永代和盛の囲碁人生 Vol.22 (番外編・お金について 3)
株式投資
そこでお金も貯まってきたことだし、株式投資を始めた。
当初は経済を勉強してみようという軽い気持ちだった。
損をしても勉強代だ!ということで。
実際に体験するほうが勉強になると思った。
ちょうどこのころは小泉総理の長期政権でミニバブルの時期だった。
私は株式投資の初心者であるにもかかわらずに資金がすごい勢いで増え始めた。
月給10万5千円の男が、1日でそれくらい稼ぐこともざらにあった。
縁あって未公開株にも投資した。
結果的にはそれも成功。
仕事を辞めてもこれで十分にやっていけるのではないかと思ったりもした。
しかし、その後すぐにライブドアショックなどで資金は激減。
当たり前のことだが全ては勘違いだったことに気付く。
今までうまくいっていた投資仲間も急にギスギスし始める。
私自身はもとが膨らんでいた分が減ってきているだけだったので、特にお金が減ってもそこまで気にしていなかった。
この部分のお金には手をつけないという決まりを持っていたので、最低限のお金は確保していた。心に余裕があったのだ。
しかし、多額の貯金を突っ込んだり、退職金を突っ込んだりした人達もたくさんいる。
そうなると大問題だ。もともとあったものがなくなっていくのだから。
ここには書けないくらいの金銭バトルも間近で見てきたし、多少は巻き込まれたりもした。
お金というものは本当に恐ろしいなと思った。
人を変えてしまう。
お金を重視した人生を送っているといつもこのような事態になるリスクが潜んでいることを感じた。
子供囲碁塾を運営していてボチボチと感じ始めていたとは思う。
それがのちにお金をもらうということがどんなことかというのを真剣に考えるきっかけになっている。(これはあとから振り返ったときの材料の話。当時はまだモヤモヤとしていた程度。)
株式投資の結果
結局のところ、株式投資の最終結果については自分が働いて貯めた給料分だけが残った。調子に乗って周りにご馳走して回った分くらいはプラスかなとは思うが、ここで大きな資金投入は辞めた。
儲けたはずのお金は何も残らなかった。
あの大フィーバーの余韻はもう跡形もなく消え去っている。
寂しさと虚しさだけが残っていく。
労せずして儲けたお金は中身のないあぶく銭だということを理解した。
社長になる覚悟
これを教訓として今度は「あぶく銭ではないお金を作ろう」。
そう思ったらこれまでの株式投資ではなくて、自分で起業して株式会社を立ち上げて投資してもらう立場になろう。
そうすれば全てが自分の為のお金であり、意味がある。
自分の中ではあぶく銭ではなくなる。
ここで覚悟を決めた。
ちょうどその時期にワタミの社長の特集を見た。彼は自分で25歳までに社長になると決めたらしい。そうするために逆算して仕事に励んだ。実際にそれが奏功して、上場企業の代表まで登り詰めた。何だかよく分からないけど真似してみるかと思った。
ここで自分も25歳までに社長になると決めた。
しかし、これは心の中だけで留めておいた。
なぜなら25歳で株式会社の社長になるには実家の仕事を辞めないといけないからだ。(実家は社会福祉法人なので社長にはなれない)
もうこの時期には自分の会社勤めとの相性の悪さは十分に分かっていた。
このままいけば将来は安泰だろう。
社会福祉は世の中にとても大事なものだからそう簡単にはなくならない。
そのうち、施設長になって田舎では多いほうの給料になる。
実家の大元には神社もあるし、田舎は家賃など物価も安いし、食いっぱぐれることはないだろう。
しかし、自分に会社勤めは続かないと確信していた。
基本的に小学六年から自由に生きてきた人間と相性が良いわけがない。
自分に合わない仕事をしながらの安泰なんて、精神が持たないと思った。
もし、精神を持たせるためには思考停止するしかなかった。
頭の回転を意図的に止めるのだ。実際にしばらくの間はそういう状態になっていたと思う。頭の回転がどんどんと遅くなっていくのを実感していく…。
その現実を実感し続けていたら将来がすごく怖くなった。
やっぱり無理だと思った。
さらなる覚悟
自分を守るためにも「近いうち」に辞めるという、さらに覚悟を決めた。
この覚悟を話すと両親は悲しむだろう。
でも、これは自分の人生だ。両親としては息子の精神的な自立が仇になったかもしれない。このまま跡継ぎとして仕事をしてくれると思っていたに違いないからだ。
ここから起業をすることになるのだが、急にお金との距離が縮まっていき、お金の考え方が少しずつ固まっていった。
起業はやっぱり囲碁だった。
竹清勇さん(現四段)にちょうど声をかけてもらって、中島美絵子さん(現二段)と共同出資をして囲碁会社を設立した。それに合わせて神奈川県横浜市へ引っ越して子供囲碁塾とアクリル碁盤の販売を始めた。(ここの詳細はのちほど)
囲碁が誰よりも好きだとは思っていないが、まぁまぁ好きだ。
そして、何よりも囲碁は得意だ。
だから、他のことで一から起業するよりはマシだと思った。
囲碁でどうしても起業したいということではなかったが、自分には囲碁を越えるほど好きなものはないし、囲碁を越えるほど得意なものもなかった。
囲碁で勝負する流れは必然だっただろう。
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