永代和盛の囲碁人生 Vol.23 (番外編・お金について 4)
神奈川での生活
一軒家を借りて、一階は子供囲碁道場。
二階は事務所兼、居住スペース。
ここに竹清勇さん(現四段)、永代を含む合計四人で寝泊まりしていた。(さすがに中島美絵子さん(現二段)はいません)
私は事務所スペースに敷布団を敷いて寝ていた。他の3人は和室だ。
今、流行りのシェアハウスのようなものだった。12年前からこれをやっていたのだ。流行りの最先端を行きすぎている(笑)
起業したばかりのころは当然、赤字だった。
みんなで出し合った出資金が毎月、どんどんと減っていく。さらに、給料は出ていないので私の貯金はみるみる減っていく。
さらに増資をしてみたりもした。
今、考えると悲惨な状況だが大きな囲碁普及をする、囲碁会社を大きくするという夢だけはあった。それを心の支えに頑張っていた。
毎年の状況
一年目は上記な感じ。
二年目は会社がトントン。
私の貯金は減るばかり。
三年目は会社がちょっと黒字。
給料は月に一人五万円。
貯金が減るのを食い止める程度。
5万円で生活というと笑われそうだが(笑)
四年目の途中くらいでこれではさすがに・・・ということで独立した。
その後、ほどなくして奥さんになる人と一緒に。
囲碁会社を起業し始めたころは仕事のために仕事をしていたような気がする。
みんなで興した会社の資産も増やしていかないといけないし、自分の貯金もすり減るばかり。
今、思えば恐怖感にあと押しされながら仕事をしていたような気がする。
夫婦で独立
こういう状態は辞めて、新たに永代囲碁塾株式会社を設立して夫婦で独立したわけだ。
これでかなりの恐怖感からは解放された。
共同会社のことは考えなくてもいいし(永代囲碁塾株式会社があるとはいえ自営業のようなもの)、夫婦で仕事をやっていれば全てが自分達の収入だ。
仕事に強制感がなくなり、囲碁が持つ本来の魅力を楽しめるようにもなってきた。楽しみながら仕事をしていると、自然に仕事も増えてきて収入が増えた。
お金とはイキイキしているところにやってくるんだなと思った。
イキイキとしていなくても、圧倒的な実力があればお金は寄ってくるかもしれない。
しかし、圧倒的な実力を持ち、さらにイキイキとやっていればさらに爆発するんだろうなと。
どちらにしてもイキイキと輝いて仕事をするのが大事なのだ。
そのうち、囲碁の指導は仕事という感覚がなくなってきた。
楽しいことをやっていたらお金をもらってしまってる感じだ。
特に不満もない楽しい生活なので、仕事あとに飲み歩くこともない。
(長崎時代には飲み歩いた時期もあった)
仕事して寝る→仕事して寝る→というような生活を夫婦揃ってしていた。
フリーランスとしては仕事があることは有り難いかぎりだ。
感謝しながら、生徒さんにもっと楽しんでもらおうと思ったらさらに仕事は増える。
仕事はそういうものなのだなと思った。
好きなことをやって、幅を広げる
当然、お金も貯まる。
そのお金で永代塾囲碁サロンもオープンできた。
囲碁で稼いだお金で囲碁サロンをオープンできてこれ以上の喜びはない。
周りの皆様が楽しんでくれるおかげで仕事ができて、自分も楽しい。
とても生産性の高い仕事をしているなと感じた。
分野は違えど、祖母が人生を懸けて社会福祉を頑張っていた感覚はこんな感じなんだろうなと体感した。
注意点
ただ、楽しく指導しているだけで仕事が増えているということではないことは付け加えておく。
夫婦で同じ教材の講座を実際に何回もやる。
帰り道にお互いにダメ出しをする。
次回に改善するように試す。
帰っても教材作りを一緒にしたり、生徒の状態に合わせた指導方法の確認をしたり。
他教室の生徒でも情報共有をしておいたら、何かあったときにピンチヒッターで指導に行ってもスムーズに指導ができたりもする。
永代夫婦のどちらかに仕事を頼めば、夫婦でフォローしてもらえるのだ。
これらのことは本当にハードなことだとは思う。
仕事が楽しくなければ継続できないだろう。
あとはそれなりの覚悟。
自分自身では当たり前のことだと思っていたが、意外にこれができる人は少ないことに最近は気付いた。
仕事が楽しくない人にはとてもつらく感じるはず。
とは言ってもどこの世界に行っても継続するということは大変なことだ。
好きなことでないと耐えられないよね。
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