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えぇそうですよ、寂しいですよ。

昨日から特殊講義を受けている。

難しい。めちゃくちゃ難しいうえに、フルで英語。昨日からだけど毎日脳が焼き切れるのではないか思うくらいフル回転してるし、なんなら今日も理解できたわけではない。難しかった。

今日はバレンタインらしい。

高校生の頃は大学生のバレンタインはもっとこう、いい感じにロマンのあるものだと思っていたものの、冷静に3回生が終わろうとしている頃には「大学生のバレンタインは春休み」であることをしみじみと感じるまでに至り、なんならこれを書いている電車の隣の隣の隣の席ではカップルがいちゃつきながら座っている。

なんなん、なn、なんなんやもう。許してくれ。

彼女だとかパートナーだとか、もう割とどうでもいい。受容されたい。ただそれだけが勝つ。街行く幸せそうなカップルを見て微笑ましいと思っていた時間はさっきの公共いちゃつきカップルによって終わった。

愛されてえ!切迫した孤独感が襲ってくる。咳をしても雪が降ってもそれを笑い飛ばしてくれる人がいないことがこうも心苦しくなるとは。

昔は一人でも独りでもさして苦しくなかったのに、今となっては孤独は際立つし誰かと過ごしたいし、何かを話したい。

昨日最高に美しい文芸誌が届いた。日本で初めての百合文芸誌らしい「零合」という文芸誌。

百合を百合であると解釈することを読者に委ねる美しさがたまらないうえに、恐ろしいほど見事な愛が紡がれる一冊で、とりあえず2編だけ読んでそっと本を閉じた。これ以上読んだら夜が明けるのが間違いなかったから。

昔付き合ってくれていた人のことをふと思い出した。百合が好きで、最初で最後の旅行に行った車の中で、自分が少し前に読んだ最高に美しい小説のことを話すのを適当な相槌で聞いてくれていた。思えばあの頃から中途半端な距離があったのかもしれない。もう今どうこう言ったところで仕方はないのだけれど。

自分が嬉しそうに話をするのを、さも興味なさげに聞いてくれるくらいの関係の人と会いたい。有象無象よりもほんの少し自分に関心があればもっと嬉しい。大事にしたいと思えるような人はここしばらく現れない。

ときめきだとか、電流だとか、比喩的なものを纏う人は案外どこにもいない。

髪を染めて、切って、当社比ではあるけど中々悪くない見た目になった自信はある。

多分、それでもこうして自分が寂しいと思えること、そしてその寂しさを言語化できていないと内省するようなことをしているから、アホになりきれないただ拗らせただけの寂しそうな、寂しい人のままあり続けているのかもしれない。

煌めく恋愛をフィクションで摂取しすぎたのか、どうにも自分の落差を感じて仕方がない。

何をどうすればいいんでしょうかね。出会い系アプリは大体詐欺か営業。真実の愛なんぞ無い。どこを探しても見当たらない。落としてしまったのであれば見つかるだろうけれども、落とした自覚も持っていた覚えもない。

せめて誰かに承認されたい。心が折れそうだ。拗れるくらいなら折れてくれた方がまだ修正が効くだろうに。

いい感じに落ちている。落ち着いたら創作でもしようかしら。昔こうして卑屈だったときに書く文章がやけに人気だった。懐かしい。あの時書いていた同人誌はもう開けない。開くのが怖い。

そしてこの記事も明日になればどうして書いたのだと落ち込むに違いない。

明日の自分よ、これ読んで昨日よりマシだと笑い飛ばしてくれ。少しだけ今日より元気であってくれ。

それとすまん、さっき寒いし腹減ったから同期とラーメン食ったわ。むくんでるけど許してくれ。じゃあな。

それではまた明日。

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