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サイモン&ガーファンクル セントラル・パーク



サイモン&ガーファンクルのニューヨーク
セントラル・パークコンサート
1981年に行われたこのライブの模様はDVDとして永く販売されている
これ迄わたしも何度見たかわからない

このライブは「明日にかける橋」の世界的ヒットのあと袂を分つことになったサイモン&ガーファンクルの再結成コンサートとなったものだ

中学高校の頃からわたしのギターのアイドルだったポールサイモン

今ならどんなことをしてでもセントラル・パークにライブに参加しただろう
当時はいまのようにインターネットでのライブ開催情報もなく、おそらく唯一の情報源はラジオあるいは音楽雑誌しかなかった
行われて暫くしてから開催を知ってがっかりしたことを記憶している

当時といえば、就職した頃の年代だった
学生の時と異なりラジオも聴かなくなるし音楽雑誌も買わなくなっていた
ライブ開催も知らなかったし
まして、ニューヨークまで聴きに行くなんてのは勤め始めの頃の私には経済的にも時間的にも不可能だったろう

ただ、この2人の再結成はとても難しそうだという情報はさまざまなソースから持っていた
サイモン&ガーファンクルそれぞれがソロ活動を始めたときが私の中学から高校の頃なのでソロアルバムはサイモンのものもガーファンクルのものも両方所持していた
二人の活動にはそれぞれ注目していた
そのぶん、再結成などはあり得ない事だろうとしか思えなかった

しかも、この2人のミュージシャンの解散理由はおそらく「明日にかける橋」がグラミー賞を取ったにも関わらず楽曲が評価されたというより表現者のアートガーファンクルが評価されてしまったという嫉妬と
ライブより俳優業を重視するガーファンクルの姿勢に同調できなかったポールサイモンの側からの不満であったと言われている
事実、セントラル・パークのライブの企画段階ではポールサイモンはソロでやりたいと言っているし
どんな打合せがあったのか知らないけれど、2人は殆ど目を合わせることなくライブが進んでいく

さらに悪いことにより不仲であることを印象付けたのは暴漢がステージに上がりサイモンを襲おうとしたときだ
ガーファンクルは助けようとかは何もしようとしなかった
そんな関係であってもハーモニーは素晴らしかったのは
お互いが小学生の頃からお互いを良く知っていたからなのだろう

はっきりした記憶は無いのだけど、おそらく78か79年前後頃だったろう
テレビ番組でさだまさしさんがニューヨークにポールサイモンを訪ねるという放送があった
生憎ポールサイモンは最初代理人を通じて交渉しても会ってくれなかった(と思う)
日米経済摩擦の頃ポールサイモンは日本の事が本当に嫌いだったらしい(いまもお嫌いかもしれませんけど…)

そんな折に、しかもポールサイモンが音楽的にスランプな時期と日本からのサイモン&ガーファンクルファンのミュージシャンがやってくるのが重なるとなると機嫌がいいはずもない

さだまさしさんはギターを抱え失意のうちにニューヨークから帰って来るという不毛な番組だったように思うのだけど・・

この辺りは記憶がなくよくわからないのだがその後、再度トライし79年にポールサイモンにさだまさしさん又は番組の代理人は会ってもいるようだ

時間が前後してよくわからないけどニューヨークセントラル・パークでのコンサートで復活したあとワールドツアーを行なっているので81年以後のさだまさしさん面会であればライブやライブ録音のプロモーションであったことも考えられるのだが、。、、、???

先日の番組では、復活のコンサートでなく主にニューヨーク市と荒れたセントラルパークの再生に力点が置かれていたように思った
サイモン&ガーファンクル2人の確執や和解について詳しくは触れられなかった
そればかりか2人の苦境ばかりがクローズアップされた番組内容は消化不良にさえ思えた

とはいえ、ポールサイモンだけであってもデビューから当時までの苦境と失意は番組にしても2時間番組で足りないほどのボリュームがあったはず
さらに、ガーファンクルの解散後も描くとするととても1時間程度には収まるまい

2人ともにソロ活動はサイモン&ガーファンクル時代は超えられなかったと自覚していたのか?
美しいハーモニーと唯一無二の楽曲
なによりサイモンの印象的なギターフレーズは世界から高く評価された
そのぶん、2人の解散後の成功へのハードルは高い塀のように聳え立っていたに違いない

結局、今回の番組としては復活コンサート当時のプロデューサーとニューヨーク市の公園管理担当の苦労と自慢話に終わってしまったのは残念だった

ただ、不仲なままにライブを終えた2人ではあったが、ライブそのものは高く評価された
このライブ成功によってサイモンとガーファンクルは再評価されワールドツアーも行われる事になったのは皮肉と言うべきかそれとも2人の運命だったのか

最後のジャパンツアーは2009年頃だった
いつか参加したいと思っていたけど
ついに本物のライブに参加できないまま数年前にポールサイモンはライブからの引退を発表
2009年のハーモニーの完成度は年齢的にも厳しいものだったらしいことは漏れ聞いた

ライブ引退の理由は彼(サイモン)の耳が聞こえなくなったことでギター演奏はできても弾き語りが出来なくなったというのが理由らしい
それでもスタジオレコーディングは今も可能らしく最近新曲も発表された
齢八十を超えたポールサイモンだけど一生彼の音楽は聴き続けようとあらためて思う

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