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映画とトイガン:「マグナムブーム到来!その②ハリーの44マグナムへの憧れ」


 『ダーティハリー』が日本で公開された1972年、トイガンファンはハリー・キャラハン刑事が持つ「44マグナム」、つまりS&W M29の6.5インチモデルを求めた。
 しかし、この時点で44マグナムのモデルガンは製品化されていなかったので、その望みは叶わなかった。
 
 ところが、すでにマグナム拳銃をモデルガン化していたモデルガンメーカーが存在した。
モデルガンメーカーとしては老舗であったMGCだ。
 MGCは早くからS&W M19 357コンバットマグナムをモデル化しており、2.5インチ、4インチ、6インチのラインアップだった。
 このうち、6インチモデルが、比較的ハリーが持つ、M29の6.5インチと類似していたので、ファンはこれを44マグナムの代用品として、MGCの357コンバットマグナムの6インチを買い求めることになった。MGCも商魂たくましく、パッケージの外蓋のイラストを『ダーティーハリー』のハリー・キャラハン風のものにして、売り出したのだ。

ハリーの44マグナムに似ているということから
よく売れたという伝説を持つMGCのコンバットマグナム
パッケージはクリント・イーストウッドが演じた、
ハリー・キャラハン刑事を模したイラストをしつらえて、
『ダーティーハリー』と関連づけようとされていた。

 そのころ44マグナムと呼ばれたM29とM19を比べてみれば、それほど似ているわけではない。M29のフレームの大きさが大型のNフレームに比べてM19のKフレームはひと回り小さく華奢だった。
 よく見ると銃身なども細く、44マグナムに比べると弱々しい印象は否めなかった。
 それでも44マグナムがないのならと、ファンは357コンバットマグナムで、渇きを癒していたのだ。

 同じく1972年、マグナムブームを下支えするもう一つのモデルが発売された。
 同じくMGCのABS樹脂製モデルガン第二弾となるハイウェイパトロールマン41マグナムである。

大ヒット商品となったハイウェイパトロールマン
マニアの間では略してハイパトと呼ばれている。
わが国発売されたプラスチック製モデルガンの黎明期の製品で、プラスチック樹脂の場合、黒色でも合法であった。

 当時、1971年の銃刀法改正で、金属製モデルガンは銃口から銃身、つまり銃腔を完全に金属で閉鎖して、銃把を除く全体を黄色か白で塗装しなければならなかった。モデルガン業界は金色で対処していたが、ファンの間からは黒いモデルガンを求める声は絶えなかった。 その要望に応えるため、MGCはABS樹脂による黒色のモデルガンを開発し、発売していたのである。 ハイウェイパトロールマン41マグナムはS&W M27の3.5インチモデルを原型として、41マグナム弾を使用する拳銃という独自の架空モデルであった。 モデルとなった、M27は357マグナム弾を使用するリボルバー(回転式拳銃)だったが、44マグナムのM29と同じ大型のNフレーム仕様でボリューム感があった。 もしも、この時点で6インチモデルも発売していたなら、ダーティーハリーの44マグナムとよく似た形状だから売れたであろうが、3.5インチ銃身のモデルしか発売されなかった。 それでも、これは空前の大ヒット商品となった。 黒い色で銃口が空いている、そして、使いやすさと手頃さ、遊びやすさが人気の要因だが、その利便性がテレビ業界でも注目され、ダーティーハリー以降、日本でも人気を博し始めた刑事ドラマでのステージガンとして繁盛に使用されるようになった。 日本のテレビの刑事ドラマの刑事も犯人もマグナム拳銃を使うという奇妙な現象まで起こることになったのである。

 そして、2年後の1974年、『ダーティーハリー』の続編、『ダーティーハリー2』が日本で公開されることになる。
 この作品では前作に引き続き、サンフランシスコの治安の維持と法をめぐる主題は引き継がれた。しかし、前作の44マグナムが世界に与えた影響を意識してか、拳銃と銃撃戦の露出度がさらにアップル結果となった。
 ハリーの今回の敵は法で裁ききれない悪党を、無法に射殺してゆく白バイ警官グループで、この警察の仮面を被ったテロリストが手にしていた拳銃がコルトパイソン357マグナムでだった。

 ハリーの44マグナムは、今度は同じアメリカ合衆国のコルト社製のマグナム拳銃と対峙することになったのである。

(マグナムブーム到来その③へ続く)

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