石井光太が語る「路地裏に立つ女性たち」3

自己否定感から不利な状況に自ら追い込み、「助けて」と声すらあげられない状況を生む

山浦:今回の路地裏に立つ女性たちも、前回石井さんに話していただいた少年院の子どもたちも、そして高校中退しそうな子どもたちも、“抱えている困難が見えにくい”という共通の問題があります。こうした中で、当時者の多くが強い自己否定感を抱いている。リストカットなど自己破壊的行動を取ったり、売春を続けたりするなど、自分にとって不利になる状況にどんどん追い込んでいる気がします。

石井:彼女たちの多くは、人生を俯瞰して自分にとって何が得になるのか損になるのかなんて考えるような精神的な余裕を持っていません。親からの重圧によって自分の意見を言うどころか物事を考えることさえ許されてこなかった人たち、病気による心の荒波に1日に何度も襲われてそれを乗り切るだけで精一杯の人、希死念慮にとらわれて死なないでいるのがやっとの人……。外見は普通に見えても、内面にそういう問題を抱えている子はたくさんいるんです。
誤解を承知でたとえれば、彼女らはサバンナで障害を持って生まれて群れから捨てられた飢えた草食動物みたいなものです。今を生きるのに精いっぱいで、そこに選択肢なんてものは存在しない。猛獣にでくわした時にオモチャにされて食べられずに済むならオモチャになる。泥水を飲んで喉をうるおせるならそうする。そういう生き方のひとつが、売春なんです。5年、10年先のことなんて、生きているかどうかも含めて想像もできない。
そんな人たちに、社会で生きる力のある人たちが、「自分の体を大切にしなさい。2、30年後の将来を考えれば、今こんなことしていてもしょうがないでしょう。ちゃんと働きなさいよ」と言ったとして、彼女たちの心に届くと思いますか? 彼らの考える「生きる」と、彼女らの考える「生きる」はまるで違うものなんです。

山浦:そういう彼女たちの行動に対して「何で『助けて』って言わないんだ」っていう声も根強くあると思います。

石井:10代半ばで家から逃げだし、10年、20年と売春で生きてきたような女性もいます。先の草食動物の例でいえば、サバンナの厳しい環境で、誰からも助けてもらえず、猛獣のオモチャにされて痛めつけられながらも、「クーン、クーン」とかわいい声を出して愛想を振りまき、何とか殺されずに生き抜いてきたのです。そんな女性たちが抱くのは、国や親に見捨てられながら自分ひとりでサバンナを生き抜いてきたというプライドです。もっと言えば、それがアイデンティティーになっている。そういうところでしか自分というものを確立できない。
そんな彼女たちからすれば、今さら社会の側に向けて「助けて」というのは、矛盾していますよね。夜の街で生きてきたアイデンティティーを自己否定することになりかねない。なんで、ここまでやってきたのに、ずっと自分を見捨ててきた社会に対してSOSを発信しなければならないのか。それをするくらいなら、大変でも今の世界に留まる。そう考える人も多いのです。
もちろん、彼女たちの中には、もう売春の世界にいたくない、と思っている人もたくさんいますよ。しかし、その気持ちより、これまで10年、20年体を売って必死に生き抜いてきた自分の人生を否定されたくないという気持ちの方が強い。だから、社会に対してなかなか「助けて」とは言わないのです。
石井:路地裏に立つ女性に目を向けた時、理解できないって思うことが多々あるはずです。でも、それはあくまでも僕たちが自分のストーリーの中で築き上げてきた価値観で杓子定規的に見ているからなのです。彼女たちがたどってきたストーリーの側に立てば、理解できないことなんてひとつもない。彼女たちのストーリーの中ではどれも必然的なことなのです。少なくとも、僕は彼女たちの言うことで間違っていると思うことはまったくない。
でもだからといって、売春が正当化されるとは思っていません。そもそも社会で生きる力のない人たちを夜の街に追いやったのは私たちの側の責任でしょう。社会構造がそうさせたわけですから。さらに、彼女たちをそのままにしておけば、彼女たちが傷つくばかりでなく、それが犯罪をはじめとした様々な問題として我々に降りかかってくる。具体的にいえば、彼女たちが倒れて生活保護を受けるようになれば、私たちの税金の負担が増します。あるいは、彼女たちを利用して儲けている反社会勢力の力が大きくなれば社会に対する脅威になります。彼女たちが客に妊娠させられて子を産んで施設に入れれば、育てるのは社会の側です。つまり、個人の問題に留まる話ではないのです。だからこそ、売春とは関係ない人であっても、この問題について知り、考えなければならないのです。

石井光太
作家。1977年生まれ。国内外の貧困、災害、事件の現場を取材。著書に『こどもホスピスの奇跡』『格差と分断の社会地図』など多数。

聞き手/山浦彬仁
NHK制作局ディレクター。1986年生まれ。クロ現+「外国人労働者の子どもたち」「虐待後を生きる」「コロナ禍の高校生」「ルポ少年院」「さらば!高校ドロップアウト」など制作。

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