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真っ直ぐな人に出会って心が軽くなった
三男の文字の書き間違いが、学習障害の症状と言われた翌週、紹介状を持って公立病院の小児科を受診した。
予約時間が10時半と中途半端だったので、学校を休むことにしたのが不満だった三男は、「今日は体育があったのになー」と朝からブチブチ文句を言っていた。
それでも病院の待合室で、「今頃、みんなはお勉強してるんだね」とか「今日の給食はパンでイチゴジャムがあるから、みんな喜ぶよ」など、楽しそうに話す三男を見ていると、本当に学校が好きな子だなぁと安心する。
電子掲示板に番号が表示され診察室に入ると、研修医だろうと思われる、若くて可愛い先生が「おはようございます!」と元気に挨拶をしてくれた。
三男は可愛いお姉さんが大好きだ。
それは、嬉しくてデレデレするような感じではなくて、ちょっとカッコつけたいというか、クールモードに入る。クレヨンしんちゃんのしんちゃんが、ななこお姉さんの前ではカッコつけようとする感じに似ている。
「発音なんですが、言葉の出始めが遅かったとかありますか?」
「ありません。どちらかというと、よく喋る方なので」
「僕、よく喋るんで」
「未熟児とか、生まれた時に何か問題があった訳ではありませんか?」
「3800g超えてたんで、むしろ大きかったです」
「大きいんです」
「今まで大きな病気をされたことはありますか?ご家族の方も」
「ないですね。私は乳がんになりましたけど」
「この人(私のこと)は、写真屋さんで働いてます」
おいおい、いらん情報まで入れてくんな。
「あのね。ちょっと黙っててくれへん。今、お母さんが先生とお話ししてるから」
こないだの初老の先生の時に診てもらった時には全く喋らなかったのに、今日はやたらと会話に入ってこようとする三男を制しして、先生に「まぁ、こんな感じの子なんです」と言う。
先生は「あはは!」と笑い、「じゃあ、口の中見せてねー」と三男にマスクを外すよう促す。
「口の中で違和感を感じたり、気になることはありますか?」
「白いポッチができて痛いです」
それ、口内炎やから!と素早く突っ込んで、「すみません、特にありません」と謝った。
「いえいえ、口内炎早く治るといいねー」と間近で向けられた笑顔を、三男は瞬きもせずにじっと見ている。
完全に心を射抜かれてるやん。そう思いながら三男にマスクをつけて、若干後ろに椅子を引いてソーシャルディスタンスを保つ。
それからは三男に対していくつか質問があった。
「お友達からなんて言ってるの?って聞かれたりするかな?」
「たまにあるけど、別に気にしてない」
気にしてないんかい!メンタル強すぎやろ。
「文字が動いて見えちゃったりするかな?」
「動きはしないけど、見てると頭が痛くなって、気持ち悪くなる」
それは、初耳だった。なるほど、そりゃ宿題が終わるとぐったりしていた訳だ。
掘り下げて聞いても、頭が痛くなったり、気持ち悪くなるのがどの程度かはよく分からなかったけど、三男がそれだけエネルギーを使って文字を読んでいたんだということは分かった。
問診が終わり、今後は発音の方を言語療法士さんに診てもらうことになった。ただ、未就学児で通院されている子が多いようで、「読み書きに関してはまたリハビリの先生と相談してみますね」と言われた。
どちらかと言うと読み書きの方が気になっていたのだが、またリハビリをしていく上で相談していけばいいかと思って「分かりました」と返事をし、小児科の診察を終えた。
しかし、その日の夕方、洗濯物を取り込んでいる間に携帯に着信があった。リハビリの日程は言語療法士さんから連絡があると言われていたので、もう電話をくれたんだと思いながら掛け直す。
繋がった先は小児科で『あれ?』と思いながらも、「先ほど、お電話を頂いたようで」と伝えると、ちょっとお調べしますね、と言って保留音に変わった。
しばらくすると「先生からの電話だったので、今、先生の方にお繋ぎしますね」と言われて驚いた。
すぐに電話口から潑剌とした声が聞こえてくる。
「こんにちわ!先程の読み書きに関してなんですが、他の先生やリハビリの先生に確認してみました」
病院ではやはり未就学児に対応したリハビリが多いこと。しかし、発達検査や知能検査は行えるので、その評価をみてから、学校や療育センターへの支援をお願いするのかどうか考えていくことになると説明してくれた。
「お母さんが心配されている学習障害だった場合、ゴールを決めることは難しいので、福祉や学校に頼りながらいきましょう」
そう言われて、私はとてつもなく感激していた。
私は結婚する前、病院で医局秘書の仕事をしていた。その時に、数えきれない程の医者と医学生に接してきている。その中で、研修医の忙殺的な日々を間近で嫌というほど見ていた。
週に3日は当直をし、明けで帰れる訳もなく外来と回診に行く。指導医からはこっぴどく怒られ、夜遅くまで記録を書き、カンファレンスの準備をする日々。
今は研修医の仕事も改善されていると思う。それでも忙しい毎日なのは変わらないだろう。
三男の療育の説明は、リハビリの先生に「伝えといてね」と言えば済む話だ。なんなら次回の診察の時でもいいくらいだった。それなのに、わざわざ電話をくれた若く志のある先生に、私は三男以上に心を射抜かれた。
「先生、お忙しいのに、、本当にありがとうございます」
ありきたりの言葉しか出てこない自分にもどかしさを感じながらも、感謝の気持ちを伝える。
「いえいえ、また何かありましたら、いつでも相談してください!」
そのありきたりだけど、真っ直ぐな言葉が嬉しかった。
学習障害の症状と言われてから、もっと早く気づいてあげていればと後悔していた。でも、先生の真摯な対応が私の心を軽くしてくれた。
このタイミングだったから、この人に会えたんだな。
そう思うと、これからも大丈夫な気がした。