ながやん

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朱き空のORDINARY WAR(32/32)

最終話「エピローグ」  夕焼けの赤が、水平線を燃やして落ちてゆく。  ゆっくりと入水する太陽は、最後の残滓でユアンを照らしていた。  飛行甲板ではまだ、多くのクルーが修復作業にかかりきりだ。応急処置で辛うじて艦載機を収容したものの、激しい攻撃に晒された痕が痛々しい。  特務艦ヴァルハラは、迫る宵闇の中でライトの光を幾重にも屹立させていた。  そんな中、ユアンは甲板の隅で海を見やる。  先程までの激戦が嘘のように、静かに凪いだ海原がどこまでも広がっていた。 「……酒を教えて

    • 朱き空のORDINARY WAR(31/32)

      第31話「穿ち貫く軍神の神槍」  二人を別つ、生と死。  今、一つの伝説が終わった。  五十年戦争と呼ばれる長き戦いの末期を、彗星のように駆け抜けた美貌の少女エース……"白亜の復讐姫"の物語は結末を迎えたのだ。  否、この瞬間からエルベリーデは伝説になったのかもしれない。  平和な世の中で語られる戦争の美談として、創作物や逸話の中に生き続けるのだ。  そして、ユアンもまた因縁を振り払った。  一瞬で。  永遠に。 「……こちらヴァルキリー4、ユアン・マルグス。引き続き残敵

      • 朱き空のORDINARY WAR(30/32)

        第30話「復讐姫が朱に染まる時」  再び希望の方舟は疾走り出した。  一切が謎に包まれた動力による、100ノットを超えるスピードで。  戦後の世界で闇から闇へと、影の中で邪悪を討つ……その名は特務艦ヴァルハラ。  死せる勇者が英霊となって集う、神々の黄昏に備えた力だ。  そう、ユアン・マルグスは一度死んだのだ。  憤怒に燃える復讐鬼など、もういない……血涙の赤を纏った"吸血騎士"は死んだ。  今ここにいるのは……暁にも似た朱色の翼を持つ、戦士。  ユアンは、無式"朱蛟"のコ

        • 朱き空のORDINARY WAR(29/32)

          第29話「朱き空の竜神翼」  揺れる機体が崩壊を始めた。  既にエンジンは死んで、蜂の巣になったボディが破綻し始めている。ラステルを守るため、身を盾に割り込んだユアンの"レプンカムイ"は、煙と炎を引き連れ墜ちてゆく。  否、飛んでゆく。  降りるべき場所、仲間たちの待つ場所へ。  アラートが鳴り響くコクピットの中で、ユアンはまだ飛んでいた。  自分の意思を操縦で伝えて、死にゆく愛機に身も心も重ねてゆく。  耳元では相変わらず、オペレーターのリンルが冷静さを保っていた。 『

          朱き空のORDINARY WAR(28/32)

          第28話「捨て得ぬものを得た男、捨てるもののない女」  ユアンが死線を超えて飛ぶ空は、既に彼の支配下にあった。  秘密結社フェンリルの飛行隊は、混乱から立ち直るまでに5機を失った。まるで死と破壊が連鎖するように、赤い翼が引き裂く空に炎が爆ぜる。  特務艦ヴァルハラへの対艦攻撃が緩んで、その分だけ敵意はユアンへと集中した。  だが、単機で自在に宙を舞うユアンは、混戦模様の空を朱に染めてゆく。 「兵の練度は高い……だが、それだけだなっ!」  単純計算でも、周囲にはまだ20機

          朱き空のORDINARY WAR(28/32)

          朱き空のORDINARY WAR(27/32)

          第27話「赤い悪魔の羽撃き」  パイロットスーツに着替えたユアンを、再び激震が襲う。  再度エンジンを全開にして、特務艦ヴァルハラは不規則な回避運動で海面を泡立て始めた。格納庫でその振動を感じつつも、至近弾の爆風にビリビリと艦体が震える。  完全に先手を取られ、ユアンたちは空への道を閉ざされてしまった。  近接防御戦闘の最中では、艦載機は発艦できない。  秘密結社フェンリルの部隊は、潜水母艦からの魚雷と艦載機の空襲による波状攻撃を仕掛けてきた。最新鋭のイージス艦を凌駕する対

          朱き空のORDINARY WAR(27/32)

          朱き空のORDINARY WAR(26/32)

          第26話「痛みを止めて」  耳に突き刺さる警報に、艦内の空気が張り詰めてゆく。  ずぶ濡れのままでユアンは、仲間たちと上層の飛行甲板を目指した。こういう時はエレベーターを待つより、自分で走った方が早い。重々しい扉を蹴破るように押して、そとの非常階段へと躍り出る。  そこには既に、手すりから身を乗り出す少女の姿があった。  パジャマ姿でぬいぐるみを抱えているのは、ムツミだ。  恐らく彼女も、突然のアラートで自室を飛び出てきたのだろう。 「かっ、艦長!? 危ない、落ちるっ!」

          朱き空のORDINARY WAR(26/32)

          朱き空のORDINARY WAR(25/32)

          第25話「休息の一時に濡れて」  名も無き翼のシェイクダウンを仮想現実で行った後に、ユアンには懲罰が待っていた。  エインヘリアル旅団も軍隊なれば、軍規は厳しい。  女性主体の女系社会故に、適度に緩めつつメリハリは忘れないのだ。  当然、艦長であるムツミを危機に晒したユアンには、罰が下される。  それを皆は、罰ゲームだと笑うのだった。 「驚いた……本当に軍艦の中にこんなものが。悪い夢を見ているようだ」  ユアンは今、デッキブラシを片手に広い室内を見渡す。  零れた独り言

          朱き空のORDINARY WAR(25/32)

          朱き空のORDINARY WAR(24/32)

          第24話「名も無き翼に、力を」  特務艦ヴァルハラはメルドリン市を出港し、再び外洋へと漕ぎ出していた。市民団体のボートに無言で睨まれる中、楽隊の演奏も市長の見送りもない船出……だが、誰も気にしてはいない。  ムツミが言う通り、エインヘリアル旅団は死せる勇者の集い。  いわば影の戦力、秘匿されて当然なのだ。  人知れず秘密結社フェンリルを追い、危険な武力を武力で撃滅する。  その誓いを新たにしたユアンは今、狭いコクピットの中にいた。 「クッ、ずいぶんとまた過敏な機体を……ッ

          朱き空のORDINARY WAR(24/32)

          朱き空のORDINARY WAR(23/32)

          第23話「無敵の笑顔で」  特務艦ヴァルハラへと戻ったユアンを待っていたのは、喝采と歓声だった。  ただし、自分へ向けられている訳ではない。  艦内の食堂へ顔を出したラーズグリーズ小隊は、あっという間にクルーたちに囲まれてしまった。妙齢の女性から可憐な少女まで、皆が笑顔を輝かせて迫ってくる。  やはり、ユアン以外の全員に迫って取り囲む。 「ナリアお姉様! さっき、ニュースの中継で見てました! 流石ですわ……素敵」 「ラステルもやればできるじゃんかよー! 最高の演技だったっ

          朱き空のORDINARY WAR(23/32)

          朱き空のORDINARY WAR(22/32)

          第22話「翼が染め上げる空の色は?」  長い夜が明け、出港準備中の特務艦ヴァルハラが動き出す。  いまだ港に係留されたままだが、副長のロンはこれ以上の長居を危険だと判断していた。秘密結社フェンリルは、この国の協商軍はおろか、市民レベルにまで魔の手を伸ばし、侵食している。  今も市民団体の声は、沖への航路を塞ぐようにボートの上で叫んでいた。  現状でヴァルハラは身動きが取れず、艦長のムツミも重傷で面会謝絶だ。  だが、座して死を待つ者など一人もいない。  そして、ユアンにでき

          朱き空のORDINARY WAR(22/32)

          朱き空のORDINARY WAR(21/32)

          第21話「名も無き夜に」  訪れた宵闇は、サーチライトの中に巨艦を浮かび上がらせる。  今、特務艦ヴァルハラは首輪で繋がれた猟犬にも等しい。そして、周囲には野蛮な狩猟時代に忌避の感情を叫ぶ市民たちがいる。彼らのために害獣を狩り、平和な食卓に肉を並べるのが猟犬の仕事……その真実を知る者など、いない。  闇夜で尚も声を張り上げる市民団体たちに、ユアンは甲板上から溜息を零した。 「我々メルドリン市民はー、断固抗議するー!」 「平和になった世界に、軍隊はいらない! 即刻出てゆけー

          朱き空のORDINARY WAR(21/32)

          朱き空のORDINARY WAR(20/32)

          第20話「償い贖うために」  無事に特務艦ヴァルハラへと、ユアンは戻ってきた。  彼を救ってくれたムツミは、すぐに艦内の医務室へと運び込まれる。救出部隊は待機していた班と合流し、引き続き艦の出入り口を固めるようだ。  港に停泊するヴァルハラは今、一触即発の事態に直面していた。  協商軍の基地でのテロと、何らかの関係があると思われているのだ。  そしてそれは、事実でありながらも、隠された真実を語れないまま広がってゆく。  そんな中でユアンは、すぐにブリッジへと呼び出された。

          朱き空のORDINARY WAR(20/32)

          朱き空のORDINARY WAR(19/32)

          第19話「漂白されてゆく空」  妄念を乗せた翼が今、静かに舞い上がる。  瞬間、戦場を支配する空気は戦慄に凍り付いた。  全速力で逃げるヘリが、まるで牛歩の如き遅さに感じる。ユアンはただ、その中で揺られるしかない。ストレッチャーへ横たわるムツミの手を握ってやりながらも、震える彼女に自分の震えが重なった。  ――"白亜の復讐姫"  五十年戦争末期の混沌が生んだ、凄絶なまでに美しい死神。  その血に濡れた大鎌が、ユアンの喉へと既に触れていた。  エルベリーデの白い"レプンカムイ

          朱き空のORDINARY WAR(19/32)

          朱き空のORDINARY WAR(18/32)

          第18話「妄執は白く燃えて」  ムツミを両手で抱えて、ユアンは走る。  軍事基地などどこも似たような作りで、それは協約軍も協商軍も変わらない。なにより、ムツミの残した血痕が教えてくれる。それを追うユアンは、敵意への鋭敏な感覚だけは確かで、そこかしこで走り回る兵士たちをやり過ごす。  優れた聴覚は遠くで、銃撃戦の音を聴いていた。  恐らく、ムツミが手配した特務艦ヴァルハラの陸戦隊だろう。  本来、この基地とは表立って事を構える予定はなかった筈だ。秘密結社フェンリルに加担してい

          朱き空のORDINARY WAR(18/32)

          朱き空のORDINARY WAR(17/32)

          第17話「絆は鎖に、血は導に」  監禁されたままでユアンは、死を覚悟した。  そして、それを甘んじて受け入れる諦めを拒絶する。  ドアのノックへと背を向けたエルベリーデの、その長い金髪を睨み付けて思考を巡らせる。今、ムツミが大胆にもこの基地に潜入してきた。確か、メルドリン市には協商軍の空軍基地があった筈だ。  なにか、なにか手が……チャンスが残されていると信じる。  諦めない限り、チャンスを作ることも待つこともできる筈だった。  そんな彼に、思いもよらぬ事態が訪れた。  ド

          朱き空のORDINARY WAR(17/32)