おうち焼肉のために1万円分の肉を買った
緊急事態宣言が出てから47日目。
私は限界を迎えていた。
「焼肉を食べたい…」
ある食べ物を定期的に無性に食べたくなることはないだろうか。
たとえば、ポテトチップス。
あるいは、マクドナルドのポテト。
私の場合は、焼肉だ。
月に1回、無性に焼肉を食べたくなる。
近所に焼肉屋がある。
家の隣の隣だ。
子どもを歓迎してくれるお店で、子どもと行くと、段差のない座敷の席を案内してくれる。
小さな子どもでも食べやすい肉を教えてくれて、肉を小さく切るためのハサミを出してくれる。
我が家は、子どもが1歳の頃から通い始め、2年近くお世話になっている。
仕事が終わって、保育園のお迎えに行き、18時になる前、すぐに焼肉屋に向かう。
いつもの肉盛りセットを頼み、サッと食べて、19時半頃、会社帰りのサラリーマンが来る頃には帰る。
そんな生活だった。
ところが、新型コロナのせいで、焼肉屋に行けなくなってしまった。
焼肉屋は、テイクアウトの焼肉弁当を売るようになった。
私はもちろん焼肉弁当を買った。
焼肉弁当は、単価が安い。
焼肉屋の売上に貢献するために、焼肉弁当を毎週買って、月に1回お店で食べるのと同じくらいのお金を落とそうとしていた。
あの焼肉屋の美味しいお肉が、毎週食べられる。
それでも、私の体は満たされなかった。
無性に焼肉が食べたくなった。
私が焼肉屋に求めていたものは、焼肉弁当ではなく、「大量の肉を一度に焼いて食べること」だったのだと気づいた。
私は家で焼肉をしようと決めた。
スーパーで焼肉用の肉を1万円分買った。
牛カルビ、牛ハラミ、牛タン、豚モモ、味付き肉…。全部で8パック。
1パックを手に取りあれこれ悩む客をよそに、「焼肉用」と書かれた肉を手当り次第買い物カゴに入れていくのは、気分がよかった。
家で焼肉をするのは初めてだ。
いつも焼肉屋で食べる予算が1万円から1万2000円。
スーパーの肉も同じくらい買っておけば大丈夫だろうと思った。
子どもが大好きなウインナー、それから枝豆と韓国海苔も買った。
飲み物は、ノンアルコールビール、コーラ、それから6種類のフルーツジュース。
これだけあれば満足できるだろう。
意気揚々と帰宅した。
家で焼肉を焼いた。
我が家にはホットプレートもカセットコンロもない。
普通のテフロン加工のフライパンで、普通にキッチンで肉を焼いた。
それを皿に盛り付けて食卓に出した。
家で過ごす時間が増え、ベランダで食事をすることが多くなっていた。
その日ももちろんベランダで食べた。
その日は最高気温26.5℃。少し暑いけれど、過ごしやすい日だった。
18時を過ぎてもまだ明るい。
「まだ明るいね」と夫と話しながら、段々と暗くなる空と、東京タワーを眺めながら、肉をもりもり食べる。
ノンアルコールビールも飲む。
最高だった。
スーパーで買った肉が、こんなに美味しいとは知らなかった。
子どもも、ウインナーと枝豆と韓国海苔をもりもり食べた。
子どもはすぐにお腹がいっぱいになった。
座っていることに飽きた子どもは、部屋に戻って遊んだ。
子どもが席を外してもまったく気にならなかった。ここには店の客も、店員もいない。
住み慣れた部屋で子どもを遊ばせることがこんなに気楽なのかと、初めて気がついた。
お腹が落ち着いた子どもは、ベランダに戻ってきて、また肉や枝豆や韓国海苔を食べた。
でもまたすぐにお腹いっぱいになった。
また部屋で遊んで、また食べに戻ってきた。
よっぽど美味しかったのだろう。
そんな子どもを見ているのも楽しかった。
誰もがお腹いっぱいになった。
心も体も満たされていた。
外は暗くなっていた。
片づけて、ハミガキをして、寝よう。
幸せな眠りにつけるだろう。
1つだけ、気になることがあった。
肉が余りすぎていた。
私たちが1回の食事で食べた肉の量は、1パックだけだった。
「焼肉セット」という、牛肉と豚肉が入ったパックだった。
肉を追加するために、1回だけキッチンに戻った。
それだけだった。
私たちはお腹がいっぱいになってしまった。
いつも焼肉屋でもっとたくさんの肉を食べていると思っていた。
クッパや冷麺も頼んでいた。
外食をしなくなって、胃が小さくなったのかもしれない。
私たちには、1760円の「焼肉セット」1パックで十分だった。
1万円も買う必要はなかった。
残り7パックの肉が冷蔵庫で眠っている。
次の日。
私は肉を焼いた。
昼は牛タンと、豚肉の味噌漬けだ。
牛タンは私の大好物なので、2パック買った。
1パックで十分だった。
牛タンはほどよい厚みがあって、柔らかくて美味しかった。
夜。
昨日の「焼肉セット」の残りと、トモサンカクを焼いた。
トモサンカクは牛のモモの一部で、柔らかくて、子どもでも食べやすい。
焼肉屋が1歳の子どもの焼肉デビューに提案してくれた肉だ。
食べてみると本当に柔らかい。霜降りで脂がのっているけれど、見た目ほどギトギトするわけではなく、さっぱりして食べやすい。
それがスーパーで売られていた。買うしかないだろう。
子どもはよく食べた。食べやすい肉はやはりよく食べる。
昨日ほどの幸せ感はないが、それでも2日連続で焼肉を食べ続けるという経験は面白かった。
肉はまだ3パック残っていた。
3日目。
夫がお腹を壊した。
原因は明らかに肉の食べ過ぎだ。
「朝からカレーでもトンカツでも食べられる」と豪語する夫だが、2日分の焼肉には耐えられなかったようだ。
私は野菜スープを作った。
夫は白米を拒否して、野菜スープだけを飲んだ。
その夜も、私は肉を焼いた。
肉を冷凍する選択肢も、もちろんあった。
でも、せっかくの焼肉用の肉を凍らせてしまうのは、何だかもったいないような気がした。
私は腹をくくっていた。
残り3パック、すべての肉を焼いた。
ここまで来ると、肉との戦いだった。
疲れた胃腸をごまかしながら、食べる。
野菜を食べたかった。
欧米人がヴィーガンになるのは、1日に日本の1週間分の肉を食べているからだという話をツイッターで読んだ。
一理あると思った。
こうして私たちは、3日間かけて1万円分の肉を食べ切った。
「大量の肉を一度に焼いて食べる」という当初の目的は達成されたが、まさかこんなに長い戦いになるとは思わなかった。
夫はお腹を壊したが、私は背中の胃のあたりが凝り固まって痛かった。
無理はしない方がいい。
スーパーの肉は美味しかった。
牛タンやトモサンカクは間違いなくお店で食べたあの味だし、味付き肉も美味しかった。
タレは家にある普通の「エバラ焼肉のたれ」だけど、焼肉のタレはやはり焼肉のタレとして食べるのが1番美味しい。
1か月後、また無性に焼肉を食べたくなるときがやって来るだろう。
また家で焼肉をするのか、焼肉屋へ行くのか。
そのときになってみないとわからない。
ただ1つだけ、言えることがある。
焼肉は、用法用量を守って食べよう。
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