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視点 第3章 無意識

〜これまでのあらすじ〜


中堅客室乗務員の梨花は、初めて佐藤 鈴とフライトした。

クールで落ち着いている雰囲気の梨花は、後輩から敬遠されるのに、なぜか鈴がなついてくる。

フライト終わりに行ったホテルの
テイールームで見た接客で、思わぬ「学びの時間」が訪れた。


第3章

鈴が、「あっ」と、パッと突然カメラを向けられた芸能人のように、表情が一変した。


「わかりました!」

また、手を挙げている。
憎めない。

「言ってみて。多分当たってるでしょ」
「いや、勝手にハードル上げないでくださいよ」と、鈴は苦笑いをする。

「多分ですけど」
「うん」
「このカップを置いたとき」
「うん、いいね」
「取っ手が右手に来るように置いてくれた!!」

「おーそうだね。確かに私たちが右利きだと気付いていたとしたら、右側に取っ手が来るように置いてくれたのは、正解だよね」

イギリス式、アメリカ式の置き方は後で説明しよう、と梨花は決断する。

「そうか・・左利きってことも
考えられますよね」
「うん、でも私たちが入店してから、
右利きだとはっきりわかるような動作は多分してないかな。椅子も動かす必要がない位置にセットしてくれていたし、あるとしたらメニューを開くときに右手で開いたのを見ていたら、それは考えられたサービス。そのお客様に合ったサービスを実施したことになるよね」

「そこまで見ていたのか・・・」
「いや、それはわからないんだけど、
左利きの人も少数だけどいる、ってことは、私たちもミールやドリンクをお配りするときに、気をつけていないといけないことだよね」

「ちゃんと観察してなきゃ行けないって先輩方がいつもいつもおっしゃるのはそういう意味ですか・・・」

「そうなんだよね。私も新人の頃は、何を見ればいいんだ!どこまで観察すればいいんだ!って心の中で思ってたけど、結局「完全にお客様視点で、注意深く観察する」ってことを意識してれば、そのアンテナに引っかかってくるようになる。今まで気づかなかったことに気づくようになる。だから、サービス力って鍛えることができると思ってるよ。こんなところに来ると、サービスを受ける側に回れるから、自分がサービスをしている時には気づかないことに気づける。それが好きなんだよね」

「え、でも疲れませんか?仕事終わっても仕事してるみたいで」

「え、でもあなたさっき
言いましたよね?なんか、楽しいって」
「確かに。今考えてても楽しかった・・・」
「でしょ?考えることって、普通は
めんどくさいけど、自分が興味があること、好きなことを考えるのは、脳が喜ぶっていうか、楽しいんだよね。
好きな人のこと考えるのは、楽しいでしょ」

「確かに」
鈴は、ふと何かを思い出したような真顔になった。

「まあ、恋愛は仕事じゃないけど、
楽しいと思えることを、仕事にできてるって、幸せだと思わない?強制じゃないよ、って私も言ったでしょ?
もちろん、仕事とプライベートを分けるという考えもわかるし、その方がいい人はそれでもいいと思う。でも、単純に私はこれが楽しいんです」

なぜか、最後に梨花は敬語になっていた。

「ちょっと悔しいけど、なんかわかる気がします」
「まあ、無理はしないで」
「いや、そう言われると絶対に見つけたくなる」
「ああ、負けず嫌いなんだね」
「えー、なんで分かるんですか?母からもいつも言われるんです」
「負けず嫌いな人は、仕事ができる
ようになる大事な資質を備えてるってことだよ。男性にモテるかどうかは、別だけど」
「ははは」
「えーやっぱり」
「まあ、その話は置いといて。私が思った二つを言うね」
「はい」

「さっきから私たち自分の飲み物を飲んでるけど、あなたも私も、一度でもこのカップの位置をソーサー(お皿)ごと動かした?一度も動かしてないですよね。あの女性が置いていったそのままの位置で、ちょうどいい。つまりこのテーブルのどこに置いたら、私とあなたが一番飲みやすいか、を考えておいてると思うよ」

「確かに。普通の持ってきてくれる
カフェだと、少し遠かったり、少し近かったり、少し斜め横だったりして、結局自分が一番取りやすい位置に移動させてるかも」
「そこが、すごいって思ったの」

「はあ・・・私は全く無意識だった」
「無意識を意識化する」
「は?」
「いや、自分で自分によく言い聞かせてるんだけど」
「はい」

「私たちの仕事って、お客様の見えない気持ちを扱う仕事でしょ?はっきり言ってくださるお客様ならわかりやすいけど、思ってても言わないって言う人が、日本人にはまだまだ多い。

それでも、薄着の女性の方が腕組みをしていたら、「寒いのかな」と周囲も見て、二、三人そんな人たちがいれば、「寒いんだ」と判断していい。私たちは常に動いているからお客様よりも暑く感じるから、気をつけないといけないのよね」
「確かに。私たちは半袖で仕事していても、お客様からブランケット、って
言われることありますよね」
「まあ、コロナでブランケットってファーストクラスとか、ビジネスにしかなくなっちゃったけど、お客様が上の棚に上着を入れてるなら、お取りしましょうか、って聞くことはできる。暖かいお飲み物をお持ちしましょうか、っていうこともできる。そんな時に「ジュースいかがですか」って言われたら、何にもわかってない、って私は思ってしまう」

「こわっ」
「そうね。口に出して言わないけどね。気づく人は、しょうがない。職業病かな。まあ、そんな感じで、無意識を意識化すると、見えないものが見えるようになるって思ってるの」

「すごいです。勉強になります」
「本気で言ってる?」

梨花は、揶揄われ、お世辞を言われている気がした。

「本当です。今日だって梨花さんとご一緒だから、楽しみにしてたんです」
「え、私のこと知ってたの?」
「まあ、それはいいですから。次の答え教えてくださいよ」

鈴に催促されて、梨花は最後の答えを話し始めた。


続く






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