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散財記⑨ パタゴニア フーディニ・ジャケット

色々なモノを買ってきた。「一生モノ」と思って買ったモノもあれば、衝動買いしたモノもある。そんな愛すべきモノたちを紹介する散財記。9回目は、パタゴニアのフーディニ・ジャケットだ。

初老を迎えてから、服選びの傾向が変わってきた。

20代、30代の頃は、とにかく背伸びをしていた。
英国紳士に憧れて、色々なモノを買い漁った。

靴はジョン・ロブ、コートはアクアスキュータム(しかも、キングスゲートではなく、ウエストモーランドという変化球)、ジャケットはバブアー……。今覚えば、可愛らしい限りである。お財布にちっとも可愛く無いのだが、その時は買い漁ったモノを身につけて、一人で悦に入っていた。

お手本は「カサブランカ」のハンフリー・ボガート。「君の瞳に乾杯」ってヤツである。原文は、“Here's looking at you, kid.“  名訳というか、超訳である。ほとんど原型がない。

個人的には、夏目漱石の「月が綺麗ですね」に匹敵する名文句だと思うが、使い古されすぎて、もはやジョークにしか聞こえないのが残念である。ちなみに、ボガート演じるリックはアメリカ人。全然イギリス紳士ではないのだが、当時はあまり細かいことは気にしなかった。かっこよければなんだって良いのである。

そんなスタイルも、初老を超えるとだんだんとキツくなってきた。英国モノって確かに良いのだが、カッチリしている分、肩が凝る。アクアスキュータムもバブアーも寒い上に重い。さらに手入れが面倒と来ている。

若い頃は「オシャレは我慢だ!」をスローガンに掲げ、日々重たいアウターを着てえっちらおっちらと過ごしていたが、この歳になるとしんどいものはただひたすらしんどいだけである。ピチッとシャツを着て、スーツを着て、ネクタイを締めて、革靴を履いて、コートを着て、マフラーを巻いて、どっしりとしたダレスバッグを持って……なんてやってられなくなってしまった。

変わって1軍に昇格したのが、軽くて、丈夫で、手入れが不要というモノたちである。巨大な恐竜が滅んで、小さな哺乳類が生物の主役に躍り出たみたいに、鉄工業が廃れて、IT業が世界経済の主力に躍り出たように、我がワードローブでは軽くて着るのが楽という服が主役の座についたのである。霧のロンドンから、陽光降り注ぐアメリカ西海岸に引っ越したみたいに、着るモノが一気に変わってしまった。サーフィン・USA! 

その中でも、ずっとスタメンでいるモノたちがいくつかある。パタゴニアのフーディニもその一つだ。

最初に買ったのは、札幌市のパタゴニアの路面店だった。モスグリーンでサイズはXS。かれこれ10年以上昔である。長男も長女も3歳とか1歳とか可愛い盛りだった。今も可愛いが、可愛さの質が大きく変容している。当時は、チワワとか豆柴の可愛さだったが、今ではインド象とかマンドリルの可愛さである。ある意味可愛いし、餌をあげたりしてみたいけれど、特段、散歩に連れ出したくはないというところかな。思えば遠くに来たものである。フーディニはそんな時代から着ているが、いまだにバリバリ現役である。その頑丈さがわかるだろう。

現行タイプと違って、胸のロゴはプリントだったために剥がれてしまっているが、他の部分は何の問題もなく使えている。ジョギングからサッカーからボルダリングから旅行まで、日常のありとあらゆる場面で着用している。夏場も日差しを避けるために着用しているくらいなので、年間300日は着ていると言って良いだろう。それでもって、全く悪くならない。一体どんな素材でできているのだろうか。とても信じられない。撥水やら防水やらの機能は無いが、小雨程度ならどうってことはない。実に便利なのだ。

フーディニの良いところはパッカブル仕様である点だ。本体の適当な一部をつまんで、そこから胸ポケットにギュギュッと詰め込んでいくと、小さな楕円形様の物体になる。これをバッグにポイっと放り込んでおけば、何かあった時にさっと取り出して使えるという仕組みである。実に良く考えられている。詰め込む際も、特に何も気にせずにワシャワシャと丸めていくだけで良い。

「丁寧に生きる」とか「無駄を省く」とか「ロハス」とかいった思想も大好物だが、日々の暮らしの中で本当に役に立つのは、服を丸めてバッグに突っ込むとか、Tシャツは洗ってあるモノの中で手に触れたものをかぶるとか、その手のテキトーに生きる知恵なのかもしれない。楽をしたいというのは人間の究極の欲求のような気がする。

便利すぎて、10年後に2着目を買った。色はオレンジを選択した。吉祥寺のLブレスで1万円ポッキリの大セール価格だった。安い。丁度XSがあったので飛びついた。パタゴニア製品はサイズ選びが難しく、小さめサイズがあったら、迷わず買っておくのが吉なのだが、案の定、吉であった。明るい色は気分が上がる。日々のジョギングが、また少し楽しくなった。

さらに良いことは、修理もできるという点である。破れたり、ジッパーが壊れたりしたら、パタゴニアの店に持って行けば直してくれるらしい。らしいというのは、前述の通り頑丈すぎて、10年経っても全く壊れないからなのだが、壊れたら持ち込んでみようと思う。

もっと言えば、破れたフーディニにダクトテープを貼ってそのまま着ている人もいるようだ。そういう雑な使い方が似合う服でもある。ここまで行くと、服というよりも道具(ギア)に近い。

問題なのは、便利すぎて他のアウターの出番がほとんどなくなってしまったということである。東京なら冬場でも、薄手のニットセーターの上に羽織れば、11月半ばくらいまでは対応できてしまう。色々、資本を投下したにも関わらず、結局、フーディニしか着ていない。最初からわかっていれば、無駄遣いをしないで済んだのだが。

服選びも人生と同じで、失敗を繰り返さないと答えには辿り着けないのだ。

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