脱毛記11
「はい、終わりました。続いて、Iの方に行きますね」
「分かりました」と私は答えた。V字軍は第1次攻撃によって殲滅された模様である。すがすがしさとともに、どことなく寂しさも覚えるのは、生物としての本能だろうか。防御されていたものが丸裸になるというのは、自分で望んだこととはいえ、それはそれで頼りないものである。
これまでの人生で何かを積極的に手放すことはほとんど無かった。ミニマリズムに目覚めて以来、できるだけ物を持たないように心がけてはいたが、それでも金銭の支払いと引き換えに、自分が生来持っていたものを放棄することは初めてである。せいぜい、親知らずの抜歯くらいなものだが、こちらはほとんど病気の治療である。そもそも、保険が効いたので、懐もほとんど痛まなかった。
長年にわたって、あまりにモノ溜め込みすぎたため自分では手がつけられず、専門の業者に掃除を依頼する人もいるようだが、私のやっていることも、それと似たようなものかもしれない。
さて、続いての攻撃目標は、天守閣周辺のI軍である。こちらで懸念されるのが、玉(ぎょくと読んで欲しい)周辺である。人体の中でも急所中の急所である二つの玉を守る、いわば近衛兵とでもいうべき存在である。その硬さと弾力性は、ほかの部分の毛とはレベルが違う。ちょっと引っ張ったくらいではびくともしない。まさに、「王城の守護者」とでも言うべき存在である。
カミソリ軍も、V字軍の攻撃にあわせて、何度か近衛軍を撃退しようとしたことがあった。しかし、彼らの必殺の剣も、近衛軍の前では児戯に等しく、せいぜい先端部分を申し訳程度に攻略して、戦果とするしかなかった。また、天守閣周辺は非常に足場が悪く、また、玉体を損なう恐れがあるため、全面的な侵攻作戦が難しいという事情もあった。まさに、難攻不落である。
病院からは、完全に処理してきてほしい旨の通達がなされていたが、ほとんど院宣みたいなもので、その効力は疑わしかった。とりあえず、アリバイ作り的に一押し二押ししたところで引き上げた。
その中途半端な状態を見て、看護師はやれやれという風に首を振ると、カミソリを取り出し、せっせと近衛軍の処理に取りかかった。金のためなら何でもするぜと言わんばかりのその面構えは、さしずめ中世スイスの傭兵集団か、現代フランスの外国人部隊といった面持ちである。(付言すると、私の目には重りが載せられているので、外の様子はうかがい知れない。看護師の表情以下は、全て私の心象風景である)
いかに熟練の腕があっても、強固な防御力を誇る城である。果たして、うまくいくのか、と危ぶむ思いもあった。だが、そこはプロである。天守閣をつまみ上げると、一本ずつぞりぞりと近衛兵を殲滅していった。哀れ、天守閣はあっちに引っ張られ、こっちに戻され、頼りなく看護師の手の中をいったり来たりするだけである。ものの5分もしないうちに、すっかり丸裸にされてしまった。
返す刀で傭兵は、玉体の処理に取りかかる。こちらは天守以上に攻撃することが難しい。言うなれば、御所である。玉体に不測の事態が起こることだけは、何としても避けなければならない。それでも看護師は、全く躊躇することなく、玉体の周りのガーディアンに勝負を挑み、あっという間に右玉を壊滅させた。玉体をうまく逃がしつつ、その表面の部隊を引っ張ることで一体ずつ削り取っていったのである。同様の方法で左玉(左翼)も瞬殺された。
あれほどの精強を誇った近衛軍も、プロの傭兵の前には張り子の虎と同様であった。何しろ、こちらは反撃ができないのだから始末に負えない。なお、この攻防戦の間でも、我が天守は大人しく恭順の意を示していたことを付け加えておく。
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