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短編小説「表があれば裏もある」
「長かったね」
「そうかな、案外早かったよ」
「そりゃ、美里は一番早かったから」
「まあね。だって面接官なんてちょろいじゃん」
「はあ。天下の商社の人事担当者が聞いたら、ひっくり返るよ」
美里は、どこから見てもお嬢様の雰囲気を漂わせ、髪は天使の輪ができるほど
美しく手入れされ、緩いカールして肩にふんわりと乗っている。肌は透き通るように白く、
繰り出される美しい言葉使いで、自分の意見はしっかりと言うが語尾が柔らかい。
「しっかりしたお嬢さん」と言う印象を与えることができるから、男たちは騙される。
まだまだ男性面接官が圧倒的に多い日本の企業の面接では、女子は有利だよな、と達也が
言った。
「俺だって騙されてたからな。美里に」
「俺も」と、翔太が言う。
「え、男子だって面接でほんとのことなんて言ってないでしょ」
「いや、俺は大体本当のこと」
「俺も」
「ほんとかなー」
「じゃあ、京香はどうなの?」
「え、私は演技苦手だから。正直に話したよ」
「へー、それでCAになれるんだ」
「盛ったのは、見た目かな。メークの勉強もしたし、髪のセットの仕方も美容院で習ったし」
「見た目はCA大事だよね」
「とにかく、みんな就職内定おめでとう!!かんぱーい」
全員がシャンパンをグイグイ飲み干す。
「で、どんなふうに面接で答えたの?」
「え、まず自己PRさ、俺アメフト部だったけど、ただの平部員だったし、レギュラーに入ったり入れなかったりだったけど、副部長やってたって言ったよ」
「へえー、で面接官の反応は?」
「おー、副部長ですか。きっと部長とは違う大変さがあったと思うのですが、って聞いてきたよ」
「で、なんて言ったの?」
「はい、副部長の役割は、部長と部員をつなぐ役割があったと思います。さらに、部長ではなく副部長の方が部員との心理的距離が近く、その分部員の考えていることを気楽に聞くことができました。それを部長に伝え、部として何ができるかを一緒に考えてきました」
「実際に何か改善したことってありますか」
「はい。部員から練習メニューが自分に合わないという相談をもらったことがありました。
確かに練習メニューは、私たちの先輩が決めたもので、今は体格も経験値もさまざまな部員が
増えたため、一定のメニューはそのままにし、あとは個別で考えて提出してもらい、顧問、
部長と私がアドバイスできる部分をアドバイスしたところ、練習に真面目に取り組んで
くれるようになり、体も強くなり故障が減りました」
「では、副部長で身についたことは・・・」
「はい、交渉力、傾聴力、大袈裟ですが人をやる気にさせる力だと思っています、って感じよ」
「へえー、そこまでよく嘘がつけるな」
「嘘じゃないよ。嘘は副部長の部分だけ。俺、役職はないけど、ちゃんと後輩の面倒は
見てたから、副部長っぽいことはしてたからさ。あとは聞かれそうな質問は、就職塾で
ガンガン教えてもらってたから、バッチリ」
「じゃあ、美里はどうなの?」
「うーん。学生時代力を入れたことはなんですかって聞かれた時、ボランテイアですって
言ったことかな」
「えー、ボランテイアどころか、アルバイトだって家庭教師しかやってなかったじゃん。
それもたった一人、デパートの社長のお嬢さんだっけ?」
「そうなのよ。でも、「うちの」商社、男子は体育会系、女子はボランテイアが受けるって、
就職塾の人のアドバイスでさ」
お嬢様はどこまでも自分のために掛けられるお金がある。有料で優良情報を手に入れ、
優良企業に入社し、将来有望な男子と結婚し、育った家と同じような家庭を築いていくのだ。
普通のサラリーマンの家庭育ちの私とは、世界が違う。
「翔太は?」翔太は、電機メーカーに内定をもらっている。
「俺?俺は、留学の話でさ。まあ英語はなんとかできるけど、中国語も簡単な会話くらいは
できるって言ったんだよね」
「確かに、第二外国語は中国語選択だったけど、アメリカで中国語勉強したの?」
「するわけないじゃん。まず英語だと思ってたからさ。中国人の友人はいたけど、二人とも
英語を磨かなきゃって英語で話してたからさ。でも、中国語できると就職は有利じゃん。
だから、つい」
「で、どうするの?バレない?」
「だから、これから勉強して、入社までにはなんとかするよ」
「まあ、みんな可愛い嘘だね」「そうだね」と、京香はうなづいた。
ここで、照明が消え、京香だけにスポットライトがあたる。
みんなは知らない。京香の裏の顔を。
アルバイトの時には、かなり濃いメークをしているから、街であっても絶対に気づかれない。
サラリーマンの父がリストラにあい、専業主婦の母はオロオロするだけで役に立たない。
学費はなんとか貯金で賄ってくれたが、仕送りができないと言い出した。
この3人の仲間と同じようにご飯を食べ、遊ぶにはお金がかかる。
たまたま渋谷で声をかけられ、怖かったが有名店であることを調べ、後日店に行き、
即採用となり、キャバ嬢になった。でも、最後まで絶対に隠し通す。
今日のおしゃれなイタリアンでのパーテイも、会費は1万円。そんなお金は安いものだと、
他の3人は思っている。おそらく私の10,000円は彼らの1,000円なのよ。
そんな独り言が終わると、パッと照明が灯った。
「もう一回、乾杯しよー」と美里が言う。
「内定おめでとう!!」
舞台の照明に照らされ、グラスの中のシャンパンの泡が弾けて消えた。
客席から大きな拍手が沸き起こった。
了