ブラック騎士団へようこそ!(16/26)
第16話「宴の夜に」
モルタナ村では、異例の大歓迎がラルスたちを待っていた。
ほぼ全ての村人が集まり、酒場は活況に満ちている。その中心に連れて行かれたリンナは、周囲から質問攻めにあっていた。
年寄りは皆、常闇の騎士たるリンナの周囲に集まっている。
ラルスは飲み物を手に、完璧な応対を見せるリンナを見やって呟いた。
「いやあ、凄い人気ですね……やっぱり有名なんだ、ゾディアック黒騎士団が誇るエース、常闇の騎士は……でも、リンナ隊長は大丈夫かな」
「まあ、心配なら見守っててやれや、ボウズ。ああ見えて、隊長は結構危なっかしいからな」
バルクはいつもの調子で、二杯目のビールを飲むべく樽に手を伸ばす。
田舎とは言っても、このモルタナ村は街道沿いだ。
ラルスが育った村より、ずっと都会との繋がりがある。
バルクはラルスのグラスにもビールを注いで、その樽を絡んでくるカルカに向ける。流石にヨアンは酒に興味がないのか、大きな肉の塊と夢中で格闘していた。
「おーい、カルカー? いいから仕事なんてやめちゃいなさいよ。こういうときはほら、気持ちよーく飲まなきゃ。な?」
カルカは当然のように、テーブルの上に仕事を広げていた。
凄いイキイキしている、ツヤテカしている。なのに、疲れが滲んだ目は半開きで、クマが浮いていた。瞳に光はなく、バルクに愚痴りつつ書類と戦っていた。
「今、この遠征での経費を計算しているんですー! もぉ……今日の酒宴も、いくらかは騎士団の方から出さねばなりませんね。明朗会計、どこでどんな噂に繋がるかわかりませんし」
「そ、そういうものなんですか? 村の厚意だから、てっきり」
「あとからやんわりこちらの意思を伝えて、会費制にしてもらうのが団規ですから! いけませんよ、ラルス君……ルールは守らないと! 騎士団の法は守らないと!」
そう言いつつ、カルカはバルクに注がれたビールのグラスを乾かす。
「ぷはーっ! この一杯っ! 最高ですよね! あ、ほらほらラルス君も飲んでください? 駄目ですよー、こういう場では先輩騎士よりガンガン飲まなければ」
「そ、そうなんですか!?」
「騎士団では団規が唯一にして無二の掟です。そして、団規に書いてなくても、先輩騎士の盃はありがたく受けるのが常識ですよ? これ、ナイトマナーですから」
「ナイトマナー……そういうの、あるんですか」
「あるんです! ささ、グイッと! ググーッと! はい、イッキ! イッキ!」
ちらりとラルスは、視線を横へと走らせる。
ヨアンは、カルカの言葉などどこ吹く風で、大きな魚の丸揚げにフォークを突き立てている。それにしても、よく食べる。小さな体からは想像もつかない程の健啖家だ。
その横ではバルクが、周囲をキョロキョロと落ち着かない。
「バルクさん、なにか珍しいものでも? あ、誰かを探してるんですか? 知り合いがいるとか……?」
「まあ、当たらずとも遠からず、ってやつだな。……ヘッ、全然変わっちゃいねえ。あの頃のままだな、この村は」
「えっ? 来たことあるんですか?」
「まぁな。っと、おいラルス……あそこの二人、どうだ?」
話を煙に巻くように、クイとバルクが顎をしゃくる。
彼が見詰める先には、カウンターで楽しそうに笑い合う二人の若い御婦人。
バルクに言われるまま、ラルスは二人の女性を交互に見て、首を傾げる。
「どう、というのは」
「どっちが好みだ? 右の娘は肉付きがいいなあ、おい。ああいう抱き心地の良さそうな娘は最高さ。左の娘は器量良しって感じだ、よく笑ってよく喋る。賑やかな夜、ああいう娘と一緒なら楽しいぜえ?」
「はあ」
「どっちにするだ、ボウズ!」
「へ? な、なんの話ですか?」
ラルスがどうにも要領を得ずに応えると……バルクは顔をしかめた。まるで、酷く残念なものを見るように眉をひそめ、大きく溜息を零す。
そして彼は、グラスを片手に立ち上がった。
「ボウズ、一人前の男になる機会を逃したな。ま、両方とも俺がいただいちゃうか」
「いただいちゃう、って……あーっ! だ、駄目ですよ、バルクさん!」
「駄目なもんかよ、俺たちゃ村のために命をかける騎士だぜ? なに、村人との交流を深めて英気を養うんだよ」
そううそぶいて、ニヤニヤ笑ったバルクは、次の瞬間にはキリリと顔を引き締める。
カウンターの御婦人たちへと、バルクの背中が遠ざかっていった。
やれやれとラルスは、深く椅子にかけ直して沈み込む。
平和な光景の向こうへと、バルクが両手に花で消えてゆく。
一方でテーブルを見渡せば、ヨアンは一生懸命マッシュポテトの山をかっこんでいた。彼女の前には空になった皿が山と積み上げられている。
「ヨアンさん、あんまし急いで食べると身体に悪いですよ? そんなに焦らなくても」
「わたし、食べれる時に、食べれるだけ、食べる。……次、いつ食べられるか、わからない」
「……そっか。じゃあ、もう少しだけ料理を貰ってきますね。それと、飲み物も」
ラルスが立ち上がると、ヨアンが無表情のまま目を丸くした。つぶらな瞳で見上げてくるヨアンは、口の中の食べ物を飲み込むや、一息ついてから喋り出す。
「ラルス、優しい……? 凄く、嬉しい。あ、ありがと」
「騎士は身体が資本だもんなあ……今日はガンガン食べて、体力をつけましょう」
「うん……うん! ラルスも、もっと食べる。わたしと、食べる。お腹いっぱい、幸せ」
僅かに顔を赤らめ、それを隠すようにヨアンは大皿を手に持ちポテトを身体に流し込む。
カルカにもなにかと思ったが、彼女は既に出来上がった状態で書類を眺めていた。
「カルカさんにもなにか持ってきますね。駄目ですよ? ヨアンさんに絡んじゃ」
「うふ、うふふふふ……絡むもなにも、ヨアンちゃん! わたくし達は同じオフューカス分遣隊の仲間、正騎士と契約騎士の垣根を超えた絆があるんですもの! 裂帛の意思で結ばれた、同志ですもの! 王国のため、民のため、なにより騎士団のために」
「わたし、そゆの、どうでもいい……お給料と、ごはんと、寝床。それだけあれば、いい」
「あらあら、でしたら頑張らないといけませんね。いい仕事をして実績を積めば、ハインツ様も必ずヨアンさんを正騎士にしてくださいますから。一緒に頑張りましょう!」
「うん……わたし、頑張る。もっと、稼ぐ。家に、お金を送る」
なんだかんだでヨアンに絡むカルカが、ちょっと心配だ。
水も貰ってこようと、ラルスもカウンターに向かう。
そこには、意外な人物が忙しそうに働いていた。
「はいはい、なんだべ! なんでも言ってけろ。氷は間に合ってるだか? 今、ばらした羊ば焼いて……あんれ? ラルス、なした?」
「あ、ヌイさん。……なにしてるんですか?」
「オラァ、料理と酒との当番だぁ。うし、待っててくんろ! うめえ羊さ、食わしてやるからな。ラルスも飲んでるだか? まだまだ沢山あるから、楽しんでけろ」
そこには、エプロン姿で忙しそうに走り回るヌイの姿があった。
彼女は小さな体で、カウンターの内側を縦横無尽に動いている。
「ヌイさんはずっと働いてるんですか?」
「はは、オラぁ出戻りだしなあ。……後ろめたさもあるでよ。だから、おっかあもこうして使ってける。なんとしても今は、働いてた方が楽だあ」
「出戻り……? ひょっとして」
オーブンの様子を覗き込みながら、ヌイは力なく笑った。
その横顔が、快活で純朴な少女を少しだけ老いさせる。
どこか疲れた表情でヌイは、焼きたての羊を取り出した。
「オラ、王都での仕事をクビになっちまっただ。いい仕事と思ったども、やっぱ向いてなかったんだべな。頑張ったんだけどなあ」
「なにがあったんです? あの、よければ」
ザクザクと羊の香草焼きを切り分けながら、ヌイは笑っている。
無理に笑ってるような気がして、ラルスには切なかった。
「あの山猫亭て居酒屋、大変なんだなあ。オラ、次の日は朝から出て、一人で店を回してけろって言われただ。そんなの無理だぁ、オラは算術ができねえから金のやり取りが駄目だし」
「あの店を、朝から一人で!?」
「人手が足りねんだと。オラにできるのは田舎料理と身体を使うことだからなあ」
「だ、大丈夫でしたか? あ……いえ、そうでした。それで、故郷のこの村に」
「大失敗しちまっただ、都会の酒場は朝から大盛況なんだなあ? 目が回るような忙しさでよう、オラはてんてこ舞いだっただ……二日目にしてクビだあ」
ヌイの話では、彼女は早朝から料理の仕込みをして、店内の清掃をこなし、店を開けた。店の主人は鍵を預けて、他の支店を見に行ってしまったという。夜勤明けの労働者や、朝早く王都に着いた旅人、そして一仕事終えた騎士達で店内は賑わった。
だが、小さな田舎娘が一人できりもりするには、都会の居酒屋は広すぎた。
日が暮れる頃には、疲労困憊になったという。
そんな彼女に給金も出さず、ようやく戻ってきた主人はクビを言い渡したのだ。
「都会で働くって、大変だあ。ラルスはうまくやってるだか? オラァ、王都を出る時に聞いただ。ゾディアック黒騎士団、すげえなあ……大活躍だっただよ」
「う、うん、まあ。小さな分遣隊、ちょっと場末の部署? でも、凄くいい人ばかりだよ」
「あんれまあ、常闇の騎士つったらエリートって聞いたども」
「まあね。リンナ隊長も本来なら、十二の支隊のどれかを率いる立場なんだろうけど。あ、でも、仕事は充実してるよ? 俺は別に、地位や名声、報酬のことはいいんだ」
「そっかあ? オラはやだぞ……特に、金はちゃんと欲しいなあ。結局オラ、王都では全然稼げねえまま戻ってきてしまっただ。都会はおっかねえども、稼げるって聞いてたんだあ。それが、このざまでよ」
肩を竦めてヌイが笑う。
当事者の一方、ヌイの話を聞いただけだが、ラルスは思うところがあって腕組み首を捻る。労働、そして任務の対価……それは適切に支払わなければならない。では、金さえ払えれば酷使してもいいし、使い捨ててもいいのか?
答は否だ。
それに、重労働を強いておきながら、賃金が払われぬケースがヌイの一件だ。
思わずラルスが考え込んでいたその時だった。
不意にヌイが、そっと顔を近づけ耳元に囁く。
「それより、ラルス。あの騎士様、連れ出してあげてけろ。なんだか気の毒だあ……村長達は酒豪だから、言われるままに飲んでると危ねえからよ」
「え? あ……ほんとだ! ありがとう、ヌイさん。えっと、元気出してくだいよ。俺達、しばらくこの村にいますから。また、ゆっくりお話しましょう」
「ほえ? しばらく、いるんだか? あんれまあ……確か、ええと」
「じゃあ、俺はリンナ隊長を! また!」
急いでラルスは走り出す。
その向かう先で、赤ら顔の大人たちに囲まれ……リンナが酔い潰されていた。
見送るヌイの不思議そうな表情にも気付かず、慌ててラルスはリンナを救出するのだった。