ワインを普及させたいと思う時に考えたいあれこれ
休暇で日本に一時帰国するたびにスーパーや量販店、ワインショップなどの棚を眺めています。そうすると、見るたびに棚の面積が広くなっていたり、並んでいるボトルの種類が増えていることに驚かされます。
ワインを専門に扱っているショップに留まらず、棚争いの熾烈なスーパーや量販店、コンビニなどでワインの扱い量が増えていることは純粋にワインの売り上げが増えていることの裏返しなのだと思います。
一方で、こうした棚を見るたびに思うことがあります。
ワインを選ぶことがとても、それはもう、とてもとても面倒くさいのです。
ボトルを見ると似たような横文字ばかり。知っていれば頭にも入ってくるのでしょうが、知らなければ意味不明な呪文のようです。そんな中から1本を選べと言われても、根拠を持って選ぶことはほぼ不可能です。できるのはいわゆるジャケ買いか、なんとなくの当てずっぽうだけでしょう。そんな中に1本、知っているワインがあればもう何も考えずにその1本に手が伸びても何も不思議ではありません。
私自身は普段、横文字の文化圏で生活をしています。しかもワインが生業です。おそらく世間一般の日本人と比較すれば横文字にもワインにも耐性は高い方だと思います。それにも関わらず、こうした棚を眺めるのが面倒くさいと感じてしまうのです。普段から横文字にもワインにも触れない方からしたら、こうした想いは何倍にもなると思います。
しかもそうしたことが少なさそうな日本のワイナリーさんのワインを見てもこうした問題は解決されません。ラベルには同じように横文字が踊っていたり、ちょっと味や香りを想像しにくいお洒落でポエミーな名前がついていたりします。どちらにしても自分が飲みたい味や香りのワインを簡単には探せないのです。
ワインに親しんでいると、ある程度の横文字は慣れ親しんだものになり、見た瞬間に頭に入ってくるようになります。そうなるとラベルに対して忌避感を覚えたり、選ぶこと、もしくはラベルを読むことに対して面倒くささは覚えにくくなります。一方で、ワインにまだ親しんでいない頃に自分が覚えた感覚は忘れていきます。
ここにワインを普及させたい方々にとっての落とし穴があるように思います。
ワインを普及させたいと考える方々は、当然ながらワインのことをすでに知っています。何かを聞けば、スラスラと答えたり、紹介したりしてくれます。しかも知らない人でも分かりやすいようにかみ砕いて。
でも、そこには往々にして横文字が入り込んでいます。ワインやワイナリーの名前だったり、ブドウの名前だったり、原産国だったり。なんならそのワインに高い評価を付けた知らない外国人の方の名前かもしれません。
もちろんワインは海外で造られていることが圧倒的に多い飲み物です。ですので何かしらの説明をしようと思えばそこに横文字が入り込んでしまうことは避けようがないように思えます。そして知っている人はその「仕方ない」を「仕方ない」として受け入れます。
でも、知らない人はそれを「仕方ない」とは受け入れません。ひたすらに面倒くさいと思うだけです。もしくはその横文字を「お高くとまって」いて、「自分には縁のない」存在と変換して受け取ってしまいます。
もちろん、将来的にワインをしっかりと生活に定着させていきたいのであれば、こうした横文字コンプレックスから解消していくのが一番ですが、単にワインを飲んでみたい人にとってはそんなことは余計なお世話です。確かにどのワインを飲めばいいのかは教えてほしくても、そこまで踏み込んできてほしくはないのではないでしょうか。
物事に慣れ親しんでしまうと、ある意味で視野が狭くなります。歩けるようになった後は歩けなかった頃のこと、歩けるようになるためにあれこれやったはずの試行錯誤は忘れてしまいます。むしろ、より優雅に歩くとか、より速く歩くとか、もっと速く足を動かして走り出す、なんてことに注目したくなります。
でも、歩き方を知りたい人にとってはより優雅な歩き方なんて余計なだけの情報です。質問の答えにはなっていないのです。
いま私が眺めるスーパーのワインの棚にはそんな余計な情報があふれています。一方で本当に知りたい情報はありません。
ワインを売りたい人、普及させたい人は誰に、もしくはどんな人に飲んでもらいたいのでしょうか。対面であれば、接客は変えられます。でも、そうした接客は1対1でしかできません。しかも何となくワインを飲んでみたいだけの人はそんな濃い接客を望んでいないことはよくあります。
何となく服が欲しいけれどまだどんな服を買うかは決まっていない人が店頭を眺めているときに、店員さんが声をかけてくるとそそくさと店頭から去っていくのと同じです。濃い接客はいらないし、自分のことは話したくない。でも何となくよさげなワインを飲んでみたいのです。
こういう人に面倒くささを感じさせず、とりあえずワインを手に取ってもらい、あわよくば気に入ってもらってリピーターになってもらうにはどうすればいいのでしょうか。しかもできれば個別銘柄に限ったリピーターではなく、より広い意味での、これが美味しかったからこっちも試してみよう、というタイプのリピーターになってもらう方法とはどんなものでしょうか。
少なくとも、そうしたアプローチを私は今のスーパーやお店の棚からは感じません。だから、棚の前までは行ってもそこからはひたすら面倒くさく感じ、結局、日本に帰ってきてから今日までの間にワインは買っていません。
知っている人からしたらそれだけで価値を感じられるワイナリーの名前でも、知らない人からしたら全く無名なワイナリーと同じです。等しく無価値な横文字でしかありません。なんならその横文字がワイナリーの名前と認識さえできません。
どこかの有名なワインの評論家が高評価、と言われてもその人を知らなければ意味がないのです。
ワインという大きな対象を普及していきたいと考えたときに、その程度のものにこだわる必要があるのか、という問題だと思うのです。
もっと単純に。もっとシンプルに。カタカナや横文字は次のステップに。
ワインの棚を眺めながら、そんなことを考えています。