新型コロナなぜ進化?人の行動から探る
コロナ禍を振り返ると、新型コロナウイルスの流行は変異株の登場とともに進んでいきました。「デルタ株」や「オミクロン株」などは、記憶にも新しいですね。
今回ご紹介する研究からは、新型コロナウイルスの性質がどのように変化してきたのかを調べた結果、ウイルスがヒトの行動と複雑にかかわって進化してきた可能性が示されました。
研究グループの岩見真吾さん(理学研究科教授)に詳しく伺いました。
新型コロナウイルスは、どのように進化してきたのか?
一般的にウイルスは、増殖や感染を繰り返す中で、少しずつ性質を変えていくことが知られています。新型コロナウイルスも、株によって感染力などのウイルス学的な特徴が異なることが報告されてきました。このプロセスはウイルスの「進化」と言え、次世代を残しやすい性質にウイルスが変化してきた可能性があります。
今回の研究では、最初に流行したプレアルファ株(86人)、次のアルファ株(59人)、21年夏に流行したデルタ株(80人)、22年に流行したオミクロン株(49人)の計274人の臨床データを順番に解析しました。
「プレアルファ株からアルファ株にかけて、感染から治癒までの間、体内で最も増えたときのウイルス量は、5倍に増えました。これは二次感染者数(感染者がうつす人の数)が増えるので、ウイルスが次世代を残しやすい性質に進化したと理解できます。一方、アルファ株からデルタ株の進化では、最大のウイルス量は変わりませんが、最大量に達するタイミングが早まっています。感染が早まるだけでは、二次感染者数の合計という観点ではあまり変わりません。何がウイルスの進化を促したのか、直感的にはわかりづらいと言えます。この疑問が研究の出発点となりました」
そこで研究チームは、感染者の体内で時々刻々と変化するウイルス量を考慮して、一人の感染者が日々何人と接触し、何人の人に感染させられるのかを分析するシミュレーションを開発しました。
ここでは、GA(Genetic Algorithm、遺伝的アルゴリズム)というAIのアルゴリズムを使って、コンピュータの中で仮想のウイルスを進化させる手法を用いています。感染者の行動が変化した場合としない場合、ウイルスの潜伏期間(感染してから症状が出るまでの時間)が長い場合と短い場合、無症候者の割合が異なる場合…といったさまざまなシナリオで、ウイルスの進化を計算しました。
その結果、ある程度多くの感染者に症状がある場合は、体内のウイルス量が最大になるタイミングが早くなることがわかりました。
発熱などの症状が出た場合、感染者の行動が変わり、他人と接触する機会が減ります。これは、ウイルス側からすると、感染者数を増やすには不利ですよね。
「感染者の行動変容はウイルスにとって不利になるので、ウイルス量のピークが早い変異体が、行動変容のある環境においても、結果として感染者を増やすことができたと考えられます」
ウイルスの進化と選択圧
今回の研究では、新型コロナウイルスの変異は、私たちが感染症から身を守るためにとる行動から逃れる方向に進化した…すなわち、ウイルスの生存戦略として成立したものである可能性が示されています。
また、変異株が現れるとともに、ウイルスの潜伏期間が短くなり、症状がない人の割合が増えたことも、ウイルスを進化させる「選択圧」を強めたり弱めたりすることが判明しました。
「ウイルスは、治療薬ができたりワクチンができたりすると、それが適応圧になり、その影響から逃れるように進化し得ることが知られています」
今回の研究からは、ヒトの行動自体も、ウイルスの進化を促す選択圧の重要な要因となる可能性が示されました。
今回の研究は、感染症対策にどんなふうに役立つの?
新たな変異株の出現が懸念される中、今回の研究はどのように役立てていくことができるのでしょうか。ウィズコロナの時代と呼ばれる現在、新型コロナウイルスの病原体としての特徴を理解することが求められています。それにより、さらに迅速かつ効果的に、新しい抗ウイルス薬を開発したり、適切な治療法、公衆衛生対策を実施することができるようになるからです。
例えば、職場などで絶対に感染を防ぎたい、といった特定の場合においても、症状が出る以前に最も感染力が強くなるようなウイルスが進化を事前に予測できていた場合は、抗原検査などで毎日検査をするなどの対策も、効果的な選択肢となってくるかもしれません。
「人間の行動によってウイルスが将来どのように体外へ排出される性質を持つか、を事前に考えることができるという意味では、ウイルスの進化を踏まえた公衆衛生対策や、あえて人間が感染対策しやすい進化を誘導するような対策の設計も将来的には可能になるかもしれません」
今回、AI技術を組み込んだシミュレーションによって行われた、「ウイルスの進化を分析し、予測する」という視点は、新型コロナウイルスのみならず、今後の感染症対策における大きな一手となりそうですね。
文・トップ画像:小島響子(サイエンスコミュニケーター@iBLab)
◯関連リンク
論文(2023/11/21 国際学術雑誌「Nature Communications」に掲載)
英語プレスリリース(2023/11/21 ) "Computer simulation suggests mutant strains of COVID-19 emerged in response to human behavior"
プレスリリース(2023/11/22 )「AI技術で新型コロナウイルスの進化メカニズムを分析 ~ウイルスの進化予測を踏まえた感染症対策の第一歩~」
岩見真吾教授(理学研究科 理学専攻 異分野融合生物学研究室)
一般向けに、研究室の研究や数理生物学がわかるYouTubeも更新中です!