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散財記⑩ ニューバランスM1500
色々なモノを買ってきた。「一生モノ」と思って買ったモノもあれば、衝動買いしたモノもある。そんな愛すべきモノたちを紹介する散財記。10回目は、ニューバランスM1500だ。
ニューバランスの人気もすっかり定着した感がある。街を歩いていても、電車に乗ってみても、Nマークがよく目に入る。大体、電車だと1両につき少なくとも3〜4人は履いているだろうか。昔は、あのでかいNマークがダサく感じて苦手だったが、今では絶妙なダサさといなたい感じがたまらなくなっているのだから、人の好みというのはわからない。かえってナイキのスウッシュの方がキメ過ぎな感じがして、手が出にくくなっている。カッチョ良いんだけど、あれは若者に任せておけば良い。
ニューバランス(NB)との付き合いは意外と新しい。といっても、かれこれ15年ほど昔にさかのぼる。20歳代の頃は15年もさかのぼってしまうと、小学生か幼稚園生かという時代だったが、今では15年なんてほんのちょっと前の感覚だ。なんなら、高校時代から3年くらいしか過ぎていないように感じる。成長曲線が全く上昇していない。もしかしたら、ずっと下降を続けているのかもしれない。「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」の冒頭のエレベーターのように。
高校生だった頃、GLAYの「HOWEVER」が人気だった。何が「しかしながら」なのかがさっぱり分からないまま、カラオケで熱唱していた。当時の彼らはYOSHIKIのプロデュースで、ビジュアル系と呼ばれていた。もう死語なのだろうか。今では男性も女性も全体的にビジュアルのレベルが上がっているので、ビジュアル「系」では無くなっているのかもしれない。
スニーカー界隈でも、ナイキが一強で、リーボックとアディダスが続く、みたいな感じだった。あくまでT県のダサダサ高校生に限っての話だが、NBを好んで履いているヤツは居なかった。お母さんが靴流通センターとかのワゴンセールで買ってくる、限りなく運動靴に近い存在。それがNBだった。10代の思春期ボーイにとって、あのどでかいリフレクターの「N」は、部活を連想させ、積極的に手が出しづらかった。
そんな私がNBのすばらしさに目覚めたのは、20歳代後半。N県でのお勤めを終え、東京に転勤になった頃のことだ。自意識は頂点に達しており、今思い出しても、ずいぶんと粋がっていた時期であった。ああ、恥ずかしい。そして、ほほえましい。とはいえ、あの頃、買ったモノの多くが現役であると考えると、モノへの先行投資には成功したと言えるかもしれない。お金はちっとも増えなかったけれど。今も。
最初に買ったのは、M576のバーガンディーだ。履き心地に感動して、ずっと履いていた。オフロード用ということもあって、ありとあらゆる所に履いていった。あまりに履きすぎて、加水分解前にかかと部分がボロボロになってしまった。今なら修理して使うのだが、その時はそのままありがとうしてしまった。(※我が家では、モノを捨てることを「ありがとう」と表現する。捨てる時に「ありがとう」と言うことが語源である。
M576は気に入り過ぎて、オールホワイトのモデルも買った。これもボロボロになるまで履き、引っ越しの際にありがとうした。無理に捨てなくても良かったかなあと今は思う。ま、考えても仕方ないのだが。
その次に買ったのが、M1400のモスグリーン。あまり、カラーの靴は履かないのだが、この色にはしっかり一目惚れした。新宿・伊勢丹メンズ館でベルトも一緒に新調した。ホワイトハウスコックスのメッシュベルトだ。これは、ヨーロッパで紛失してしまった。恐らく、ホテルでパッキングを直した際に転がり出たのに気づかなかったのだと思われる。惜しいことをした。ホワイトハウスコックスも廃業してしまったし、色々と残念過ぎる。思い出すと辛いことばかりだ。
M1400もヘビロテした。スニーカーはこの1足しか持っていなかったので、ほとんど毎週末に履いていた気がする。当時の写真を見ると、足元には必ずM1400が写っている。そのくらい気に入っていたのだが、こちらも廃盤になってしまった。
なんで良いモノはどんどんと無くなってしまうのか不思議でならない。そういうことをされると、欲しいモノを見つけた瞬間に買わなければならないくなる。
ただ、NBは高価である。「3万、4万喜んで!」みたいなバブリーな方で無いと、おいそれと手が出せない。そうこうしているうちに、欲しかったモデルは売り切れるか、廃盤になるかしてしまう。世の中、ままならないものである。
ミニマリスト界隈では、欲しいモノがあってもいったんノートに書き出すなどして自分の中で寝かせた上で買うと物欲が抑えられるし、出費も減るのだ、みたいなことが言われている。それは全くその通りだし、衝動買いに苦しんできた身としては、この "Operation Leave" は極めて有効なのだが、それはそのモノが買いたい時にいつでも買えるという前提の上に成り立っている。M1400みたいに廃盤にされるとあっという間に前提が崩れてしまう。
やはり、本当に欲しいモノは、「欲即買」が正解なのかもしれない。ネットで商品レビューを見ながら、「買おうかな、買うのよそうかな」みたいに悶々としている時間も好きなんだけどね。実は、その時間が一番楽しくて、買ったモノが届いたら、そんなにうれしくなかったみたいなこともあるので、買い物は難しい。
そういう20代、30代を経て、現在、冒頭のM1500と990v5の2足のNBを所有している。990は長期の出張に行くときには必ず履いていく1足。インソールと靴紐を好みのモノに変えており、どれだけ歩いても全く疲れない。長期のヨーロッパ出張があったのだが、結局、2か月近い出張を毎日NBで過ごしてしまった。ちなみに、プライベートはほとんどルナサンダルで行動していた。人間は他者の目が無くなると、いかに快適な生活を求めるのかが分かる。スーツに革靴なんて格好は、他人の目が無くなったら、全く意味を持たないのである。
その出張の帰り道、ポーランドのジェシュフという国境の街で宿泊した。小さいながら、極めて気持ちの良い街だった。ポーランド。良いよね。ホテルの近くに城跡があって、せっせとジョギングをしていた。
そんな生活の中、散歩がてらに立ち寄ったショッピングモールで出会ったのが、上記のM1500である。メイド・イン・イングランドで、レザー製。アッパーは切り返しが多用されており、一癖あるデザインが好きな自分の心にズドンと来た。2か月間、来る日も来る日もグレーの990を履いていたこともあって、パッチワークで構成されたアッパーは新鮮だった。
欲しい!
心の中の悪魔がむくりと起き上がった。2か月近く、何も買わずに過ごしてきただけあって、その欲望は強烈だった。
しかし、しかしである。なんでポーランドくんだりまで来て、スニーカーを買わなければならないのか。しかも、同じNBである。考えてみろ。靴1足で旅に出て、なぜ帰国時に靴が倍に増えているのか。その場でしか買えないお土産ならいざ知らず、NBだぜ? 日本でも買えるよ。
私は渾身の力で起き上がろうとする悪魔を寝かしつけて、そそくさとその場を後にした。だが、宿に帰っても、ビールを飲んでも、思い出すのは、棚に陳列されたM1500の雄姿である。ちょっと調べてみると、どうやらヨーロッパだけで流通しているようで、日本では買えないモデルらしい。
日本では買えない……。真偽不明の情報ではあるが、当時の自分をぐらつかせるには十分なパンチであった。
よし、買おう――。
そう決めてからは早かった。翌朝、簡単な朝食を済ませると、早速、ショッピングセンターに向かった。お目当ての靴は、昨日と同じ場所にあった。良かった。
しかし、ここで私は大いなる悩みに直面するのであった。隣にM1300があったのである。
M1300。NB好きからすると、神のような1足である。かのラルフ・ローレン御大をして、「まるで雲の上を歩いているようだ」と言わしめたとされる名靴中の名靴だ。「名靴」なんて言葉があるのか分からないか、間違いなく、M1300はそれである。
現在はレギュラーラインとしては販売されておらず、何年かに一度復刻されるだけ。発売されたら一瞬で完売するモンスター商品でもある。エアマックス95イエローグラデが東の横綱だとするならば、西の横綱は間違いなくM1300だろう。異論は認める。
通常であれば、迷わずM1300を選ぶシチュエーションなのだが、今回は色が微妙だった。パステル系のピンクとグリーンのパッチワークで、ちょっと使いづらそうだったのである。対するM1500は、同じパッチワークながら茶と焦げ茶、それに黒という鉄板の組み合わせだった。
どうしようかなあと思って、しばらく沈思黙考していたら、若い店員が "Hey, Yo! What are you lokking at?" みたいな感じで話しかけてきた。もちろん、英語である。ブレイキングバッドのジェシー・ピンクマンみたいな感じだが、初老のアジア人に対してポーランド語で話しかけても仕方無いだろうくらいの思いやりはあるらしい。
”Actually, I'm not sure if I prefer this shoe or that one. May I try them? "
と、こちらはウォルター・ホワイトを意識して返答する。
余談だが、ブレイキングバッドの登場人物の8割はスキンヘッドである。良くてボウズという感じ。もちろん、我らがウォルター・”ハイゼンベルグ”・ホワイト先生もスキンヘッドである。当時、ウォルターが好きすぎて思い立って坊主頭にして出社したら、9割の女性から大不評だった上に、上司から「セルフ懲罰か」と突っ込まれた思い出がある。やはり、スキンヘッドが許されるのは、メキシカン・マフィア界隈か高校野球界隈だけなのだ。
さて、そんな訳で試着して、鏡の前でためつすがめつしてみた結果、やはり初志貫徹で、M1500を購入することにした。値段は、……いくらだったかな? ズウォティという謎の単位だったので、さっぱり覚えていない。今よりもマシだが、当時も1㌦150円くらいのレートだったので、やたら高くついた覚えがある。ポーランドではクラクフやアウシュビッツを訪ねたのだが、どこも物価高だった。昔は日本円が最強だったが、今では全然である。
ジェシー(と勝手に呼ぶことにした)に、
"I've decided to buy this one."
と伝えると、
”Cool !! This is perfect!"
なんてことを言って、サムアップしてくれた。社交辞令なのかもしれないけれど、フランクな感じでそう言われると、何となくうれしくなる。一気にポーランドが好きになった。
国際親善とか2国間の友好とか、その手のものは、こういうちょっとした会話から生まれるものだ。我が国もインバウンドの方が多く来て、ちょっとめんどくさいなあと思うこともあるが、できるだけ親切に対応しようと思う。できるだけね。A.M.A.P
そんな思い出込みで買ったM1500だが、確かにジェシーが言うだけのことはあり、すこぶる快適な履き心地である。いつも履いているサイズよりもハーフサイズ大きいモノしか無かったのだが、M990と比べてシュッとしたフォルムのためかドンピシャだった。こういうことがあるから、実店舗での買い物はやめられない。
買ってからもう2年が経つ。この間に、300回くらいは履いている。ほぼ、2日に1度の割合である。走る時や休日はルナサンダルなので、日常のほとんどをこの2足で回していることになる。革靴もジョン・ロブやらオールデンやらJ.M.ウエストンやらグッチやら色々履いてきたのだが、最終的には快適さという要素に落ち着いた。
その手の靴は若い頃に履いてきたから、これからは自分が一番気持ちよい靴を履いて歩いて行こう。
オシャレは我慢ではない。年齢を重ねて分かったことの一つである。