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速いもん勝ちじゃない、成功するオスの意外な戦略を可視化

今日のお話の舞台の顕微鏡写真です(プレスリリースより)

名大で”息を呑むほど美しい顕微鏡写真”といえば、水多 陽子みずたようこさん(トランスフォーマティブ生命分子研究所/高等研究院 助教)。「やっぱりお花が好きで、ずっと研究しているんです」という水多さんが特に魅せされているのは、めしべの中で繰り広げられるいのちのドラマ。

水多 陽子みずたようこさん(トランスフォーマティブ生命分子研究所/高等研究院 助教)
この日のスカートはエレガントな花柄模様✿「気づくと花柄を買っちゃうんですよね」

花が咲くとどのように種ができるのか──。シンプルな問いを突き詰めると、見えてくるのは実に壮大で、神秘的としか思えない世界。10年以上の年月をかけてようやく可視化に成功した水多さんが、レンズの向こうに見たのはオスたちの意外な生殖戦略でした。

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── おしべがつくる花粉が、めしべにつくと種ができる…という単純なお話ではないのですか?

実はもっと複雑な話なんです。めしべの中には、胚珠はいしゅという将来の種がいくつかあります。胚珠が種になるには、めしべの先についた花粉から花粉管が発芽して、胚珠まで伸びていき、受精する必要があります。オス(花粉管)がメス(胚珠)に向かっていくんですね。

── めしべの中でメスをめぐった競争(?)が繰り広げられているとか?

そう思いますよね。例えばめちゃくちゃ魅力的なメスが一人いて、オス全員がそのメスに求婚したら、カップルは一組しか成立しません。子孫をたくさん残せませんよね。だから植物には、めしべの中でオスとメスが一対一でカップリングできる仕組みがあるんです。

── マッチングサービスだったら超優秀ですね。どのようにオスメスを振り分けているのでしょうか?

実はそれがわかっていなくて、10年以上研究を続けています。で、ようやく答えが見え始めたんですよ。めしべの中は、まさに「高速道路」でした。

── 高速道路…ですか?

高速道路でサービスエリアに入りたい時を想像してみてください。一番左のレーンに車線変更するじゃないですか。追い越しレーンでぶっ飛ばしていたら、いつまでたってもサービスエリアに入れません。それと同じなんです。

── というと…?

つまり、オス(花粉管)は車が走るレーン、メス(胚珠)はサービスエリアです。サービスエリアに近いレーンを走っているオスから順に受精が成立する仕組みだったんです。

── そういう例えですか。早いもん勝ちではなかったということですか?

そうです。受精に成功するオス(花粉管)は伸びるのが「速い」と思われていたんですが、速いのはむしろ不利。「場所取り」が決め手でした。メス(胚珠)の近くを伸びていく方が、受精には有利だったんです。

めしべの中を絵にすると、確かに高速道路とサービスエリアに見えてきます

── オスが場所取りをがんばって、メスのところに行ってはみたけれど、すでにカップル成立済でした、ということはありませんか?

それについても優れた仕組みがあったんです。高速道路だとサービスエリアの満車情報が出ているじゃないですか。あれと同じで、このメス(胚珠)は受精済みです、というシグナルが出されるんですよ。

── それは親切ですね。満車なら次のサービスエリアにしようかなぁと考えますよね。花粉管はどう考えるのでしょうか?

花粉管(オス)も同じで、失恋に落ち込むことなく、次のメス(胚珠)との出会いを目指して、引続きメスに近いレーンを進んでいきます。一度その気になったら、追い越しレーンに戻ることはないようです。

── なるほど〜。この一連の仕組みを、誘引シグナル、くっつきシグナル、反発シグナルで説明したのが今回の成果ですね。

── ところで、水多さんはまるでめしべの中に入って、全てをその目で見てきたかのようにお話されていますけど…

見たんですよ。めしべの中に入ることはできないので、なんとか見る方法を確立することに、これまでの研究人生の七割、いや八割はかけてきました。その現場、ちょっとご覧になりますか?

── ぜひ拝見したいです!(ということで、トランスフォーマティブ生命分子研究所5階にやってきました。遺伝子組換え生物を扱うエリアのため、エアシャワーを浴びて入室。)

これが私たちが使っているシロイヌナズナです。オス(花粉管)が伸びていく様子を色分けして追跡できるように、赤、オレンジ、青など、さまざまな色の蛍光タンパク質を使って育て分けているんですよ。

目にも止まらぬ速さでサンプル採取する水多さん。小指使いが美しい…!

シロイヌナズナは、花びら4枚の小さな花です。こんなに小さくても、めしべの壁は厚くて、中で何が起こっているかは見えないんですよ。

拡大写真で紹介されることが多いシロイヌナズナの花は、実はこんなに小さい

── でも同じ階にはライブイメージングセンターがあるじゃないですか。高性能の顕微鏡を使えば何でも見えるということですよね。

名古屋大学ライブイメージングセンター
ライブイメージングとは、生きた細胞の顕微鏡観察のこと。複雑で高額な顕微鏡システムを誰もが利用できるよう、最新鋭の顕微鏡を集約し、国内外にオープンなサポートを提供している。

確かに、ライブイメージングセンターの顕微鏡のラインナップは半端ないです。私たちも、当センターの二光子励起にこうしれいき顕微鏡(奥深くを観察できる)や、共焦点きょうしょうてん顕微鏡(表面を高解像度で観察できる)を使って数々の発見をしてきました。

水多さんが使用する共焦点顕微鏡(名古屋大学 ライブイメージングセンター内の一室にて)

でも、どんなに高精度の顕微鏡でも、細胞壁に包まれた植物細胞を見るのは簡単ではないんです。研究開始当初、ほとんど誰もやっていなくて知見がなく、どの波長がいいのか、何色の蛍光タンパク質がいいのか、手探りで検討を繰り返しました。

── 顕微鏡以前に、細胞壁問題ですか。

そこで、細胞壁を透明にする試薬「ClearSee®クリアシー」を、共同研究者で夫の栗原大輔くりはらだいすけさん(トランスフォーマティブ生命分子研究所 特任准教授)と開発しました。めしべを縦方向に半分に切る「Single-loculeシングルロキュール」も確立して、花粉管が伸びる様子をライブ観察できるようになりました。ちょっとしたテクニックが必要な方法なので、今のところ世界で私しかやっていないんじゃないかな。

Single-loculeシングルロキュール法を簡易的に実演してもらいました。顕微鏡を覗きながら、眼科手術用のメスで作業します。半分に切っためしべの形がそう見えることから、水多さんたちは「かまぼこ法」と呼んでいるそう(もう少し画質のよい動画はこちら)。

── 肉眼でもめしべの内部がうっすら透けて見えます。めしべの先に花粉をつけたら、この小さな高速道路を花粉管が進んでいくんですね〜。

Single-loculeシングルロキュール法で半分に切っためしべ

ちなみに、実験でめしべの先に花粉をつけるとき、ヒトのまつ毛って優秀なんですよ。(と、自らのまつ毛を抜いて、接着剤でつま楊枝の先につけて)ほ〜らね。

水多さん自前のまつ毛ブラシ。先が細く、思った以上にしなります。「数十μmの花粉を一つ一つつけていくのは、結構たいへん。まっすぐでコシがあるまつ毛だと作業効率も上がりますね。」

── 水多さん、花に寄り添う気持ちも、研究へのこだわりも、アツすぎます。

生き物を研究されているみなさんそうだと思うんですが、どれだけその生き物と親しむかだと思うんです。生き物をちゃんと見ないと、生き物のサイエンスはできない。ちゃんと付き合わないとわからないし、見逃すよってことかなと思ってますね。

── お話の端々で、その気づきは水多さんの信念あってこそだな、と感じさせられました。お花が大好きな気持ちを原動力に、学術領域の発展に貢献する姿、カッコイイです。今後も美しい顕微鏡写真、楽しみにしています。

インタビュー・文:丸山恵

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