永代和盛の囲碁人生 Vol.29(中学二年①・三谷少年)
この時期からは記憶が曖昧なので、細かい時系列は気にせずに大まかに書いていきます。
てっちゃん
この頃に小学六年生の三谷哲也少年(現プロ七段)が幕張囲碁研修センターへ入寮してきました。
三谷少年のあだ名は「てっちゃん」です。
永代少年にとって初めての後輩です。しかも日本人の寮生と一緒に住むのは初めてでした。あれ?幕張って日本だよね?(笑)
(他の寮生はロシア、ルーマニア、フランス、台湾など)
てっちゃんは群馬県出身。
院生に入った当時は趙治勲門下の内弟子だったのですが、色々とおっちょこちょいなところがあり…(笑)
院生手合は千葉県にある幕張囲碁研修センターで行われます。その院生手合のある日のこと。同じ千葉県の土気駅にある趙先生の家まで帰るのですが、いつもの時間を過ぎても帰ってこなかったそうです。
家族総出で探して心配したそうですが、てっちゃんは連絡もなく夜遅くに帰宅。話を聞くと目的地を乗り越して延々と遠くまで行ったとか。そのときはきちんと帰ってこれたので良かったですが、先生達は本当に心配したことでしょう。しかし、当時はまだ小学なのでこれくらいのことはありえなくはないですよね。この頃は携帯電話なんて普及していませんでしたから。囲碁の修行は小さいうちからするので、弟子を取るというのは本当に大変なことを感じさせてくれます。
結局、てっちゃんは院生手合を行う幕張研修センターの寮に住むということで落ち着きました。これなら安心ですね。
二歳後輩のてっちゃんは真面目で綺麗好き。食前、食後や外から帰ってきたときには手洗いを欠かしませんでした。「アライグマのてっちゃん」と呼ばれるくらいです(笑)
しかし、当時は綺麗好きだと思ったけど今になって考えれば普通か…(笑)
動きはマイペースでゆっくりでした。
集合時間にはいつもギリギリか遅刻をしていた記憶があります。
しかし、その後は…。
囲碁はリーグ入りを果たすほど強い。
背も高く、筋肉質でスタイルは抜群。
オシャレにも気を遣っている。
銀座で女性教室なんかも経験あって・・・。
囲碁指導も熱心。
そして、結婚してパパに。
こんなに立派な好青年になるとは…(笑)
最後に
現在、三谷くんは病気と戦っています。私は何も力にはなれませんが、完治することを心から願っています。Twitterで明るく振る舞ってくれているので、そもそも完治するものと信じております。
院生寮経験者でともに修行をしたものとして、三谷くんという囲碁棋士を尊敬するものとして。
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