ブラック騎士団へようこそ!(20/26)
第20話「月無き夜に走る閃光」
夜と朝の狭間に、黒衣の騎士たちが闇へ紛れる。
今、ラルスたちオフューカス分遣隊の五人は、ゴブリンを短期間で……否、短時間で討伐すべく、行動を起こしていた。
先頭のリンナが振り返り、小さく声を潜める。
「では、これより砦を強襲、ゴブリンを一掃します。私が先陣を務めますので、皆さんは私の左右に逃れた敵をお願いします。決して、私より前に出ないでください」
砦の左右を挟む崖の、その片方から見下ろすは漆黒の闇。
既に夜空の彼方は白み始めた。
小一時間もすれば、夜明けだ。
ゴブリンがまだ寝入っている隙をついての、奇襲作戦。
そして、そのためにラルス達は意外な場所に集合していた。
大きなあくびを噛み殺しながら、バルクが呆れたように呟く。
「やれやれ、こいつはちょっとしたサーカスだぜ……恐れ入るね。無謀な博打ですな、しかし。でも、嫌いじゃないのよね」
恐らく、こうした突飛な作戦は一度や二度ではないのだろう。隣ではカルカも、ふわふわと笑っている。あまり深く考えていないのか、それとも危険度を理解してないのか……ヨアンは立ったままで船を漕いでいた。
そんな仲間たちの動じた様子も見せない表情が、ラルスにはありがたい。
正直、ラルスがこの中では一番不安を抱えていると感じていたから。
「では、いきましょう。バルクさん、ロープは」
「あそこの木に結んどきましたぜ? 何度も確認したから、ほつれる心配はねえ」
「ありがとうございます。では……各員、自分のロープを腰に巻いてください」
リンナの表情はいつもと変わらず、声も平静そのものだ。
結局あのあと、ラルスはリンナの部屋に呼ばれなかった。自分の仕事を終えた後、ラルスは一度彼女の部屋を訪れたが……ドアの隙間から机に向かう背中が見えたので、遠慮したのだ。
恐らく、リンナもあまり寝ていない。
もしかしたら徹夜かもしれない。
カルカを通じてゾディアック黒騎士団の本営へと、援軍要請の書状をしたためただけでは、彼女はベッドに倒れ込めないのだ。村の重鎮に改めて面会して安心感を与え、同時に最後のチェックは全て最終責任者として自分でやる。
そうしている間に、彼女の夜は終わってしまったのだ。
だが、疲れた素振りも見せず、彼女は自分の腰に命綱を結んでいる。
そう、命綱。
ラルスたちは今、セオリー無視の攻城戦を始めようとしている。
この崖をロープで降り、上から砦を急襲するのだ。
「最後に確認します。敵は見張りを立てていますが、上からの攻撃へはあまり備えていません。よって、降下と同時に最上階を制圧、順次下へ下へと攻め下ります」
とんでもない話だ、とても正気の沙汰とは思えない。
だが、常闇の騎士の称号を持つ少女は、全く迷いを見せなかった。
そして、集った仲間達も同じだ。
「では、参りましょう。皆さん、死なないでください……決して、死なせません。全員で無事に戻れるよう、私も全力を尽くします」
それだけ言うと、ロープを手繰ってリンナが断崖の先へと背を向ける。彼女は少しずつ手元でロープの長さを調節しながら、崖の下へと消えた。続いてバルクやカルカも続く。
ラルスもそれに倣うが、うっかり下を見てしまった。
篝火が赤々と燃える砦は、見張りのゴブリンが見えない。
深い闇はまるで地獄の底で、これからそこへ飛び降りようというのだ。
「……よしっ! アゲていこうか!」
「ラルス、お先に」
気合を入れ直していたラルスの横で、ヨアンは軽く跳躍するや……頭から下へと飛び込んだ。彼女は自分で握るロープに摩擦音を忍ばせながら、あっという間に見えなくなる。
慌ててラルスも後に続くが、先に降りた四人は見えない。
そして、くぐもるような悲鳴が二つ響く。
「今のは? ……違うな、ゴブリンの声だった。誰かがもう降りて、見張りを倒したんだ。俺も負けてられない、急がなきゃ!」
徐々に降下速度をあげるラルスの全身で、着込んだ防具がガチャガチャと鳴る。普段の王都での警護や巡回任務では、ゾディアック黒騎士団の制服を着ることが多い。今はその上から鎧を着込んでいた。関節部の自由度や軽量化を重視したライトアーマーで、強度も低い。攻撃を受けた際は、割れて砕けることでダメージを逃がすようにできている。
それでも、普段よりは重くなった体重は、その質量でラルスを急かす。
「よしっ、ここまでくれば……!」
ぼんやりと下が見え始め、同時に炎が仲間の人影を浮かび上がらせる。
ラルスはロープをナイフで切断すると、残りの距離を自由落下した。歪な床に着地すると同時に、剣を抜く。だが、そこまでの警戒をする必要はないとわかっていた。
「全員、大丈夫ですね? 第一段階は成功したようです。まだ気付かれてはいません」
忍ばせた声はリンナだ。
そして、仲間がめいめいにその姿をぼんやりと現す。
一番の重武装はバルクだ。フルプレートメイルで、ハルバードを両手で握っている。その横のカルカも、身長を超えるウォーハンマーを携えていた。防具は左手にバックラー、そしてラルス同様に動きやすさを重視した革鎧だ。驚く程に軽装なのはヨアンで、全く防具を身に着けていない。褐色の肌も顕な彼女は、首元に長いスカーフを夜風へ遊ばせていた。
そしてリンナ、彼女も防具は必要最低限だ。
盾は持たず、宵闇の騎士を示すマントを左右の大きな肩当てで留めている。他にはソードストッパーを兼ねたガントレットを左手にはめ、胸当てをしているくらいだった。
ラルスたち五人は素早く行動を開始した。
「では、突入します。この作戦はスピードが命……決死て脚を止めず、駆け抜けます。上から順にゴブリンを倒し、最後は正門から出て反転、砦から出てくる残敵を掃討……いいですね?」
無謀で無茶な作戦に見えて、理にかなっている。
砦は防備も固く、正面からの突破は不可能だ。
しかし、逆を言えば……正面にばかり注意が集中しており、それ以外の場所は手薄と言える。
五つの影は一つの群体となって、阿吽の呼吸で粗末な階段を駆け下りた。
ラルスの横を走るバルクは、重装備を物ともしない静かな呼吸で小さく叫んだ。
「オラオラ、ゴブリン共っ! 目ぇ覚まさねぇと永遠におねんねだぜ!」
次の瞬間、最初の部屋へと踏み込む。
ドアを蹴破った瞬間にはもう、勝敗は決していた。
そこかしこでハンモックを吊るしていたゴブリン達が、薄汚れた寝床を血に染める。容赦なく先頭のリンナは、闇に剣閃を走らせた。
僅か一分にも満たぬ時間で、無数のハンモックが血塗れのズタ袋として転がった。最後にカルカが確認して、念入りに一つ一つ死体にトドメを刺してゆく。
「次、行きます。気付かれる前にどれだけ敵を減らせるか……続いてください!」
「っしゃ、走れボウズ! 隊長の背中を守ってやんな。ヨアンの嬢ちゃん、お前さんはカルカについてやってくれ。俺ぁ、前衛と後衛を繋いでフォローに回る」
「了解です、バルクさん!」
そうこうしている間に、二つ三つと寝入ったゴブリンたちの部屋を襲う。断末魔も許さず、静寂の中で永遠に眠らせる。そうして戦っていると、ついにその時が訪れた。
何度目かの急襲のあとで部屋を出ると、下へ向かう階段の前にゴブリンがいた。
ラルスは慌てず剣を持ち直し、背負った盾を降ろして装着する。
「隊長、気付かれました! 階段のところに一匹!」
「遅かれ早かれ知れることです! 行きましょう!」
ゴブリンが耳障りな声でなにかを叫んだ。
目にも留まらぬ瞬殺劇で、リンナの太刀筋が小さく風を鳴らす。
喉笛を切り裂かれたゴブリンは、鮮血を拭き上げながら階段を転げ落ちていった。間髪入れずにリンナが駆け出し、ラルスも迷わず続く。
そこからはもう、乱戦だった。
次々とゴブリンが沸いて出るが、混乱からか統制は乱れていた。
「リンナ隊長、突っ込みすぎですよ! あまり前に出過ぎでは!」
「強引でも、突出してかき乱します。まだ敵は、私たちが上から来たことすら理解できていません。チャンスです……私たちの数少ないアドバンテージを、有効に使わねば!」
息も乱さず、リンナが剣と一緒に舞い踊る。
彼女がリードする白刃の煌めきは、血に濡れながら死のステップを刻んだ。
そう、まさに踊るような剣舞。
「凄い……これが、常闇の騎士の力。これはテンションがアガるっ、負けてられない!」
ラルスは意気揚々とリンナを追った。
彼女の一撃に致命傷を免れたゴブリンの、その体勢を崩した瞬間へと剣を捻じ込む。モンスター相手に容赦は不要だ。手加減をする余裕もないし、手控えれば仲間の誰かを危険にさらす。
「少年、後はどうですか?」
「は、はい、問題ありません! バルクさん達も今、階段を降りてきました」
「このまま押し通ります! 少年もゴブリンへのトドメを徹底してください」
次の下り階段が見えてきたが、どうやらようやくゴブリンたちも臨戦態勢が整ったらしい。続々と下から、今度は完全武装の一団があがってきた。
その先頭に、一際巨大な個体が吼えている。
恐らく、この砦に住み着いた群れの長だ。
ゴブリンの長、ゴブリンリーダーは体躯も逞しく、鎖で編んだ着込みを身に着けている。恐らく、どこかで騎士団の人間や行商の旅人から奪ったものだろう。粗末な防具をまちまちに着ている周囲のゴブリンとは、明らかに違う。その手には、巨大な斧が握られていた。
だが、リンナは躊躇せず真っ直ぐ吸い込まれてゆく。
「頭を潰せば! ――ッ!?」
その時、ゴブリンリーダーが声を張り上げた。
耳をつんざく怒号が、ビリビリと砦全体を震わせる。
モンスターの咆哮は時として、多くの人間を一時的に無力化する。 リンナの剣筋が初めて、相手に刃を交えることを許した。
筋骨隆々たるゴブリンリーダーは、神速の突きをさばいていなすや、大振りな一撃を振りかぶる。横薙ぎに空気を引き裂く刃は、リンナの剣に火花を飾って通り抜けた。
「リンナ隊長っ!」
「大丈夫です、少年! ……相手にとって不足はありません」
そうは言うものの、初めてリンナが一歩下がった。触れる全てを粉砕する斧の、単純ながらも強力な破壊力から距離を取ったのだ。
そして、リンナが作った距離をゴブリンリーダーが埋めてくる。
その左右からは、通常のゴブリン達も大挙襲来してきた。その中の一匹が、手に注意すべき武器を握っているのを見て……咄嗟にラルスは飛び出した。
口は勝手に、リンナの身を案ずるあまり絶叫を迸らせていた。
はじめまして!東北でラノベ作家やってるおっさんです。ロボットアニメ等を中心に、ゆるーく楽しくヲタ活してます。よろしくお願いしますね~