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悲しさも弾け飛ばして【読み切りSS】

「っゆ……ゆっちゃん聞いてよぉお!!」

池浦 遥菜(いけうら はるな)、現在高校一年生、華のJK真っ盛りである。勉強と部活も程よく頑張りつつ、青春をたっぷり謳歌中♡♡ ……とでも言えたらいいけれど、今は到底そんな気分じゃない。

私には中学の頃から片思いを拗らせている先輩がいる。その名を寺内 朝陽(てらうち あさひ)といい、彼は私の2つ上の学年。「朝陽」という名前に恥じない爽やかさに加え、ちょっぴりあどけなさも兼ね備えた、私からすればまさに太陽ぐらい眩しくて手が届かない人だった。

中学生の頃は遠くから彼を眺めているだけであっという間に彼ら……つまり3年生が卒業してしまい、よくも自分は1年間何もせずにいられたな……と悲しみに明け暮れ、せめて連絡先を聞けるくらいの仲になっておけば、と同時に後悔した。

そうして一方通行のままで終わると思っていた関係だったが、時間が経って少しずつその思いを忘れながらこの高校に入学したところ、なんと奇跡的な再開を果たしたのだ。入学したての4月、複数の部活を見学して回っている時にその見覚えのある姿を見つけた嬉しさと言ったらない。

こんなチャンスを逃してたまるかと、全くの素人であるというのに速攻同じテニス部への入部を決めた。少しでもいいから褒めて欲しくて、放課後家に帰ってもずっと練習に打ち込んだ。彼の周りにいる綺麗な先輩達に負けないようお洒落を勉強した。自分がこんなに根性のある人間だったなんて、恋のパワーは凄いなと我ながら感心した。

そうして迎えた高校初めての夏休み。今度こそこの恋を実らせてやろうと、過去の自分の涙を無駄にしまいと、朝練終わりに彼を呼び止めた。じんわり額に汗を滲ませていても、やっぱりこの人はかっこいい。水も滴るいい男とはこのことか。あぁ、もしOKを貰えたらどうしよう。夏祭り、一緒に行きたいな。

「先輩! あの……私、ずっと先輩が好きでした」

けれど、今思えば少し舞い上がりすぎていたのかもしれない。自分の気持ち以外、何も見えてなかった。ライバルの存在とか、もし振られた後にどんな顔をすればいいとか、何も考えてなかった。

「ごめんね池浦さん、気持ちは嬉しいんだけど」



" 実は俺さ、今付き合ってる人いるんだよね "

そうあっさり告げられ、呆気なく3年とちょっとにわたる片思いは終わりを告げたのであった。勇気を出して伝えてくれてありがとう、なのに期待してた返事が出来なくてごめんね。なんて彼の誠実な優しさすら、今の私には痛かった。綺麗な声で突きつけられる現実は、やけに残酷だ。

そんな一件があり、重い足取りを引きずって何とか自宅にたどり着くことが出来た私は、スマホ越しにこうしてかれこれ30分も親友に泣きついている訳だ。電話越しにでも向こうが返答に困っているのは充分伝わるけど、どうしても止められなかった。

相手は同じ学年の人であるということ、これからも
部活の先輩後輩でいたいとやんわり断られたこと。聖徳太子でも聞き取れない程の早口マシンガントークを文句のひとつ言わず聞いてくれた後、結杏(ゆあ)はというと、

「遥菜、ちょっと準備しといて」
「え……なに準備って」

短くそれだけ言い放って、聞き返せそうとしたところで通話は終了してしまった。昔から結杏はこういう突拍子のないことを言うよなぁと、訳が分からないまま汗を吸い込んだ体操服から普段着に着替えて待っていると、15分ほど経ったくらいで自宅のインターホンが鳴る。

「おし遥菜、出かけるよ」
「出かける? えっと……え、どこに?」

玄関の扉を開けると、彼女のお気に入りらしい淡い水色のワンピースを身にまとい、頭には麦わら帽子。そしてこれまた涼しげなデザインの自転車を連れた、夏の権化みたいな友人が目の前で「よっ」と片手をあげていた。

「まぁさ、一旦その人のことは忘れなって。まだ夏休み始まったばっかだしね」

なんとも淡々とした口ぶりだけど、この子なりに気を使ってくれているんだろうなということが分かる言葉と共に、彼女の自転車のカゴから取り出した缶のサイダーを差し出された。よく見たら、結杏の手にも同じものがある。

「まぁとりあえずこれを飲め」ということだろうか。何も言わず手元のサイダーを見つめていれば、結杏はブシュッと軽快な音を鳴らして缶のプルタブを開ける。それに続いて私もプルタブに指をかけ、一気に半分ほどサイダーを体内に流し込んだ。強烈で甘い炭酸が、喉を一気に駆け抜ける。

「うっわ、すごい飲みっぷり……」
「っあ"ー!……やばいめっちゃ喉に来る」
「いやおじさんかよ」

と、結杏が軽く口の端を吊りあげる。「うるさい」と私も釣られて笑いが漏れて、2人してある程度キャハキャハ笑ったところで、落ち着いたらまたサイダーで喉を潤わせる。失恋したばっかだっていうのに、私は何をしてるんだろう。

でも何故だか思議と、もうさっきまでの悔しさだとか嫉妬だとか、そんな感情は薄れていた。なんならずっと心の内に押し込んでいた感情を消化させることが出来て、もはや清々しい気分だ。

無数のしゅわしゅわが弾け飛ぶのと一緒に、ごちゃごちゃ混ぜの思考も全て弾けて散っていったのかもしれない。結果はどうであれ、気持ちだけでも先輩に受け止めて貰えたからかもしれない。いつも通り友達と、くだらないことで笑い合えたからかもしれない。これでやっと、改めて寺内先輩と「先輩と後輩」になれるのか。

「どうする?イオンでも行く?」
「行こ、やけ食いしよ」
「やっぱおじさんじゃんか」

「別に私は失恋した訳じゃないし」とケタケタ笑う結杏の声を背中で浴びながら、自宅の庭に回って自分も自転車を取りに行く。ロックを解除して、ひょいとサドルにまたがるまでの流れが、やけに軽やかに感じた。

ふと顔をあげた先にある空はどこまでも広がっていて、澄んだコバルトブルー。帰ってくる時はずっと俯いたままだったから気が付かなかったけど、今日は絵に描いたような夏の空だった。夏はまだ始まったばかり。それを、友達が、空が、そして甘いサイダーが教えてくれる。



こちらは以前書いたSS(別アプリでひっっそり公開中)をキャンペーンに投稿するにあたって大幅に改編したものになります🏖

書いてて自分で「こんな青春私には無いな〜」と複雑な感情になってました、私も失恋したらサイダー持ってきてくれる友達欲しいな。友達も好きな人もいないけど。

やっぱりお話書くの楽しいなあ。いつかリメイクとかじゃなくてnote用に書き下ろし?というか新しく短いお話書きたいですね。

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