『ルパン三世』『イングロリアス・バスターズ』、ワルサーP38をめぐる反逆とファシズムの映画表象
『ルパン三世』『イングロリアス・バスターズ』、ワルサーP38をめぐる反逆とファシズムの映画表象
1、日本で最も有名な拳銃-ワルサーP38
有名なドイツの軍用拳銃、ワルサーP38。
日本ではルパン三世の愛銃として有名で人気がある一丁。
どこの国の拳銃で、どのような形をしているのかについて知る人は少なくとも、日本ではその名を知らない人も少ないワルサーP38。
日本ではワルサーP38といえば多くの人が男女問わず(それはアニメや映画に興味のない人まで)一度は聞いたことがると答える。特に40代後半から60代の人たちにはその傾向があるようだ。
1971年から放映が始まった、TVアニメーション「ルパン三世」の第1シリーズのエンディング主題歌で「ワルサーP38 この手の中に」にというフレーズが人びとに強い印象を残した結果だろう。
「ルパン三世」第一シリーズでワルサーP38が印象的だったのは、第11話『7番目の橋が落ちるとき』だろう。
モーターボートに牽引される桟橋の木板を水上スキーの様に乗りこなしながら、手錠をかけられたままのルパンがワルサーP38のスライドを口でくわえて引き下げ弾丸を装填し、ライフルでルパンを仕留めようとするモーターボート上の敵にゆっくり照準を合わせて狙撃して倒すシーン。
実にクールなシーンだった。もっとも口でくわえてスライドを引き下げて弾丸を装填するなど現実には無理なのではあるが……。
クラシカルなメルゼデスSSKを愛車にしているルパンは、ヨーロッパを起源にしているとはいえ、フランスではなくドイツにこだわりがあるという点もまた興味深い。
ドラマの主人公とその持ち物である拳銃がこれほど結びついて知られている例は少ない。
007シリーズのジェイムズ・ボンドが使用している愛銃がワルサーPPKだと知っている人はよっぽどの映画ファンか、あるいは007シリーズを書いた原作者イアン・フレミングの熱烈なファンくらいだろう。
スパイであるジェイムズ・ボンドが小型の拳銃、ワルサーPPKを持っているという設定は如何にも合理的で説得力がある。対する怪盗ルパン三世が大型拳銃のワルサーP38を持っているという点は興味深い。
無骨で重く大きい軍用拳銃のワルサーP38を華奢でいつも軽装のルパンが胸元に潜ませているというのは実用的な面からは決してマッチしているとは言えない。しかし、そんなルパンとワルサーP38のミスマッチさが逆にルパンの怪盗としての大胆さとルパン特有の楽観性や自由気質を表しているとも言えるだろう。
しかし、どうしてワルサーP38というモデルがルパンの愛銃として設定されたのだろうか。この点いついて、ワルサーP38という拳銃の成り立ち、それが映像作品でどの様に表象されたのかいついて検討し、その上でなぜルパンはワルサーP38を愛銃とするのか-という問題について考えてみたい。
2、ワルサーP38
ワルサーというのは英語読みで、ヴァルター(Walther)が正式な名称である。Pはドイツ語のPistole(拳銃)を表し、38は1938年の末尾をとったものだ。これは1938年にドイツ陸軍によって制式軍用拳銃として採用されたためである。
制式採用となってP38の名称が与えられるまで、ワルサーHPという名称だった。HPとはHeerespistoleの略号で陸軍拳銃の意味である。終戦間際の1945年まで生産され続けた。
戦後、西ドイツで再建されたワルサー社によって再設計され再生産されたのが通称ワルサーP38Ⅱと呼ばれるモデルで、こちらは西ドイツ連邦軍に採用されてワルサーP1の名称が与えられた。
第一次世界大戦後のドイツは軍の増強や兵器開発に関して、戦勝国側からベルサイユ条約によって厳しい制約が課せられていた。このために大型の軍用拳銃の開発や保有は認められなかった。
ワルサー社は第一次世界大戦終戦の11年後の1929年に国産の7.65mm口径の中型警察用拳銃、ワルサーPPモデルを開発製造し、これはドイツの一般警察(Ordnungspolizei)で使用されることになる。さらに、このワルサーPPを小型化した刑事警察(Kriminalporizei)用の拳銃、ワルサーPPKが登場する。(これが後のジェイムズ・ボンドの愛銃となる)ところが、これらの拳銃は後、ワルサーP38が登場するまで、大型で口径の大きい拳銃ではなかった。これはベルサイユ条約によって制限されていたためである。
1933年、ドイツはヒトラー率いるナチス党が政権を握り、戦後民主主義を堅持していたワイマール共和国時代は終わり、第三帝国の時代となる。ベルサイユ条約を屈辱であると国民に説いていたヒトラーは公然と禁止されていたドイツ軍の再軍備にとりかかる。
ワルサー社は1934年に先の中型警察用拳銃ワルサーPPモデルを大型化したワルサーMPを開発する。翌年の1935年には、さらに本格的な軍用拳銃ワルサーAPを続けて開発する。
しかし、これらの試作品はドイツ軍で制式採用には至っていない。
1936年にヒトラーは国内外に向けて再軍備を宣言、翌年の1937年にワルサー社はワルサーHPを発表し、これが翌年の1938年に正式採用となりワルサーP38となったのである。その翌年の1939年にナチスドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まったのである。
いずれにしてもワルサーP38という拳銃は第三帝国(ナチス・ドイツ)の時代に生まれ、第二次世界大戦直前に制式採用され、第二次世界大戦集結に伴う第三帝国の崩壊まで運命をともにした拳銃であった。
第三帝国が消滅してもワルサーP38は道具として残され西ドイツで復活することになる。
常にファシズムと共にあって戦後も軍隊という組織と無縁ではなかったワルサーP38が自由人ルパンの愛銃であるというポイントは興味深いところだ。
ルパンが絶えず敵としてきたのは警察だとか軍隊であるとか、国家であるとか、あるいは犯罪組織であるとか、とにかく統率された組織でありワルサーP38の様な拳銃が属するに相応しい世界はむしろルパンが敵とする側にこそある。
そうなればワルサーP38という全体主義の産物という存在に矛盾が生じる。
これはどういうことだろうか。
3、ナチスの象徴としてのワルサーP38
ワルサーP38が第三帝国、すなわちナチスの産物であるという点を抑えたが、それではここで、いくつかの映像作品の中からワルサーP38がどのように表象されているかを検討してみたい。
ここでは2本の作品に絞って考察してみよう。2009年のクエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』と1971年のドン・シーゲル監督の『ダーティハリー』である。
①『イングロリアス・バスターズ』(2009年)
クエンティン・タランティーノ監督の戦争映画『イングロリアス・バスターズ』にはドイツ軍が登場する。この映画では意図的にドイツ軍はすべて「ナチス」と定義づけられているという設定であり、ナチをより多く殺害することが連合軍が放った特殊部隊「バスターズ」の任務である。
この映画のドイツ兵が登場するシーンにで拳銃が登場するのは3回である。
1、最初に登場するのはハンス・ランダ親衛隊大佐が、フランス人農夫の家に匿われているユダヤ人を捜索するシーン。
2、フランスの地下酒場でのバスターズとドイツ兵たちの銃撃戦シーン。
3、映画館でユダヤ人女性シュシャナに撃たれたツォラー二等兵が反撃して拳銃を撃つシーン。
4、バスターズの隊長、アルドの武装解除に応じてハンス・ランダ親衛隊大佐が拳銃を差し出すシーン。
1、でランダ親衛隊大佐が使っている拳銃はワルサーP38である。彼は捜索を逃れて走って逃亡するシュシャナの背後にワルサーP38で狙いを定めるが、撃たずに戯れに逃す。ナチスが敵として規定したユダヤ人に向けられる拳銃はワルサーP38である。
2、では実際に銃撃戦となる。バスターズのメンバー、その協力者はドイツ軍の軍人に変装して潜入することもある。ドイツの親衛隊大尉に変装したイギリス軍将校、アーチー・ヒコックス中尉がゲシュタポのヘルシュトローム親衛隊少佐と対峙する場面がある。
酒場のテーブルの下でこの2人が拳銃を向けあうのだが、このとき、ヘルシュトロームが使っているのがワルサーP38である。対するヒコックス中尉が使うのはワルサーPPKモデルだ。ヒコックスを補佐するバスターズのシュティーグリッツがテーブル下でシュトロームに向ける拳銃もワルサーPPKモデルである。
ヘルシュトロームはこのシーンでヒコックスに次のようなセリフを言い放つ。
ヘルシュトローム:
今の音が聞こえたかね? わたしのワルサーの音だよ。そいつはお前のタマにまっすぐ狙いを定めているぞ。
対するヒコックスはヘルシュトローム言い返す。
ヒコックス:
わたしはあなたの卵(睾丸)に狙いを定めたピストルを、あなたがここに座った瞬間から握っているんだがね。
ご覧のとおり、ヘルシュトロームはセリフでわざわざピストルを「ワルサー」と言っている。対するヒコックスは単に「ピストル」と言っているのである。
テーブルの下ではワルサーPPKとワルサーP38がお互いに向き合っており、射撃寸前の状態になる。
この2丁の拳銃には深遠な意味が隠されている。
先に述べた通り、ワルサーPPモデルはナチス政権になる以前のドイツ、つまり民主主義国家としてのワイマール共和国時代に生まれた拳銃で、ナチス時代の産物ではない。ヒコックスがテーブル下で構えているワルサーPPモデルの派生モデルであるワルサーPPKも同様だ。 対するヘルシュトロームのワルサーP38はナチス時代に生まれ、ヒトラーの戦争のために準備された存在なのである。
自由主義陣営イギリスのヒコックスが、民主主義国家、ワイマール共和国の象徴としてのワルサーPPKを持ち、ナチスドイツの国家秘密警察の将校であるヘルシュトロームが第三帝国の象徴としてのワルサーP38を持つ。
この二つの拳銃の対峙は、明らかにデモクラシーVSファシズム(ナチズム)の戦争の様相を表象しているわけである。実に巧みに計算されたショットだ。
3、のユダヤ人、シュシャナを銃撃するツォラー二等兵が使っている銃はワルサーP38ではなく、ルガーP08だ。ワルサーP38より前の1908年に制式採用された、ワイマール共和国以前のドイツ帝国時代の軍用拳銃だ。
ツォラーは国防軍(陸軍)の兵隊であり、ランダやヘルシュトロームのようなナチ親衛隊に所属する軍人ではない。 それに最後までツォラーはシュシャナがユダヤ人であるという正体を知らないので、(この映画において)ツォラーが使用する拳銃は、ナチズムによって動かされる反ユダヤ主義に基づいた武器、つまり、ワルサーP38である必要がない。いや、そうであれば仕組まれた設定はたちまち瓦解してしまうのである。
ランダのユダヤ人(シュシャナ)を狙ったワルサーP38、ヘルシュトロームの大英帝国(ヒコックス中尉)を狙ったワルサーP38は共にナチスの政治目標の達成のための武力である。ところがツォラーのルガーP08の銃撃は単に個人の恋愛問題に関わるものであり、そこに政治的な意味は一切持たないのでる。
そして、ここで重要なのはシュシャナがツォラーのルガーP08によって射殺されたという事実である。最初にシュシャナが拳銃で狙われたのは映画冒頭でのランダ親衛隊大佐のワルサーP38であった。つまり、シュシャナはユダヤ人としてのナチスへの抵抗という戦いのなかで決してワルサーP38(第三帝国あるいはナチズム)に殺されたのではないということでなのだ。これもかなり綿密に計算されたシークエンスと考えられる。
もう一つは、タランティーノの映画史的な視点もそこにある。タランティーノが『イングロリアス・バスターズ』で目指したものが、ハリウッドの戦争映画やイタリア製戦争映画「マカロニ・コンバット」へのオマージュであったことから、恣意的に親衛隊と国防軍を分けて考えていた可能性がある。
往年のハリウッド戦争映画やマカロニ・コンバットは同じ敵でもドイツ国防軍を良識のある通常軍隊、ナチス親衛隊を冷酷な極悪の軍隊として描くことを常としていたこと(これ歴史的にも現実的にも解釈としては誤りである)へのタランティーノの一流のアイロニーともとれる。
いずれにせよ、タランティーノはランダ親衛隊大佐と、ヘルシュトローム親衛隊少佐にナチス時代の産物であるワルサーP38を持たせることで、これを第三帝国とナチズムの武力の象徴としたわけだである。
②『ダーティハリー』(1971年)
ワルサーP38が印象的に登場する映画がもう一つある。ドン・シーゲル監督の『ダーティハリー』だ。
サンフランシスコで無差別に人を殺して、身代金を市に要求するシリアルキラー、スコルピオ。それと対決するサンフランシスコ警察のハリー・キャラハン刑事の物語である。
スコルピオは銃を使った犯行を劇中で5回行なう。第一と第二の犯行はライフルでの狙撃による殺害。第三の犯行ではハリーたちと短機関銃を使った銃撃戦。第四の犯行は拳銃によるバスジャックである。
最初の犯行で使用される狙撃用ライフルは、スーツケースに収まる組み立て式のもので、アメリカでは「アリサカライフル」と呼ばれる二式テラ小銃である。
二式テラ小銃は1942年に日本軍で制式採用された落下傘部隊用の組み立て式ライフルで、日本軍の歩兵用の九九式短小銃を前後分割できるようにしたものである。これを民間型銃床に組み替えた銃をスコルピオは使用している。
第三の犯行で使われる短機関銃はエルマヴェルケMP40型短機関銃で、第二次世界大戦中ドイツ軍が広く使用したサブマシンガンだ。
日本やアメリカでは「シュマイザー」という愛称で呼ばれていた歩兵用短機関銃である。
最後の犯行で、スコルピオが酒屋の店主から奪って犯行に使う銃がワルサーP38である。
つまり、スコルピオが犯行に使用する武器は全て第二次世界大戦中に使用されていた枢軸国側(ナチスドイツと大日本帝国)のものであり、言ってみればヴィンテージ品ばかりになる。
この小道具の使い方は劇中にはなんの説明もないが、明らかに恣意的である。
なぜなら、その後の「ダーティハリーシリーズ」で登場する犯人の凶器となる銃は、アメリカ製のピストルか、ギャングが使う機関銃もアメリカ軍のトンプソン型サブマシンガン、またはイスラエルのUZIサブマシンガンで、日本やドイツの戦時中の武器は一度も登場していない。
スコルピオが二式テラ小銃を使うのは組み立て式で隠して携行するのが良いという利便性もある。
しかし、ナチスドイツ時代のエルマヴェルケMP40型短機関銃などはアメリカでも入手が難しいだろうし、アメリカの犯罪映画に登場する機関銃といえば、戦時中のM3A1型、M1A1型、あるいは映画『マシンガン・パニック・笑う警官』(1973年)や『サブウェイパニック』(1974年)に登場した当時最新のS&W社のM78型短機関銃になる方が自然である。
最後に登場するワルサーP38型拳銃も然りである。
ここにおいて、スコルピオはアメリカの武器を使用することは許されないのである。
なぜなら、スコルピオはアメリカ合衆国が過去に対峙したデモクラシーの敵としてのファシズムのアレゴリーだからだ。
そして、ハリーがスコルピオに対抗する武器は彼のトレードマークであるS&Wのモデル29大型拳銃であり、レミントンの大型ライフルだ。
S&Wもレミントンも西部開拓時代からのアメリカを代表する銃器メーカーである。
つまり、ハリーはデモクラシーを象徴する武器(暴力)の担い手であり、スコルピオはファシズムを象徴する武器(暴力)の担い手ということになるのだ。しかもスコルピオは黒人を殺すことに執着している人種主義者(レイシスト)でもあり、ナチズムの人種主義も底流にある。
ハリーとスコルピオの銃撃戦は一対一となる。砂利採掘場で逃亡しながら、スコルピオはワルサーP38でハリーを狙うが当たらない。対するハリーはS&Wモデル29で応戦する。
ここではっきりしてくるのは、ワルサーP38がファシズムやナチズムの象徴的な存在であり、それに対抗している拳銃がアメリカのそれであるということだ。
『ダーティハリー』が公開された1971年という時期は、ヴェトナム戦争への失敗がすでに露呈しており、アメリカがデモクラシーでもって、世界秩序を護る盾であるという神話が崩壊しつつある過程でもあった。
ハリーのS&Wモデル29(アメリカ)がスコルピオのワルサーP38(ナチスドイツ)と秩序を賭けて戦うという図式は明らかにアメリカにとっての栄光、第二次世界大戦の記憶の暗喩なのである。
こうした暗喩が表れた同時期の作品にフランス映画『フリックストーリー』(1975年・ジャック・ドレー監督)がある。凶悪犯エミールが犯行に使う拳銃が、ここでもワルサーP38であって、対する刑事が使用する拳銃はフランスの国産拳銃である。『フリックストーリー』にも「フランスVSナチスドイツ」の第二次世界大戦の影が、拳銃同士の対峙のなかに見出すことができるのだ。
他に戦争映画でワルサーP38が印象的だったのは1975年の英米合作映画『暁の七人』(ルイス・ギルバート監督)だ。
チェコ総督だったラインハルト・ハイドリヒ(ホロコーストを主導した親衛隊SSの保安部SDの最高幹部)を暗殺したチェコ人コマンドのヤンとヨゼフが親衛隊によって教会地下室に追い詰められる。それぞれが持つワルサーP38を手にして同時に装填、お互いに抱き合って相手の後頭部を撃ち抜いて自決する悲劇のラストシーンがある。
ハイドリヒ暗殺に従事したこのチェコ人の若者二人が最後を遂げるのに使用した拳銃が、彼らが抵抗する敵、ファシズムの担い手であるナチスドイツが生んだワルサーP38であったことは何とも皮肉だった。
ナチスドイツに対するレジスタンスである、ヤンとヨゼフがワルサーP38で自決するというこのシーンにもやはり深遠な意味がある。
彼らは自決という方法をとったけれども、ワルサーP38、つまりナチスドイツ、第三帝国によって射殺されたのだ。
4、ルパンにはなぜワルサーP38が似合うのか
ワルサーP38を使っている映画ヒーローは他にもいる。
アメリカの人気テレビシリーズだった『0011ナポレオン・ソロ』でロバート・ヴォーンが演じた国際秘密警察組織uncleのエージェント、ナオレオン・ソロだ。
ここでもスパイには似つかわしくないこの大型拳銃が使用されていて、しかもオプショナル・パーツを使って狙撃銃にもなるというものだった。しかし、ソロはワルサーP38に執着しているわけでもなく、そのモデルは他のモーゼル拳銃に姿を変えることもある。
先にも述べたが映画としてのリアリズムを追求するならば、ジェイムズ・ボンドのようなスパイはワルサーPPKの様な小型の拳銃を使用する方が合理的である。
ボンドは原作ではワルサーPPKを支給される以前はより小型の22口径のベレッタを使用していたくらいだ。
隠密行動が必須とされるルパンやソロが、威力重視で大きさや重量にはこだわることのない大型軍用拳銃を使用することは不合理ではある。
しかしながら、ワルサーP38という拳銃が持つキャラクター性を考えるなら、その設定にもある意味を持たせることは可能かもしれない。
ワルサーP38は第三帝国(ナチスドイツ)の時代に生まれた拳銃である。それはヒトラーを首班とするナチス党のドイツ国家社会主義、つまりナチズムを背負った存在であったことは、先述の『イングロリアス・バスターズ』での表象を見れば明らかである。
しかし、戦時を描いた映画では完全にナチスドイツと同化する存在であっても、『ダーティハリー』や『フリックストーリー』という1970年代の戦後の「現代」を描く作品では暗喩としての第三帝国であっても、直接同化しているわけではない。
ならば、戦後におけるワルサーP38の第三帝国としての残照以外の姿とはなんであろうか。
それはワルサーP38の成り立ちを考えれば答えが出てきそうだ。
ドイツ帝国は第一次世界大戦の敗戦によってワイマール共和国という民主国家となった。その新生ドイツ、ワイマール共和国に経済、軍事などに対して、戦勝国が強大な権力をもって課したのがベルサイユ条約である。
ドイツが二度と戦争を起せない状況を作るために、軍備を制限し、巨額の賠償金を義務として課し、ドイツの国力を最低限に抑制しようとする戦勝国の意図があった。
この第一次世界大戦後の世界新秩序のいうレジームのなかでドイツ国民のベルサイユ体制への蔚積した不満と抵抗の心理を反ユダヤ主義と反共産主義に結びつけて第三帝国を造ったのがヒトラーとナチスであった。
この戦後レジームとしての世界秩序「ベルサイユ体制」に反逆した大きな象徴が、1936年のドイツの再軍備宣言であった。
ワルサーP38はその最中に起草されて生まれた拳銃であった。
第二次世界大戦直前の1938年、すなわち、ナチスドイツが1936年にベルリンオリンピックを開催し、1938年に隣国オーストリアを併合し、その後、第一次世界大戦後以来の失地であったチェコのズデーテンラントを取り戻し、チェコ全土を侵略して手に入れる時代。ナチスドイツの隆盛の頂点であった、その時代にワルサーP38は生まれた。
それはベルサイユ体制という権力的抑制に対する抵抗であったのだ。
やがてその銃口は第三帝国の政治目的達成のために狙いを定めることになる。第二次世界大戦で、ハンス・ランダ親衛隊大佐のようにユダヤ人を殺戮し、ヘルシュトローム親衛隊少佐のように敵国イギリスを銃撃することになる。
しかし、ワルサーP38の第三帝国(ナチスドイツ)の象徴という顔のほかに、秩序に対する反逆というキャラクターもワルサーP38はもっている。ベルサイユ体制という第一次世界大戦後の欧州戦後レジームに争う武力としてのキャラクターである。
第二次世界大戦後、映画においてワルサーP38はこの二つの性格を持って登場するようになる。
戦争を描いた映画ではナチスドイツの象徴としての存在であり、現代を舞台にした映画ではそれぞれの国家、共同体における法秩序に抗う武力としての性質である。
後者では凶悪犯、法の名の下に構築されている秩序を、ワルサーP38を使って犯罪という手法で抵抗する、スコルピオやエミールのような存在である。スコルピオもエミールも公然と国家や警察司法といった権力に対して反逆を行う。
ルパン三世はこの後者に属する存在だ。
ワルサーP38という拳銃は第三帝国の象徴としても、あるいは犯罪者の凶器であるとしても、抵抗者としての性質が常ぬ付き纏うわけである。それはその出生という起源に起因しているわけだ。
ワルサーP38は既存の秩序に対する抵抗者なのである。
銭形警部が捜査指揮をするインターポールという世界司法権力に堂々と反抗して、華麗な盗みという犯罪で権力をあざ笑う「反逆者」ルパン三世。
そのルパンの反権力としての「力」と「性格」とパラレルに存在する武器は、秩序の番人たちが使用するジェイムズ・ボンドのワルサーPPKでもなく、ハリー・キャラハン刑事のS&Wモデル29であるはずがない。
それは第三帝国という忌まわしき歴史のなかで不遇に生まれた殺人者としての影をまとう秩序に対する反逆者ワルサーP38以外にはないだろう。
ワルサーP38。
ドイツが産んだこの歴史的にもいわくのある拳銃は、反権力と自由謳歌というカウンターカルチャーとしていまも存在している。
そして、ルパン三世というキャラクターと共演を果たすことによって、それはより明白な存在になったのではないかと考えるのである。
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