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脱年齢
最近、イモトさんのエッセイ本「よかん日和」にハマっていて、夜寝る前の楽しみになっている。
’’誰かの楽しみ’’になるような文章が、私も書けるようになりたいなあと、イモトさんのエッセイ本を読みながら思う次第である。
そんな「よかん日和」の中で、「脱年齢」というエピソードがある。
年齢は一つの参考資料であって、そこにとらわれる必要はないのだ。
同じ月齢であっても個人によって全然違う。その人間が成長して大人になっているのだから、そりゃ年齢が一緒だからって、同じくくりにするのは不自然である。
なので、37歳というのはあくまでもデータと割り切り、年齢やカテゴリーにとらわれず、生きたいものだ。
脱年齢。
この考え方が好きだなと思った。もっと言うと、この言葉に救われた気がした。
私たちは、知らず知らずのうちに、年齢によって生き方を決めがちなのかもしれない。
だいたいこのくらいの年齢になったら、就職して、結婚して、出産して、、、というように。
そして、だいたいこのくらいの年齢と言われる年齢になっても、そのステップを踏めていない私は焦っていた。
だけど、この「脱年齢」という考え方に出会って、選択肢の幅が広がった気がする。今までの自分の中にあった、思いこみから少し解放された気分。
年齢なんて一つのデータでしかない。
脱年齢をすると、自分が本当にやりたいことが見えてくる気がする。
29歳と思うと、「そろそろ結婚を視野に入れないとな・・・」とか思ってしまうけど、「25歳だったら・・・」と考えてみると、もっと違ったやりたいことが見えてくる気がする。
で、きっとそれが、本当に自分がやりたいことなんじゃなないかと。
私たちは、年齢というデータに縛られ、年齢による思いこみから、自らの可能性やチャンスを狭めてしまっているのかもしれない。
29歳であることに変わりはないんだけど、それはさほど大事な数字ではない。
身体的な老いは免れないけど、50歳でも30歳の人よりも元気に過ごしている人はいるだろうし、30歳でも大いに心身が疲弊して過ごしている人だっている。
脱年齢。
いくつになっても、楽しく過ごせる、心技体を身につけたいものですな。
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