【特に凄くない人の出版戦略②】読書をしない人が、本を出してもいいのか? 問題
相談者「こんにちは、はじめまして」
―― こんにちは。どうなさいました?
相談者「じつはもうすぐ会社を辞めて、コンサルタントとして独立しようと思っています。それで、まずは本を出して、自分の事業を広くPRしたいんです」
―― いいですね! どういう方面のコンサルタントですか?
相談者「人材コンサルタントをやろうかと思ってます。ずっと人事部にいまして、採用をきっかけにして、会社の行方が良くも悪くも少しずつ変わっていく事実を、肌で感じてきました。まさに『会社は人で成り立っている』みたいな。それで、他の多くの会社さんに、採用や教育の大切さを伝えたいんです」
―― 『会社は、人なり』 ……そんなことぐらい、どこの経営者も既にご存知じゃないですか?
相談者「いや、そんなことはありません。本当の意味ではわかっていないと思います」
―― なぜ、そう言い切れるんですか?
相談者「会社で働く人は、働く環境によってモチベーションも上がったり下がったりします。待遇改善も大事ですが、給料を上げればモチベーションが上がるかといえば、必ずしもそうではありません。人件費を余分に掛けなくてもできる対策があります。それに、日本では労働力の生産性が国際水準よりも低いといわれていますが、それも対策できます」
―― ひいては、会社の利益に繋がっていくというわけですか。
相談者「もちろん、そうです」
普段、スマホしか見ない人が、本を出せるのか?
―― ところで、あなたは普段、読書をしますか。
相談者「えっ、本ですか? 読みますよ。そうですね……。深田恭子ちゃんの写真集とか」
―― ま、ま~、本の形をしてますけど、「読書」っていうのかな? ああいうの。
相談者「そうそう、『21世紀の資本』とか」
―― おお、ピケティ! 素晴らしいですね!
相談者「最初だけ読んで、10分後には昼寝用の枕になっちゃったんですが」
―― だいぶ硬い枕ですね。
相談者「あとは…… あれ、あれです。心理の本で、なんか、ふたりが会話してるやつです。アド……ラー?」
―― 『嫌われる勇気』ですか?
相談者「そうですそうです」
―― 本は、あんまり読まれませんか。
相談者「正直、読書はあんまり得意じゃないです」
―― でも、本を出したいと。
相談者「でも、読書をしない人は、本を出しちゃいけないんでしょうか?」
―― そんなことはありません。たしかに、音楽をめったに聴かない人が自分の音楽をつくろうとは、なかなか思わないでしょう。映画を嫌いな人が映画監督になろうと努力することも少ないかもしれません。しかし、本を普段読まない人が本を出している例なら、いくらでもあります。それが、出版の面白いところです。
相談者「それって、大丈夫なんでしょうか」
―― 問題ありません。ひょっとすると、読書家や出版に思い入れのある人々の中には、いろいろと指摘してくる人がいるかもしれませんが、ただのイチャモンです。
相談者「でも、音楽を聴かない人が ミュージシャンになろうとするようなものなのかな……」
―― それとは決定的に違います。音楽をつくれるのは才能のある限られた人だけですが、文章なら義務教育を受けていれば書けるでしょう。文章を書くのが苦手でも、話して誰かに書き取ってもらうことはできますよね。
相談者「そりゃそうですけど……」
―― もちろん、本を読んでいる人のほうが、出版することのイメージを持てますし、読者の立場や気持ちも酌み取りやすいです。よって、読書家のほうが出版の可能性は上がるでしょうね。
相談者「そうか、本は読まなくても出版できるのか……! ラッキー!」
―― でも、本を読まなくても出版できるのは、たいてい、興味深い経験談や珍しい体験をした過去を持っている人です。コンサルタントを新たに目指すなら、本ぐらい読んでおいたほうがいいですよ。そもそも、知識を売る商売なんですからね。
相談者「うるさいなぁ。 わからないことがあったら、詳しい先輩とかに、いろいろ聞くからいいんですよ」
―― えぇ~? 嫌いだわ~、そんなコンサルタント! 依存体質かよ!
相談者「なんでですか! いいじゃないですか。可愛がってくれる先輩がたくさんいるんです。世の中、助け合いです」
―― それでも、本は読んでおいたほうがいいですよ。本来なら知り合って話せないような、凄い人々の知識や経験談だって1,000円ほどで買えてしまうんです。だから、本屋や図書館には、普段では付き合えない人数の「先輩」たちが並んでいるといえますね。
相談者「そうか、そんなこと、考えたこともなかったです」
―― 本なら、どの「先輩」にするか、選び放題です。「この先輩と付き合いすぎて、あの先輩と疎遠になっちゃった。そろそろ連絡とらなきゃな」といったように、他の「先輩」に気兼ねする必要もありません。
起業の「PRツール」「名刺代わり」として、自著の出版を目指すこと
相談者「ただ、起業する目的で本を出すのって、まるで本を名刺がわりにしているみたいで、本当は気が引けるんです……」
―― なぜですか?
相談者「知り合いのコンサルタントが、セミナーや異業種交流会で自分の本を配ったりしているので、そうすれば集客がうまくいくのかなと、参考にしようと思って。でも、それを見ていて、本をそういうふうに使うのって失礼な気がして……」
―― 誰に対して失礼なんですか?
相談者「本が好きな人に対して」
―― えっ、本を嫌いな人が、本を好きな人に配慮しているんですか! いやぁ、素晴らしいです。自分自身とは立場や性格の異なる、他者の気持ちに寄り添って想像し、行動できるとは、きっと立派なコンサルタントになれますよ。
相談者「あ、ありがとうございます。でも、本を集客の道具みたいに使うのって……ダメですよね?」
―― 問題ありません。
相談者「本当ですか?」
―― ひょっとすると、読書家や出版に思い入れのある人々の中には、「本を名刺代わりにするなんて、本に失礼だ」とイチャモンを付けてくる人がいるかもしれませんが、的外れな批判です。
相談者「どうしてですか」
―― なぜ、本を名刺代わりにしてはいけないのでしょうか。まるで、名刺を無条件に、書籍よりも下に見て扱っているような言い分です。そんな考え方は、名刺屋さんに失礼です。
相談者「そ、そうなんですかね。さすがに、名刺1枚よりも本1冊のほうが値段が高いし、情報量も多いし……」
―― 本も名刺と同様、他者に自己の存在と普段の活動を知ってもらうためのコミュニケーションツールなんですよ。書店でも、あなたと、あなたのビジネスの存在を、一般の人々に知ってもらえますからね。
―― 最初のきっかけは、立ち読みでもいいんです。膨大な数の本の中から、興味を持って手に取ってくれる人が存在するだけでも、著者として胸を張れるエピソード。有り難いことなんですよ。
相談者「確かに、出会いのきっかけではあるかもしれません」
―― たとえ、名刺代わりで作られた本であろうと、それをお金を出して買い求めようとする人がたくさんいれば、出版社も利益を出すことができて助かります。読者も喜ぶ。最初の動機なんて、何でもいいんです。実際に出版に向けて一歩前へ動き出すことが重要です。
相談者「出版の動機ですよ。やっぱり、人間の言論とか表現とかにかかわるので、高尚で、意識が高くて、社会貢献にもなるような……」
―― いくら素晴らしく高尚だろうと、自慢タラタラで説教くさくて、決めつけや押しつけがましさが盛りだくさんの内容なら、誰も読みたがりません。誰も読みたがらない、つまり、売れる見込みがないということです。
相談者「は、はぁ」
―― 売れないし、かといって学術的に価値があるわけでもない本を出版して、すぐに絶版になってしまうのは、紙の無駄であり、ひいては地球上の森林資源の破壊につながります。そのような企画書を出版社に売り込むのは、多忙な編集者の仕事時間を意味なく消耗させる迷惑行為に近いですね。ブログに書いとけって話です。
ブログのアクセス数と、出版の実現可能性
相談者「ブログ…… 僕も書いてるんですよ。結構、アクセスがあって人気なんです」
―― おお、それは凄いですね!
相談者「それだけ、職場での人事採用や新人教育について、情報を知りたがっている人がたくさんいるんですから、僕にも本は出せますよね」
―― もちろん、可能性はありますが、ブログのアクセス数が多いからといって、出版に有利になるとは限りません。
相談者「えっ、どうしてですか? もし出版が決まったら、読者がかぶらないように、ブログの投稿は消しますよ。なのに、どうして?」
―― どうしてだと思います?
< つづく >
⇒ 【特に凄くない人の出版戦略③】「本は誰でも出せる」は、大ウソ。ただし……