朱き空のORDINARY WAR(29/32)
第29話「朱き空の竜神翼」
揺れる機体が崩壊を始めた。
既にエンジンは死んで、蜂の巣になったボディが破綻し始めている。ラステルを守るため、身を盾に割り込んだユアンの"レプンカムイ"は、煙と炎を引き連れ墜ちてゆく。
否、飛んでゆく。
降りるべき場所、仲間たちの待つ場所へ。
アラートが鳴り響くコクピットの中で、ユアンはまだ飛んでいた。
自分の意思を操縦で伝えて、死にゆく愛機に身も心も重ねてゆく。
耳元では相変わらず、オペレーターのリンルが冷静さを保っていた。
『ラステル中尉の生存を確認。それと、ユアン中尉。少し西に流されてます。経路修正を』
「こんな時でも、冷静だな! クッ、機体が言うことを聞かんか」
『泣いて叫べば無事に着艦できそうですか? そうなら試してみますが』
「いや、やめておこう。……だが、少しは優しい言葉が欲しいかな」
『では、ゴホン……がんばって、ユアン。わたししんじてるわー』
「……済まない、俺が悪かった。棒読みではな……よし、最終アプローチに入る!」
周囲はまだ、無数の殺気が飛び交いユアンを狙ってくる。
まるで送り狼のように、手負いの紅い鯱を襲う牙。それはまるで、新たな群れの長たる白い女王の尖兵だ。無数の"レプンカムイ"の聞き慣れた轟音が、くまなく周囲を覆ってくる。
放たれる弾丸から逃げ惑いつつ、ユアンは特務艦ヴァルハラの飛行甲板を目指した。
艦上から放たれる対空砲火の中で、示された空の道へと機首を巡らせる。
戦闘中のヴァルハラでは、セーフティネットを出してくれる余裕もなさそうだ。
「軸線固定、コースに乗った……頼むぞ、相棒。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない!」
ガクガクと震える機体を、慎重に操作して高度を落とす。
車輪を出してそのまま、ユアンは着艦を試みた。背後で小爆発を聴いて、一際激しく機体が揺れる。必死で操縦桿を握り、落下するように飛行甲板へ触れる。
リニアカタパルトの制動を感じた、次の瞬間……操縦桿の手応えが消えた。
長らく苦楽を共にしてきたユアンだからわかる、なにかが抜けた感覚。
着艦と同時にランディングギアの前輪がへし折れ、吹き飛ぶ。
そのまま胴体着陸で、火花を飾りながら横滑りに減速してゆく。
眼前に海が迫る中、あと数メートルで……死んだように停止する。
完全に物言わぬ鉄屑となった相棒のキャノピーが、唯一ユアンの操作に応えてゆっくりと開いた。見上げる空では、編隊を組み直した鯱の群れが襲い来る。
そしてユアンは、自分がエルベリーデの罠に嵌ったことに気付いた。
恐ろしく狡猾で残忍、計算高い罠に。
「クッ、甲板を塞いでしまったか! これが狙いだったとはな、エルベリーデッ!」
今、ヴァルハラの左舷側、改装空母の飛行甲板にユアンは残骸を広げていた。完全に沈黙した"レプンカムイ"には、消火剤を吹きかけてくれる緊急車両すら近付いてこない。
対空戦闘の真っ只中で、それどころではないのだ。
そして、ナリアやイーニィたちが発艦するための道が閉ざされている。
他ならぬユアンの必死の着艦が、力尽きた愛機で飛行甲板を塞いでしまったのだ。
周囲を見やれば、エレベーターからすぐにブルドーザーが上がってくる。既に残骸と化した機体は、愛着はあれどもこのままにしてはおけない。スクラップを隅に寄せねば、後続の仲間たちが発艦できない。
だが、女たちが口々に叫ぶエレベーターの周囲を、空からの機銃掃射が薙ぎ払った。慌てて身を投げだしたクルーたちの背後で、ブルドーザーが爆発する。
甲板を舐めるような超低空飛行で、白い翼がユアンを孤立させた。
そして、手も足も出ないエレベーター側の女たちから、悲鳴が叫ばれる。
「もうっ、戦車とか積んでないの? とにかく、ユアンさんの機体をどけないと!」
「ユアンさーんっ! とりあえず機体の影に隠れててください!」
「なに? うん、酷いよ! もうボッコボコ! え? 爆発? は、してない、けど……煙吹いてるけど! ――ッ!? ちょ、待っ……艦長っ!」
信じられない光景に、ユアンは目を見張った。
絶え間なく敵機が行き来する中に身を晒して、一人の少女がこちらへ走ってくる。それは、この艦の艦長のムツミだ。全力疾走する彼女の足跡へと、機銃の礫が叩きつけられる。
鉄火場の中、艦の責任者がユアンの横へと転がり込んできた。
目の前を通り過ぎる機銃掃射に、ユアンは唖然として、次の瞬間には声を張り上げた。
「艦長っ! なにをやってるんだ、危ないことを! 君になにかあったら」
「お疲れ様ですっ、ユアンさん! 助けに来ましたっ!」
「あ、いや……そりゃ、どうも。って、違うだろう! ブリッジはいいのか? なにより、こんな危険な真似をして」
「確かに危機的状況、絶望的な劣勢ですが……一発逆転で打開します。そのためには……ユアンさんの力が必要なんです! あと、この子はっ!」
次の瞬間、ユアンは絶句した。
なんと、ムツミはいつもの強気な笑顔を見せたかと思うと……おもむろに力尽きた"レプンカムイ"へと手を掛ける。そして「んーっ!」と声も顕に人力で押し始めた。
小さな両手を押し当て、身体をぶつけるように押し出そうとする。
無論、計画種である強化兵士の身体能力を持ってしても、人の力でどうこうできる質量ではない。戦闘機としてはやや大型の部類となるFv-67"レブンカムイ"は、20t以上もの重量があるのだ。
だが、海へ向かって必死でムツミは、顔を紅潮させながら全力を振り絞る。
呆気にとられていたユアンは、気づけば彼女を手伝っていた。
「君は馬鹿かっ! 女の子が一人でどうこうできる重さじゃないんだぞ!」
「そんな、わたし……照れます!」
「褒めてなどいないっ!」
「ユアンさん、もっと頑張ってください! わたし、だって……なにも、考えてない、訳じゃっ! んんんっー!」
そして、奇跡が起こった。
否、奇跡を望む者たちが動き出したのだ。
気づけば十字砲火の中を、多くのクルーたちが走ってくる。整備班を引き連れたニックは、手持ちの消化器から白い放物線を投げかけてきた。
そして、無数の女たちがユアンとムツミに並ぶ。
相変わらず空では、必死の奮戦を嘲笑うように敵意が乱舞している。
だが、振り向き背を押し当てながら、踏ん張るムツミは携帯端末を取り出し叫んだ。
「ブリッジ、取舵一杯です! めいいっぱい切って下さい! 左舷側を傾斜させます! グレイプニール再始動と同時に接続、最大戦速ですっ!」
ユアンが先程ラステルと飛び回ったお陰で、敵は空戦に転じて対艦ミサイルを放棄していた。それが幸いだったが、爆装した次の第三波が訪れるのも時間の問題だ。そして、空中のエルベリーデたちは、嫐るように機銃を全方向から浴びせては飛び去る。
ゆっくりと回頭するヴァルハラが、左舷を内側にしてターンを始めた。
そして、女だらけのクルーたちと共に、ユアンは確かな手応えを感じる。
飛行甲板がターンの内側へと傾斜した、その勢いに誰もが全力を込めた。
ニックたち整備班も混ざって、人の力が命尽きた翼を徐々に押し始める。
「動いた! このまま……ッ!」
「皆さんっ、あと一息です! この子を押し出して!」
「ああっ、貴重なR6型の"レプンカムイ"を……オイラ、一度でいいから分解整備したかったーっ! 勿体無いっ!」
「エンジンしか残りませんでしたね、班長っ! でも、あれを載せた――」
「もう少し、で……ッ!」
こうしている瞬間も、敵の弾丸を浴びれば相棒は爆散する。多くのクルーたちを、なによりムツミを巻き込んで爆発する筈だ。だが、艦が傾くほどの急回頭で、ブリッジをブラインドにしてヴァルハラの対空砲火が厚くなる。
そして……不意にユアンの手元が軽くなった。
「あと一息……いいぞ、押し出せっ!」
「よっしゃ! 成仏しろよ!」
信じられないことに、30人前後の人力で……ゆっくりと"レプンカムイ"は海へと没した。白い波濤の中へと、愛機が消えてゆく。
そしてユアンは、大歓声の中……ムツミの祈るような呟きを拾った。
「ごめんなさい……今までありがとうございますっ! ……よしっ!」
振り向いたムツミは、一瞬だけ乙女のセンチメンタリズムを見せたかと思うと……次の瞬間には冴え冴えとした笑みで携帯端末を取り出し、叫ぶ。
そこには、逆転の戦術を胸に秘めた戦いの女神が笑っていた。
「ラーズグリーズ小隊、ランドグリーズ小隊、発艦してください! グレイプニール、まだ機関最大! 上空の編隊を引き剥がします……対空レーザー、撃ちまくってください!」
艦体が平行に復元すると同時に、唸る巨体が速度を増す。不気味な鳴動と共に、謎の動力源を復活させたヴァルハラは、驚くべき速度で走り出した。
持ち場へと戻るクルーたちと入れ替わりに、エレベーターから艦載機が上がってくる。
突然の増速で、一瞬だが上空の敵機が足並みを乱した。
その間隙を衝くように、飛行甲板へと"シャドウシャーク"が並ぶ。
ユアンも愛機が没した海から顔をあげて、ナリアたちの発艦を見守った。すぐに敵機が襲い来るが、ムツミが携帯端末に叫ぶと同時に空が燃える。
復活した対空レーザーは、あっという間に複数の敵を切り裂いた。
そして、立っているのも困難な加速の中、ユアンは細いムツミを自然と支えた。
ムツミの瞳は爛々と輝き、普段の天真爛漫な表情とは別種の笑みが浮かんでいた。
「発艦する艦載機を狙ってくるなら、攻撃してくる角度が限られるんです。だから、そこに対空レーザーを置いておけば……あ、ユアンさん! 急いで準備してくださいっ!」
「え? いや、君は」
「わたしもブリッジに戻ります。ナリアさんたちが上がれば、勝負は互角……そして、ユアンさん、あなたに命じます! これ、命令です! ……"白亜の復讐姫"を撃墜して下さい。あの機体でっ!」
リニアカタパルトが白い冷気を放ちながら、ナリアたちを打ち出してゆく。
その向こう側から……一番奥のエレベーターから、なにかが上がってくる。その姿を見て、ユアンは絶句した。
名前の無い翼は、真紅に塗られた姿を現す。
本来ユアンの"レプンカムイ"に搭載されていた、長らく苦楽を共にしてきたエンジン音……完成度の高さを感じさせるアイドルの微動で、その機体は主を待つ猟犬のように静かに近付いてくる。
ニックたちは既に、無式と呼ばれる名無しの機体を完成させていたのだ。
それも、ユアンが乗ることを前提に。
「ユアンさん、あの機体を……無式"朱蛟"をあなたに託します! エルベリーデ大尉をやっつけちゃってください!」
「……了解した、艦長」
「了解されました! では、わたしはブリッジへ……ユアンさんっ、グッドラックですっ!」
ムツミは蒼い髪を手で押さえながら、疾走する風圧の中で親指を立ててみせる。そうして笑うと、すぐに振り向きブリッジへ駆けていった。
その背を見送るユアンに、名を得た翼は近付いてくる。
前進翼に三次元ベクターノズル、超軽量ボディを最新鋭の電子制御で飛ばす暴力的な戦闘機……今、ユアンのために限界チューニングを施したエンジンを得て、"朱蛟"がリニアカタパルトに乗る。
迷わずユアンは、コクピットへと駆け寄り飛び乗った。
はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~