朱き空のORDINARY WAR(12/32)
第12話「夜を渡る艦の行く先」
昼間の海戦で、ユアンは改めて認識した。
この女だらけの特務艦ヴァルハラは……エインヘリアル旅団は、実戦部隊だ。戦争が終わった今も、真の敵を人知れず追って戦っている。一見して華やかに見える艦内の女たちは、誰もが一騎当千の兵士だったのだ。
そのことを思い知らされ、ユアンの中であの女のことが思い出される。
部隊を裏切り、仲間を皆殺しにした女……エルベリーデ・ドゥリンダナ。彼女はどうして、秘密結社フェンリルに与しているのか? ユアンの知るエルベリーデという少女は、誰よりも真っ直ぐで純粋で、潔癖に思えるほど生真面目過ぎる人間だった。
それが今、死の商人の手先として、テロリズムに己の翼を羽撃かせている。
それを止めようと思えば、もう個人の復讐では済まされない戦いに飛び込むしかない。
そんなことを考えていたユアンは、不意に声をかけられた。
ここはヴァルハラの右舷側、老巧化した巡洋戦艦にある元艦長室である。
「ユアン中尉、少しお疲れですかな? いやいや、申し訳ない。年寄りのおせっかいと思って、少し付き合ってくだされ」
そう言って笑うのは、副艦長のロンだ。
彼も含め、数少ない男たちの居住区は右舷側にある。今は空母に改装されながらも、豪華客船の名残を残す左舷側は全て、女たちのテリトリーだ。夜八時を過ぎると、男は立入禁止になる。まるで神学校の寄宿舎生活だ。
男子禁制の花園と化した左舷側と違って、夜の右舷側は静かだ。
火器の整備や最低限の人員しかいない中、男たちは肩身の狭い時間を過ごしている。
因みに当たり前だが、女たちがこの時間に右舷居住区に入るのも禁止である。
「いえ、副長。少し、その……ありがたいです。女ばかりの環境はずっと、落ち着きませんでしたから」
「私もこの艦に任官した当初はそうでした。今は大勢の娘や孫に囲まれてる気分ですな」
古い戦艦の艦長室だった個室は、改装されてラウジン風になっていた。聞けば、少ない男たちでやりくりして、ソファやテーブルを運び込んだのだという。ちょっとしたバーのような雰囲気で、適量ならば酒が飲める。
カウンターに座ったユアンにビールを出して、ロンも隣に腰掛けた。
背後ではニックが、映りの悪いテレビを見ている。
衛星放送らしく、ちょうど夜九時のニュースでキャスターが喋っていた。
波打つ砂嵐の中、スーツ姿の男が原稿を手に明瞭な声を響かせる。
『さて、太丙洋でのタンカー沈没事故の続報です。当該海域には船舶は他になく、生存者は絶望的のようです。事故原因は積載した天然ガスが何らかの事故で引火、爆発したものとの見方が強く――』
嘘だ。
そして、嘘を嘘とも気付かずにニュースキャスターは喋り続ける。
それは、戦争を終えた世界に住む者たちの価値観で、彼らだけの平和だ。恐らく、エインヘリアル旅団を後方で支える組織が、情報操作を行ったのだろう。或いは、秘密結社フェンリルが自身の存在を秘匿すべく隠蔽工作をしたか……その両方か。
ユアンがビールを舐めながらテレビを見ていると、ロンも小さく溜息を零す。
「我々エインヘリアル旅団は影の戦力……平和になった世には、決して知られてはいけない存在ですからな」
「やはり、情報操作を?」
「左様。今、真実を知るには……世界の多くは傷付き過ぎましたからな。その上でようやく戦争が終わったのです。より強大な敵がまだいるなど、あまりにも残酷でしょう」
「同感です、副長」
ソファに転がり、ニックはスナック菓子を食べながらニュースを見ている。
徐々にキャスターの話題は和平や交渉会議、そして今後の世界のありようについて触れ始めた。半世紀もの間続いた五十年戦争は、徐々に過去になりつつある。
陸ではもう、未来を見据えて前へ進む者たちが顔をあげていた。
ならば、その先を閉ざそうとする悪とは戦わねばならない。
その悪行にエルベリーデが加担するならば、今度こそ止めなければならない。
ユアンは誓いも新たにテレビ画面を見詰める。
そうしていると、突然部屋のドアが開け放たれた。
男だけの憩いの場に、突然現れたのは……背の高い女だった。
「っ!? な……副長、女が! ええと、ここは女人禁制の筈だが。時間も遅いし」
思わずしどろもどろになって、ユアンは慌てた。
ニックが腹を抱えて笑い出す。
そして、女は気にした様子もなく冷蔵庫へと向かった。すらりとした痩身で、頭にバンダナを結んでいる。確か今日、ブリッジで見た操舵手の娘だ。
だが、ニックがゲラゲラ笑いながら説明してくれた。
「おいおいユアン! あいつぁ男だぜ? ま、最初は誰でも見間違えるんだけどな! こりゃ傑作だ、腹が痛ぇよ」
「男、なのか……?」
「そ、リッキーは男だ。そして、この4人が特務艦ヴァルハラにいる男の全てさ。500人近くいる乗員の中で、男はオイラたち4人だけ」
500人……オートメーション化が進んでいるので、単純計算で空母と戦艦の両方を合わせた定員よりもずっと少ない数だ。
だがやはり、ユアンは単純にその男女比に驚いてしまう。
この艦で男は、全体の僅か1%にも満たない存在なのだ。
そうこうしていると、リッキーと呼ばれた青年は冷蔵庫からビールを取り出し、ニックに言われてコーラの缶も手に取った。
「投げるぞ、いいか?」
「あいよ! っとっとっと、ナイスパス」
プシュッ! と音を立てて開封されたコーラの、溢れる泡を舐めながらニックが笑う。リッキーは立ったまま、壁にもたれてビールを飲み出した。
元々が戦艦の艦長室だっただけはあり、極端な狭さは感じない。
逆に、手狭な雰囲気が男たちの隠れ家みたいで、妙にユアンは落ち着いた。
そうこうしていると、ビールを飲み終えたロンが他の酒瓶へと手を伸ばす。
棚の中には雑多な瓶が並んでいて、安酒からヴィンテージらしきものまでバラエティ豊かだ。
「では、改めて……ささやかですが、ユアン中尉の歓迎会でもしましょうか」
「よっ、待ってましたぁ! あーあ、オイラも早く酒が飲めるようになりてえよ」
「急ぐ必要はありませんぞ? ニック君。酒などは飲めるようになるまでより、飲めるようになってからの方が付き合いが長いものですからな」
「そうだけどさー、一人だけコーラで乾杯はやっぱ盛り上がらねぇよー」
そうは言うものの、ニックは笑顔だった。
真顔のリッキーと一緒にカウンターにやってきて、それぞれユアンとロンの左右に座る。
「では、新たな仲間を祝して。乾杯!」
グラスと缶とが小さくぶつかり、ユアンは半端だったビールを飲み干した。
美味い。
冷えたビールの喉越しが、疲れた身体に染み渡る。
思えば、こんなにリラックスした中で酒を飲むなど、何ヶ月ぶりだろうか? 思えばいつも、あの日からユアンは孤独だった。仲間を奪われ、その無念を背負って独りで戦ってきた。愛した女は怨敵となり果て、その白い影を追う中で巡り合った部隊は女だらけ。
今、久方ぶりにユアンは静かな時間を感じていた。
そんな時、リッキーがユアンを真っ直ぐ見てきた。
やはり直視すると、目も覚めるような美形で、とても男とは思えない。
「ユアン、と呼んでいいか? 中尉」
「あ、ああ。好きに呼んでくれ」
「そうさせてもらう。ユアン、艦長から伝言を預かってきた」
「伝言? 俺にか?」
静かに頷き、リッキーはハスキーな声で喋り続ける。
「明日の正午に、ヴァルハラは次の寄港地で補給を受ける予定だ。乗員にも交代で上陸の許可が出る」
「ということは……俺の"レプンカムイ"に整備のパーツや予備エンジンが届くという訳か」
「まあ、そういうことだ。それで――」
ニックは補給の言葉に目を輝かせていたが、ユアンだってそうだ。
愛機は特殊な機体故、整備するにも必要なパーツは希少品だ。勿論、共通規格の部品も多いが、エンジンだけはどうにもならない。ユアンのR6型は、空戦性能を極限まで高めたサブリミテッドナンバー扱いである。エンジンのチューンは非常にピーキな上にデリケートだが、ユアンの手で暴力的なパワーを絞り出して天を駆ける。
まだ、戦える。
あの機体で戦う。
そう実感したら、ユアンは知らずとニックと手を叩き合っていた。
だが、リッキーの言葉は続く。
「それで、ユアン。お前は明日、上陸するムツミ艦長の護衛をすることになった」
「……は? いや、俺はパイロットなんだが」
「詳しくは端末の方に送信しておいた。艦長からもメールがいってると思うが」
慌ててユアンは、ポケットから携帯端末を取り出す。たどたどしい手つきで画面を操作して、立体映像で浮かぶウィンドウへ目を走らせた。
覗き込むニックの操作で、なんとかメールに目を通す。
絶句するユアンに代わって、ニックが読み上げてくれた。
「なになに、えーっと……ユアンさん、明日はエスコートお願いします? しっかりわたしをガードしてくださいね、"吸血騎士"様……はは! こりゃいい」
「笑い事じゃない。何故、俺なんだ」
「一番暇だからだろ?」
「俺はパイロットだ!」
「機体もないのに? それとも上陸を断って、艦内でいつもの雑務をこなすかい?」
「……クッ、それは……」
結局ユアンは、黙って引き受けるしかなかった。
四苦八苦しながらメールの返信を打って、二杯目のビールをあおる。
男たちを乗せた艦は今、久方ぶりの休息を求めて陸へと向かっていた。
その先に数奇な運命が待つとも知らず……ユアンは安らかな時の中で少しの酒に酔う。揺れる波間を進むヴァルハラは、今日も勇者の魂を次なる戦いへといざなうのだった。
はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~