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短編1. 夕焼け色の鵞鳥

——そうだね、ここは天国と言ってもいいのかも知れないよ。
だって、空の上にあるもの。——

 アップロードの練習をかねて、昔のおはなし第一弾です。 
 よろしければ、お付き合いを。


「鵞鳥が一匹足りないや」

 茜が誰とも無しにそう呟くと、その傍らでせっせと鵞鳥達の糞の後始末をしていた葵が怪訝な顔を茜に向けた。「何だって?」

「一番大きい紅色の奴。去年は居たのに」

 茜の言葉に、葵はああ、と呟いて答えた。

「そいつならもう居ないよ。去年の冬で刑期を終えてしまったから」

 茜はしゃがみ込んだまま、ふうん、と言ったきり黙り込んだ。そんな茜を他所に葵は自分の仕事を終えて鵞鳥小屋を出て行こうとして、聞こえよがしに

「そう言えば、今年は鵞鳥が一羽足りなくなったから、誰かに調達しに行ってもらわないといけないって、所長が言っていたっけなあ」

そう言って、葵は鵞鳥小屋を後にした。

 葵が鵞鳥小屋を出て行ってから暫しの間、茜はその場にしゃがみ込んだままだった。しかし、突然立ち上がると、粗末な丈の短い着物の裾を翻して、鵞鳥小屋からまっしぐらに所長室へと向かった。

 茜の予想に反して、所長は生憎の留守だった。大方胡椒の製造工場へ、視察にでも行っているのだろうと茜は考えた。

 茜はこれ幸いとばかりに、一枚の置手紙を所長の机の上に残して所長室を後にした。

次に茜が向かったのは、大きな市場だ。ガラス細工に飴細工、絹の反物に出刃包丁といった、様々な露天が立ち並ぶ中を茜は脇目も振らずに早足で通り抜けた。

 やがて目当ての店を見つけると、茜は店の主に挨拶をして、店先に並ぶ小さな檻を一つ一つ覗き込み始めた。所長さんの許可はちゃんと頂いたのかい、という店主の言葉に、茜はにっこり笑って勿論と答えると、再び檻の中に眼をやった。

 檻は全部で三つ、それぞれに色取り取りの鵞鳥が収まっている。これで全部かいと茜が店主に尋ねると、店主はこれで全部さと答えた。

「最近は不景気だから」店主がそういうのを聞いて、茜は、確かに、と言って笑った。

茜は一番右端の檻の前にしゃがむと、その中に居る藍色の鵞鳥を指差して、店主に尋ねた。

「この鵞鳥は生前どんなことをしていたの?」

 すると店主は答えた。

「宇宙飛行士だよ。鵞鳥になった時海に落ちたから、海の色に染まっちまったんだ」

 それを聞いて、茜は頭を振った。

「そんなら駄目だ。一度潮に漬かった羽は綺麗に落ちて行かないもの」

 茜は次の檻の中に居る、黄色の鵞鳥を指差して同じ質問をした。

「そいつは料理人。鵞鳥になったときにサフランを思い切り被った所為で、そんな色に成ったんだ」

 これにも茜は頭を振った。

「これも駄目だ。サフランじゃ、地上に着くまでに羽の色が抜けきらないもの」

 茜は最後の一羽、左端の檻の中に小さく なっている、茜色の鵞鳥を指差して同じ質問を繰り返した。

「その子は唯の子供だよ。鵞鳥になったとき、一人で夕焼け空を眺めていたそうだ」

 店主の返答に、茜はにっこり微笑んだ。

「それじゃあこの子を頂きます。太陽の明かりなら、羽は良い塩梅に軽くなっているでしょうし、夕焼けの色なら、地上に着く頃には綺麗に色が抜けて真っ白ですから」

 茜は店主から代金と引き換えに、自分の名前と同じ色をした子供の鵞鳥を受け取ると、それを大切そうに抱きかかえたまま、意気揚揚ともと来た道を歩き出した。

「お兄ちゃん」

 不安に目を見開いて、人間の子どもだった鵞鳥が茜の顔を覗き込んだ。

「なんだい?」

「ここは一体どこなの?ぼくはちょっと前まで 、病院にいて、お母さんが隣にいたはずなのに。ちょっと眠くなって目を閉じて、気がついたら、こんな姿でこんなところにいたから、とってもびっくりしたんだよ」

 この言葉に、ちょっと考え込むような素振りを見せながら、茜は言った。

「そうだね。ここは、天国と言っていいのかも知れないよ。だって空の上にあるし、自分の生を全うした者にしか、来ることができない場所だもの」

「それじゃあ、ぼくは死んじゃったの?もう、お母さんのところへ帰ることはできないの?」

 たたみ掛けるような鵞鳥の質問に、茜は少し困ったような顔をした後、不意に何か閃いたような顔をした。そして、思いやり深げに答えた。

「できるさ。君のその、夕焼けの色に染まった羽が全て抜け落ちて、真っ白い羽に生え換わったらね。また君は、君のお母さんの子どもとして生まれるんだよ。その抜け落ちた羽を拾い集めて、記憶と一緒に地上に振りまくのが、僕らの仕事なんだ」

 その年の冬は、これまで降った雪の中でも特に上質な雪が降った。その中にたったひとひら、ほんのり桜色をした雪が混じっているのを見た子供が居たが、直ぐ様溶けて消えてしまったと云う。

(終)

表紙画像 (C)柴桜様『いろがらあそび5』作品No.1
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63654068

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