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【マッチレビュー】2023 第103回 天皇杯長野県予選 準決勝 AC長野パルセイロvs松本大学

プロの意地

 第103回天皇杯長野県予選準決勝、AC長野パルセイロvs松本大学の一戦は、3-0でAC長野パルセイロが勝利した。J3リーグは1週休みとなり、天皇杯予選が各地で行われたが、長野も県予選は準決勝からの参加ということで、今週はカップ戦を戦った。
 長野は直近のリーグ戦で3連勝かつ3試合連続無失点勝利ということもあり、非常に調子の良い状態でこの試合を戦った。ただ、カップ戦はリーグ戦と異なり、一発勝負の難しさがある。相手もプロではなく、地域の大学生。普段のリーグ戦とは違った緊張感やプレッシャーを感じていたかもしれないが、見事に複数得点と無失点を達成してプロの意地を見せた。
 リーグ戦で限定的な出場に止まっていたメンバーの活躍にも注目が集まったのではないだろうか。今後、更にOne Team力を強め、勝ち続けるために、この試合も振り返っていく。

基本システム&スタメン

 長野の基本システムはリーグ戦と同様に3-5-1-1。GKは。3バックは右から池ヶ谷・大野・佐古。WBは右に原田、左に杉井。アンカーに西村。IHは音泉・安東。トップ下に近藤。1トップに高窪。直前のリーグ戦からのスタメン変更は7名。これだけのメンバー変更を実行したが、リーグ戦主力と比較して層の厚さを実感した。ベンチには、R.ヌグラハ・藤森・山中・小西・三田と長野県出身選手が名を連ねた。
 松本大の基本システムは4-2-3-1。GKは石見。4バックは右から芹沢・北野・瀧澤・木村。ダブルボランチは原・早河。2列目は右から上村・木間・村上。1トップに宮入。直近の北信越大学サッカーリーグからのスタメン変更は1名。柴田に代わって北野が起用された。シーズン開幕から基本軸が定まっており、昨季までの主力も多数在籍しているため、戦術の熟成度がプロにも通用するかが勝負所になった。

マッチレビュー

先制点 1-0

 試合が落ち着かない2分に長野が先手を取る。池ヶ谷のロングスローを高窪が近藤に落とす。近藤は独力で右ハーフレーンを突破し、中央にグラウンダーのクロスを送る。PKスポット辺りでフリーで待ち構えていた安東が落ち着いてサイドネットに流し込んで先制点を奪う。
 高窪のフィジカルを活かした精度の高い落とし、近藤のスピーディーな仕掛け、安東のゴール前での落ち着きとリーグ戦で出場機会が限られていたメンバーの良さが絡んで奪った先制点になった。

 長野が早い時間帯に先制点を奪い、長野が優位に試合を運んでいくかに思われたが、松本大もこれまでの積み上げで対抗する。両チームの前進方法は、対照的だった印象を受けた。長野は、1トップに起用された高窪のポストプレー、IHやWBのスピードを活かしてダイナミックな全身を試みた。対する松本大は、熟成してきたポジショナルプレーを意識した着実な前進がメインになった。

松本大のビルドアップ

 松本大は基本システムでは4-2-3-1と表記したが、攻撃時は4-1-2-3に近い立ち位置をとる。原がアンカーポジションに入り、早河が前に出てIHのように振る舞う。そして、LSBに入る木村は中央に絞ったポジションをとる。この配置によって、CBからのパスコースは、浮いたポジションに入るIHとSBが中央に絞ることで生まれたWGの2通りが生まれる。
 長野は中央に絞ってきたSBはIHで捕まえることができるが、SBに注意しすぎるとファジーなポジションに入るIHを捕まえることができない。松本大のIHポジションに対しては、サイドCBが前に出て捕まえる場面が多かった。一方の松本大としても、長野のCBによる縦ズレは想定済み。5バックの1枚を前方に釣り出すことによって、5バックに穴を作り、そのズレに最前線のFWが走り込むような動きを設計していた。一度で抜け出せればベスト。もしFWが競り合いで潰されても、中央のIHやSBが前向きで対応して連続的な攻撃の起点を作り続けた。
 プロのスピード感やフィジカルによって、プラン通りの攻撃は抑えられる場面もあったが、球際では非常にタフに戦えていた。

 長野も松本大も中盤でのセカンドボールの拾い合いには非常にこだわりを持っていたように感じる。10分あたりまでセカンドボールの回収率は五分で、先制点を奪っている長野が割りきったクリアを用いることで、松本大の二次攻撃を避ける場面も見られた。

長野のビルドアップ

 長野のビルドアップ時の配置は3-2-2-3という形で表記できる。5バック時のRWBに入る原田が中央に絞って西村とダブルボランチを形成。LWB杉井とRIH音泉は幅と深みを作るためにWG化する。3-2-2-3という形で後方は3バック+ダブルボランチ+GKでボールを動かす。松本大のプレッシングが激しく、ビルドアップ過程でプレスに引っかかる場面も見られた。しかし、失点につながるような致命的なミスは発生しなかった。
 長野は後方3-2のボール保持で松本大のハイプレスを誘い出す。GKまで含めれば2人分数的優位な状況でボール保持ができる。数的優位な状態でボール保持を行い、松本大のプレスの網の隙を狙う形だった。松本大の前線4枚だけが強く食い付けば、シャドー位置に入る安東や近藤がボールをピックアップ。ボランチも含めて押し込みにくれば、最前線にロングフィードを活用して躊躇なく放り込む。セカンドボールの回収で前向きに前進するというような方法をとった。

 前半のボール保持だけ見れば、主導権を握っていたのは松本大だろう。自分達のポジショナルプレーと強度の高いカウンタープレスを併用して、ボールを掌握した。長野のボール保持がうまくいっていたかと言われれば、そうではないというのが前半の結論だろう。しかし、相手にボールを握られた状況は、直近のリーグ戦でも多く見られた。そんな状態こそ自分達の勝利スタイルだと結果で裏付けていたため、焦りはなかったのではないだろうか。両チームにとって、プラン通りの前半の試合運びになっていった。

追加点 2-0

 3-2-2-3のビルドアップとセットプレーを中心に徐々にリズムを掴みつつあった長野が追加点を奪う。
 スローインの流れから杉井・近藤・佐古でテンポよくパスを繋ぐ。一連のパス交換で大外の杉井がフリーになる。杉井から中央の高窪にフライパス。松本大CBの間で受けて、1タッチで西村に落とす。走り込んだ西村が右足を振り抜いて、ボールをファーサイドネットに突き刺す

 ボール支配という形で見ると、松本大にやや押し込まれていた印象もあったが、ゴールに迫る直接的な攻撃を数多く展開できていたのは長野だった。自分たちの流れが来た時に決める「勝負強さ」「決定力」は今季の長野の武器。先発メンバーの大半が入れ替わったこの試合でも、その武器を遺憾なく発揮し、追加点を奪った。

 スピードとパワーを存分に活かしたプレッシングと厚い攻撃でシュートまで持ち込む長野、丁寧かつテクニカルなボール保持でラストパスの1つ前の局面までは綺麗に作り出せる松本大という非常にコントラストがはっきりした前半になった。これまでの天皇杯県大会準決勝や決勝では、長野が精度にこだわりすぎるために先制点の奪取に苦労する場面が少なくなかった。しかし、リーグ戦の好調が戦い方の自信につながり、思いきりよくプレーできていた。J3参入以降、見せてこなかった牙が今季のメンバーとシュタルフスタイルが相まって研がれたサッカーが完成しつつある。

松本大のプレス回避

 長野は後半に入っても松本大のIHを捕まえることに苦戦した。長野は後半の立ち上がりから、前半よりも強度とスピードを上げてプレッシングを敢行。松本大のビルドアップにもミスが生まれていたが、徐々に長野のプレス速度にも対応。相手のプレッシングを見ながら自分たちのスタイルの活かし方を探っていく。その中で有効だったのは、早河と木間のポジショニング。前半からも行っていたSBを中央に絞らせるビルドアップを実行し、長野のIHを引き出す。長野は前線の4枚で松本大のビルドアップを外側に迂回させたいため、直接的にアンカー脇に差し込まれることは避けたい。
 しかし、前半途中からと後半立ち上がりからの激しいプレッシングによって、ミスを誘えているためプレッシングに出ていくことを選択する。全体として連動できていれば問題ないが、5バックと前線4枚の距離感が間延びしてしまうとプレスの有効性が限りなく薄くなってしまう。IH化した早河に対しては、池ヶ谷を正面から当てたいところだが、間延びしてしまうと距離が長くなりプレスに行けなくなる。ある程度プレッシングで相手のビルドアップを崩せた自信が、逆に自分たちの守備の堅牢さを脆くする要因にもなっていた。
 もちろん、相手のプレスを見ながら自分たちのプレー選択を変化させる技術は簡単ではない。そのあたりは、熟成された松本大の戦術と松本大の選手の戦術理解を素直に褒めるべきだろう。一方で、リーグ戦を戦っていく上でもこうした状況はあり得なくはない。アンカー脇は長野にとって致命的な攻撃の起点を作られかねないスペースの一つ。いかにチーム全体でボール奪取に関する共通認識を浸透させられるかは非常に重要になる。

追加点 3-0

 63分、長野が勝利を引き寄せる追加点を奪う。前半よりも松本大陣内に押し込む時間帯が続き、セットプレーを立て続いて獲得した。安東のインスイングのCKに、佐古が頭で合わせて追加点を奪った。
 前半からCKやサイドからのクロスという形でシュートの直前までは持って行けていた長野。しかし、シュートが枠に飛ばなかったり、クロスに合わせる側が入りきれていなかったりとあと一歩に欠けていた。特にセットプレーは獲得本数からすると、この時間帯まで無得点だったことは、悲観的に捉えなくてはならない。リーグ戦では絶対的なプレースキッカーを務める宮阪のアシストから勝利に導く得点が複数生まれており、宮阪なしでもセットプレーからの得点機会を増やしたいところ。
 キッカーを務めた安東と中央で合わせる側の選手との熟練度を更に上げていくことが、シーズンどこかで訪れるかもしれない負傷離脱で失速しないための鍵になるだろう。

 その後は、松本大も長野も双方共に選手を入れ替えながらゴールを目指した。松本大は長野のブロックの重心が少し下がったこともあり、得意のボール保持で押し返す時間帯も作れていた。しかし、決定機らしい場面は1つ、2つ程度しか後半は作ることができなかった。それだけ長野の5-1-3-1という守備ブロックが堅牢で連動できていたという裏付けでもある。
 一方の長野も松本大の攻撃を受けているだけでは終わらない。佐古と藤森という左利きを中心に左サイドからのカウンターを多く展開する。藤森でスピードを上げて、安東でリズムを整えるというバランスの良い相性も発見することができたのではないだろうか。リーグ戦よりもテンポ感良く、パスを交換する場面が多く見られ、相手のポケット(PA-GA間)に進入できる回数も多く見られた
 試合はお互いにシュートシーンでの精細を欠き、そのまま3-0で決着。103回天皇杯長野県予選決勝に駒を進めたのは長野となった。

独断評価

個人評価

金珉浩:6
迎えたピンチの数は多くなかったが、決定的な場面で無失点に抑える活躍。今季初スタメンとなったが、足元の技術の高さでビルドアップに対する貢献度は昨季以前と変わらず健在。
池ヶ谷颯斗:6
秋山の欠場によりこの試合ではキャプテンマークを巻いてプレー。DFラインからの持ち上がりを活用してビルドアップにアクセントをもたらした。キープ力はさすがだが、やや不安定な場面も見られた。
大野佑哉:6
攻め込まれる時間帯が少なく、活躍場面は多くなかった。しかし、松本大のロングボールに対して特長の快足を生かして攻撃を完封。終盤の劣勢状況でもセーフティーなプレー選択で無失点に貢献。
佐古真礼:7
特長である高身長を生かして守備と攻撃の両面でチームに貢献。今季初スタメンながら堂々としたプレーぶりで得点も記録。左足からの精度の高いロングフィードはロングカウンター時に相手の脅威になった。
原田虹輝:6
今季初スタメンで守備時RWB、攻撃時ダブルボランチの一角という複雑なタスクを完遂。西村交代後は純正アンカーとして攻守で躍動。PA外からPA内のポスト役に渡して攻撃参加する姿は、まさに大島僚太。
杉井颯:7
この試合でも持ち味である運動量を生かし、左サイドを制圧。攻撃時にはLWG化して相手のDFラインを引き下げるタスクも担った。得点に直接関与はなかったが、攻撃の起点になる活躍を見せた。
西村恭史:7
この試合ではアンカーとして先発出場。守備では更に強度を求めていきたいところ。一方で攻撃面での貢献度が素晴らしい。1Gに加え、中盤の底で攻撃のリズムを整える調整役として活躍した。
音泉翔眞:6
RIHとして先発出場。相手が大学生ということもあるが、スピードとフィジカルにおいて相手を圧倒。鋭いドリブルと鋭いプレスで攻守にわたって活躍を見せた。得点への直接関与にも期待したい。
安東輝:8
1G1Aの活躍。宮阪に代わってプレースキッカーをほぼ全て務めたこともあり、非常に活躍が印象的な試合になった。独特のテンポ感や間合いを持っており、秘める闘志という面ではチーム1かもしれない。
近藤貴司:7
トップ下での出場。大学生相手だったからか、持ち味のスピードやアジリティは群を抜いていた印象を受けた。チームに余裕をもたらす先制点のアシストを記録した。
高窪健人:8
1AとFWからすると物足りない数字かもしれないが、数字に表れない貢献度が素晴らしかったため、チーム内最高点タイの評価をつけた。ポストプレーの安定感は、徳島での修行を経て非常に改善された印象を受ける。
藤森亮志:6
後半頭からLWBとして出場。果敢に鋭いドリブルやパンチ力のあるシュートでゴールに迫ったが、結果に結びつけることはできなかった。後半の長野の攻撃を牽引していただけに、結果が欲しかったところだろう。
山中麗央:5
後半頭からトップ下として出場。昨季チーム2位の得点数を記録したが、今季はまだイマイチ調子が上がらない。この試合でも決定機を迎えたが、ゴールネットを揺らすことはできず。
船橋勇真:6
途中交代でRWBとして出場。原田ののタスクとは異なったものだったが、特徴を活かして地上戦のバトルで松本大LWGを完封。時に中央に入ってパワフルな攻撃参加も見せた。
小西陽向:5
途中交代でRIHとして出場。ゴール前での細かな崩しへの参加や特長のドリブルを活かしてゴールに迫ったが、結果を掴むことはできず。仕掛けの場面でも満足な印象を残せなかった。
山本大貴:5
守勢に回る時間が多い中、最前線から試合を締める形で投入された。攻撃での活躍を見せる機会が少なく、本人としては我慢の時間が長かったのではないだろうか。前線からの制限というタスクに関しては、流石の貢献。

ORANGE評価

One Team:5
直近のリーグ戦からのスタメン変更を大幅に行ったが、コミュニケーションの齟齬などはほとんど見られなかった。誰が出ても歴代最強の長野を作るという意識を感じ取ることができた。
Run Fast:5
攻守において、大学生とプロの違いはスピードにあると実感した。単純な徒競走であれば、大学生も遜色ないものを持っているが、判断からの実行という点での走りの速さはプロが上回っていた。
Aggressive Duels:3
デュエルに関しては、まだまだ向上の余地があると感じた。松本大の選手が劣っているわけではないが、J3優勝を掲げている以上は更に上の基準で圧倒するプレーに変えていく必要がある。
Never Give Up:4
長野も最後まで追加点を目指して戦ったが、松本大の選手たちの姿勢も素晴らしかった。直向きにゴールと勝利を目指すという姿勢は、学生から学ぶことも多いのではないだろうか。
Grow Everyday:5
スタメン起用を初めて見る選手が多く、「プレー時間が長いとこんなことができる」とプレーの端々から感じる試合だった。もちろん、足りないところもあると思うが、成長していく姿を想像することができた。
Enjoy Football:5
松本大の選手やベンチ、スタンドも含めて最高の雰囲気の中、サッカーを楽しみながらプレーできたのではないだろうか。複数得点かつ無失点という素晴らしい結果も相まって、One Team で楽しめたはずだ。

まとめ

 長野にとって、一発勝負カップ戦かつ相手が大学生ということもあり、やりにくい要素は多分にあっただろう。しかし、直近のリーグの好調のまま、複数得点かつ無失点での勝利と確実に決勝に駒を進めることになった。メンバーこそ大きな入れ替えはあったものの、戦術理解という点ではリーグ戦メンバーと遜色がないことがおおむね確認できた。選手のクオリティという面で層は厚くなっているし、戦術理解の面でもこれだけの浸透があれば非常に前向きな材料と言える。
 県決勝の相手は松本山雅FC。J1経験もあり、歴史も長野より長い。何といっても決勝はアルウィン開催であり、松本のホーム。非常に厳しい戦いになることが予想されるが、今季の長野は一味違う。アウェイ(中立地)で強敵を喰らい、更に一段強くなる必要がある。

獅子よ、千尋の谷を駆け上がれ。