の森林河川で、人為的な汚染(硝酸を含む農薬の過剰使用など)がないのに、なぜか水中の硝酸濃度が上昇する現象が報告されています。雨に含まれる硝酸は川に流れ込まないのに、雨が降ると川の硝酸濃度が高くなる…。これはいったいどういうことでしょうか?
増加する硝酸の起源は「森林」である…。これまでの研究でそう言われてきました。でも、森林のいったいどの部分から?その謎に挑んだのが、名古屋大学とアジア大気汚染研究センターとの共同研究グループです。
グループは、新潟県の加治川上流域に、雨が降ったときの川の水を1時間おきに採取する自動サンプラーを設置し、採取した水に含まれる硝酸の窒素と酸素の同位体比を測りました。
「実はこの同位体比の測定は名古屋大学ならではの技術で、他の森林に関する研究と比べて優れているポイントです。」
そう話すのは、研究代表者の角皆潤教授。角皆教授らのグループが測定した同位体比の中には、硝酸の「三酸素同位体異常」という項目があり、大気から落ちてきた硝酸を、微生物が作った硝酸と明確に区別できます。
三酸素同位体異常を含む同位体比の測定には時間もコストもかかるそうですが、苦労の甲斐がありました。雨の盛りでは、特に「川岸の土の中」の硝酸が流れ出し、川の硝酸濃度を上げていたことを突き止めたのです。川岸以外の一般的な森林土壌中では、栄養塩である硝酸は植物や微生物の間で奪い合いになっているのに対し、川岸は根が張りにくく「空白地帯」のようになっているからではないか…、そんな推測ができるといいます。
ちなみに、微生物が作る硝酸(黄色の点)が溜まるのは夏から秋にかけての時期だそうです。この時期の大雨や台風は要注意といえるかもしれません。逆に、それ以外の時期は雨が降っても硝酸濃度は高まらないと予想できますね。
「渓流水中の硝酸の同位体組成は、森林の血液検査のようなもの」
角皆教授は、硝酸の同位体組成が森林の健康診断のバロメーターとして、森林の研究者や林業関係者に定着してくれることを目指したい、と研究の今後に意気込んでいます。
堀内のギモンを、角皆教授に伺いました.
── 森林の種類(針葉樹林・広葉樹林など)によって、硝酸の川への流出しやすさは変わりますか?
森林土壌中では、栄養塩である硝酸は植物や微生物の間で奪い合いになっていてほとんど流出してきません。ただ樹齢が高くなったり、衰退したりすると硝酸が流出する傾向が出てくることが知られています。またそもそも大気等からの硝酸の負荷が多い森林も同様です。
── ダム建設など森林内の大規模開発は、硝酸の川への流出に影響を与えますか?
もちろんです。森林を伐採すると大量の硝酸が流出してきます。
── 最近の異常気象に伴う豪雨など、雨の降り方での硝酸の川への流出に変化はありますか?
現状ではそのような豪雨の頻度が組成に与える影響の報告は聞いたことがありません。繰り返しですが、森林土壌中では、栄養塩である硝酸は植物や微生物の間で奪い合いになっていてほとんど流出して来ない仕組みが形成されていますので。ただそれにも関わらず硝酸が流出してくる事態となれば、それは異常気象が森林にも悪影響を及ぼしていることを意味しているので、注意が必要でしょう。
今回は、身近な森と雨のかかわりについてご紹介しました。森林のどこから硝酸が流れ込んでいたのか、これまでずっと明らかになっていなかったことに驚きました。雨が降ると川の硝酸濃度が高まることがわかっていたら、私だったらきっと森から流れてきたんだなぁと、なんとなくわかった気になってしまいそうです。そういったことをきちんと分析して明らかにすることが研究のやりがい、醍醐味なんだと改めて感じました。今回の研究成果は、水質汚染などの環境問題の解決にも役立つと思いますので、今後そういった応用にも期待したいですね。
この研究について詳しくは、2022年7月28日発表のプレスリリースもご覧ください。
(文:堀内愛歩/トップ画像:s-hoshino.com)
◯関連リンク
・角皆 潤 教授
・生物地球科学グループ(名古屋大学大学院環境学研究科)
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