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🍀「だれかを赦せないきみへの手紙」

愛するきみへ

赦せないんだね。
その人を。
きみに幾多の苦しみを負わした、その人をどうしても赦せないって気持ち。
赦せないばかりか、その人を心の底から憎んでしまう自分がいる。
そんな気持ちがきみ自身を苦しめてしまって。
きみは今、その胸を痛めているんだろうね。
そして、果てしなく逃れられない、罠から抜けられない世界でひとり苦しんでいるんだね。

それはそうだよ。
その苦しみを与えた人は、きみの苦しみなんてこれっぽっちも受けちゃいない。
結局、きみだけが苦しんで今も抜けられないままでいるんだから。

そんな理不尽なことって、この世界で許されるのかな?
毎日、きみはうすほのかな光を探して、放浪しているんだろうね。

光は見えてくるかい?
今は目隠しをして、前に手を広げて、おぼつかない足取りで進むしかない。

そして、去来する過去の苦しみと、その人に対する恨みの気持ちと、恨む自分の姿にきみは苦しみ続けているのかもしれないね。

ここでね、ぼくはある人の話をしようと思う。

その人は、小さなころに両親が離婚をして、まだ4歳にもならないのに、母親から家長としてがんばれと言われ続けたんだそうだ。
がんばらないとって思った、その人は妹を守ってずいぶん頑張ったよ。

でも、その人が9歳の時に母親は、子どもである彼らを棄てて、失踪したんだ。
棄てられたその人は、誰にも助けを求めず妹を守ってひと月半、頑張ったそうだよ。

母親が戻ってもひどいことがいくつも続いた。
それでも、その人は母と妹を守ろうとしたし、10歳で一家心中を決意させられたりまでしたそうなんだ。

中学生になったら、今度は母親の再婚相手から殴る蹴るの乱暴を毎日受け続けた。
誰に救いを求めることもできず、きっと辛かっただろうと思う。

大学に入って、両親が破産して、大学を辞めたその人はすっかりダメになった、自分を苦しめた続けた両親のために7年間も昼夜働き通したというんだ。

先の見えない世界からやっと抜け出せた、その人はやっと家族から離れて逃れることができた。
それからはずっと1人でがんばって生きてきたんだね。
でも、時が経つにつれて、その人の心のなかに言い知れぬ怒りと、心の傷が去来するようになった。
絶対に過去を認めず、謝罪しない母親に、その人は憎悪を感じ続けた。

自分だけがどうして、こんな目に遭ったのだろう?
自分がどうしてこんなに傷ついたのに、あの人たちは笑って暮らせるのだろうか?

きっと、その人の胸のうちは解決し得ない矛盾に憎悪の炎が燃えさかっていたことだろうと思う。

ボクにはその人の心が全てはわからないけれど、きっと、そんな感じだったんじゃないかなって思う。

その人はね、ある仕事で聖書を調べなければならなくなった。
興味のない聖書のページにその人の目にある一節が飛び込んできた。
キリストが十字架に磔になって、ユダヤ人やローマ人によって処刑されようとしているとき、キリストが叫んだ言葉が記されてあったんだね。

「父よ、彼らを赦したまえ。彼らはいま何をしているのかを知らないのです」

その人は偶然見つけた、その一節を読み返しながら、涙が止まらなかったそうだよ。

ボクが何を言いたいのかわかるかな?

きみにひどいことをした人を赦せない気持ち。
それは、当たり前だと思う。
でもね、彼らは自分が何をしているのか、分かっているようで分かっていなかったんだ。

わかっていなかったから、それを平気でひどいことをしてしまった。
だからこそ赦してしまうことができるんだよ。

彼らが自分のしたことを知った時、彼らはだれに赦してもらえるだろうか。
誰も彼らの罪を赦すことはできない。

そのとき、彼らは何をしているのか知らなかったんだ。

だけど、きみには赦せることができる。
それは一つの愛の力だ。
そして、きみはきみ自身をも愛することができる。

そして、うすほのかな光を求めて、目隠しでおぼつかない足で歩む世界ともさようなら出来るのさ。

そうだった。
聖書の一説に涙した、その人はどうしただろう。
その人は何十年と帰らなかった実家を訪ねて、かつて、自分をひどい目に遭わせた両親に握手を求めたんだそうだ。

その人はどういう気持ちでいるのかな?
きっと、幸せでいるんじゃないかと思う。
憎むより愛する方がどれほど幸福か。

さあ、次はきみの番だよ。

きっと、光はすぐそこにさしているよ。

きっと、すべての幸いの光に満ちた青空が君の目の前に広がるから……

心から愛するきみへ

💐

拙著『ひとりで悩んでいる あなたへの手紙』より

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