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図書館に行きたい

図書館に行きたい。
駅を挟んで反対側にある市民図書館。
結構キレイで、勉強できる席からソファー席まであって、
気分によってお気に入りの席をいくつか決めていた。

3か月前までは、仕事が終わってから、ほとんど毎日図書館に寄った。
平日の夜は人が少ないから、お気に入りの席に座って新聞を広げる。
人の咳払い、足音、向かいのおっちゃんが新聞をめくるガサガサという音。
知らない人の気配の中で、読みたいニュースや面白いコラムに意識をとめる。

休みの日には朝からふらっと。夕方まで過ごすこともあった。
その日の気分によって、無数に本を選べる。
普段は手に取らないような専門的な本に挑戦するもよし。面白くなければ別の本に乗り換えるもよし。疲れたら雑誌コーナーでファッション誌や「東京ウォーカー」をめくるもよし。
いくらでも楽しめ、お金がかからなくて充実した気分になる、これ以上ない娯楽だった。

かなり昔に思える今年3月、少しまとまった勉強をする必要があった。
いつもなら図書館で席を取って、開館時間に集中して勉強していたけれど、あいにくコロナで臨時休館。
「まあしょうがないか」、そう思ったわたしは、家での勉強に切り替えた。
場所を変えないとメリハリがつかないと思っていたけど、家でも結構集中できた。
それはわたしにとって意外な発見で、嬉しいことでもあった。

最寄りの図書館が休館になって3か月。
この期間、ほとんど図書館のことが意識に上ることはなかったけれど、最近になってふと日常が恋しくなる。

図書館のない日常にもそれなりに順応してきた。
新聞はデジタルに登録して、スマホやパソコンでいつでも読めるようになった。
休日の一日一読を始めて、読書量は増えた。
図書館という場がなくても集中できる自分を知った。
むしろざわざわとした図書館ではなく、しんとした自宅で過ごす方が贅沢にも思えた。

でもやっぱり、あの空間が恋しい。
いろんな人がいろんな生活の中で、それぞれの目的で集まる。
ある人は本を借りるために、ある人は勉強するために、ある人はただ時間を過ごすために。
隣の人がうるさかったりお気に入りの席が空いていなかったり、人がいることでストレスも感じながら、マイペースに過ごす。

ただ数か月行かなくても、空いていないのでも、わたしにとっては同じはずだ。
でも、電気もつかず人もいない、がらんとした図書館を想像すると格別に寂しい。

いろんな業種に自粛要請が出されるよりも早く、図書館は休館になった。
確かに図書館が開いていなくても、生活できないわけじゃない。
けれど日常から離れた時間を振り返ると、わたしの中で大事なつながりを一つ、失ってしまったような気持ちになる。
またあの贅沢な時間を過ごしたい。

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